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本来の目的を思い出した蓮は、眠そうに欠伸を噛み殺している宮藤の横で食べかけのチョコバナナを急いで口に頬張ると、教師用の机に置いてあるティッシュを一枚引き抜き口許を拭った。

まさか唇にチョコレートを付着させて喋っていたなんて、恥ずかしくて堪らない。

「先生、どう?浴衣、似合ってる?」

ティッシュを取るのに立ち上がったついでに、蓮は浴衣の袖を掴んで両腕を横に伸ばし、宮藤の前で改めて今の格好をお披露目した。
夏祭りや花火大会など、当然教師の宮藤と行けるわけがないのだから、浴衣を見せる機会はもう当分こないだろう。
何らかの褒め言葉を期待して目を輝かせている蓮の姿を、ソファのひじ掛けに頬杖を付いて見つめた宮藤は、表情を一切変えることなく口を開いた。

「……悪くはないんじゃないか」

どこか興味なさそうに呟かれた言葉は、蓮の期待を見事に裏切る……いや、あまりに予想通りの反応で、がっくりと肩を落とした。
そもそもこの教師は、恋人の容姿に何かを求めるということがあるのだろうか。

「はぁ…、先生に期待した私がばかだった」

「悪くないって言ってんのに、何が不満なんだよ」

「もっとほら…、あるでしょ。可愛いとか、似合ってる、とか」

「…お前、俺にそんなこと期待してたのか。無駄だからやめとけ」

期待するのは無駄などと自分で言ってしまうのかと、眉間に深い皺を刻んだ宮藤を蓮は不満そうに見返すと、どうやってこの教師を自分の虜にできるだろうかと考えた。
服装や髪型を変えても無駄だったというのに、他に何をどうすればいいのだろうか。

「うーん」と唸りながらも再び宮藤の隣に腰を下ろすと、悩みの種である人物からの視線を感じて首を傾げた。

「なぁに、先生。もしかして私に見惚れてる…?」

「ないだろ、それだけは」

間髪入れずにすぱっと言い切られ、蓮は頬を膨らませた。
なんて失礼な人なんだろうか。

「…そんなことより浅見。お前昨日、前夜祭サボっただろ」

予想もしていなかった突然の問い掛けに、蓮の心臓はどきりと大きく跳ね上がった。
まさか宮藤の口から前夜祭のことを指摘されるとは思っていなかった。

「なんで先生が知ってるの…?サボったって言っても、途中からちゃんといたよ」

「松本先生が隣でぼやいてたぞ。クラスの生徒が二人いないってな」

「う゛…まっつん気付いてたんだ」

「蒼井の奴と一緒にサボってたのか」

「あー…えっと、一緒にっていうか…、いろいろ事情があって…」

「へぇ……事情ねぇ。ま、言いたくねーなら別にいいけど。無理やり聞く趣味はねーし。アイツには前科があるから気にはしたが、大丈夫そうだな」

もごもごと言いづらそうに言葉を濁す蓮の様子に宮藤は短く息を吐き出して立ち上がると、「そろそろ戻るぞ」と言ってこの話を終わらせた。
昨日の出来事を知られたくない蓮にとって詳しく聞かれないのは有難いのだが、このままでは蒼井と仲良くサボっていたと誤解されていてもおかしくはない。

「先生、待って!」

蓮はドアの方へと向かおうとする宮藤のシャツを掴んで引き止め、誤解されない説明の言葉を考えた。

「あの、一緒にいたくて蒼井といたわけじゃないの」

「…心配性だな、お前は」

「え?」

「蒼井と一緒にいた理由には興味ない。お前に何もないなら、別に誰と一緒にいようと俺に説明する必要なんてない」

「…変な誤解はしてないってこと?」

「なんだよ、変な誤解って」

「私、蒼井と仲良しとかじゃないからね」

「クラスメイトだろ、仲良くてもいいだろ」

「…そっか!先生はあの時みたいに蒼井が変なことしてないか心配してくれたんだね!私のことを!」

「心配性は先生なのでは?」と言って嬉しそうに瞳を輝かせて自分を見上げる蓮の姿が、無邪気な上に能天気で、宮藤は己のペースを乱されることに顔を顰めた。
過去にあんなことがあったというのに、心配しない方がどうかしているだろうに。

「お前なぁ……、」

溜め息混じりに吐き出そうとした言葉を途中で切ると、宮藤は顰め面のまま目の前にいる蓮の首筋に手を添えて引き寄せ、顔を自分の胸板に押し付けた。

「わっ、なに…、せんせっ」

突然引き寄せられたことにどきどきと胸を高鳴らせている蓮を他所に、彼女の浴衣の後ろ襟から覗く首筋に手を滑り込ませ、貼られた四角い絆創膏をそっと撫で上げた。

「…これ、どうしたんだ?怪我でもしたのか」

静かな低い声で訊ねられ、触れられた絆創膏の存在に蓮は躰を固くすると、宮藤の胸板に額を押し当てて首をぶんぶんと横に振った。

「怪我っていうか…、虫に刺されて…」

「虫?蚊にでも刺されたってことか」

「そう…、恥ずかしいから、あんまり見ないで」

嘘をついていることへの罪悪感か、宮藤の顔を見ることができない。
顔を上げたら忽ちすべてを見破られてしまいそうで、これ以上聞かないでほしいと願うばかりだ。

「ふーん…」

気のない返事と共に宮藤の指が絆創膏の端を掴んで剥がそうとしていることに気付いた蓮は、慌てて顔を上げて右手で首筋を覆った。

「だめっ…、剥がしちゃ」

思わず見上げた先の宮藤と目が合った。
見透かすような鋭い瞳に見つめられ、蓮の瞳が揺れる。
そうしてほんの数秒ののち、端正な顔に薄っすらと笑みが浮かぶのを見届けた蓮は、瞬時に「まずい」と脳内に警鐘が鳴り響くのを感じた。

「せ…せんせい…、これはほんとに、虫刺されで…」

「何も言ってないだろ、まだ」

「うっ…、」

にやりと口角を上げた宮藤に顔を覗き込まれ、堪らず口を結んだ。息をするのも忘れてしまいそうだった。

「…まぁでも、嘘をつくのは向いてないんじゃないか?浅見の場合」



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