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社会科準備室に置かれている二人掛けのソファに腰を下ろし、蓮は膝の上に両手で頬杖を付きながら机に向かってノートパソコンを打ち込む宮藤の姿を眺めていた。
あの教師と生徒の一線を越えた日以来、宮藤とは特に何もない。
毎日のように顔を出すのは流石に仕事の邪魔だと判断し、ここの所は数日置きに宮藤のいる準備室に行くようにしている。
生徒に見られてはいけない物もある為、離れているように言われておとなしくソファに座っているのが今の状況だ。
何をするでも話すでもなく、同じ空間にいる事がなんだか心地良い。
何より宮藤の真剣に仕事をしている横顔を見ていられるのだから、最高の時間とも言える。
「…浅見、ずっとそうしてて退屈じゃないのか?そろそろ帰ったらどうだ」
「先生のこと見てるから、全然退屈じゃないよ」
「そうじっと見られてるのも気が散るんだが」
パソコンの画面から目を離さないままそう言うと、宮藤は小さく溜め息を吐き出した。
何やら疲れているような様子に蓮は首を傾げると、ソファから立ち上がって宮藤の近くへと向かう。
「…先生、大丈夫?お疲れなの?コーヒー入れようか?」
心配そうに眉根を下げる蓮の顔を宮藤は一瞥すると、ノートパソコンを閉じて回転式の椅子を彼女の方へと向けた。
僅かに考えるような素振りを見せ、鋭い瞳が蓮を捉えた。
「……疲れてるのはお前のせいだよ、浅見」
いつになく真剣な目で見つめられ、蓮の心臓はドキリと跳ねた。
部屋の空気が、一瞬にして張り詰めたものになった気がした。
「…お前、もう用も無いのにここに来るのはやめろ」
「え…、どうして…」
「迷惑なんだよ、分かるだろ。用も無い生徒の相手してられる程、俺は暇じゃないんだよ」
冷たく突き放すような声色でそう言われ、蓮は躰を強張らせた。
ばくばくと心臓が鼓動を速め、指先が一気に冷たくなっていく。
僅かに震える手を押さえるように腹の前で指を絡めた。
「で、でも…話しかけたりしてないよ…、邪魔しないようにしてる…」
「お前がいると、気が散るって言ってるだろ」
「……じゃあ…私、ずっと迷惑だったってこと…?」
「…そうだよ。きちんと用事のある時に、生徒として俺の所に来い。あの日お前に期待させたんだとしたら、それは悪かった。でも俺はお前と教師と生徒以上の関係になるつもりはない。好きだなんだと言われるのも、迷惑だからやめてくれ」
はっきりとした物言いに、蓮の顔は血の気が引くように青ざめた。
今までの単にあしらうような態度とは明らかに違うことに、ショックで躰が震えだす。
感情の無いような冷たい瞳に見据えられ、蓮の頬を一筋の涙がつたった。