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窓からそよそよと秋の風が吹き込み、教室内は程よい気温に包まれていた。
暑い夏が過ぎ去ったばかりの九月。
まだまだ気温が高い日が続いていたが、今日という日は秋らしい涼しさが室内を満たしていた。
蓮は両手で顔を覆うように自席で頬杖を付きながら、昨日の宮藤との出来事を思い返していた。
夏休みに会えなかった反動が、昨日の行動に出てしまっていたような気がする。
恥ずかしい…でも、少しは宮藤に近付けたような、そんな気さえしている。
宮藤との熱っぽいキスを思い出して、堪らず机に突っ伏した。
「おい、浅見」
がんっと椅子を背後から蹴られ、蓮は驚いて顔を上げた。
こんなにもいい気分の時に、不愉快な事をしてくる人物は一人しかいない。
「もぉ〜、なんなの蒼井」
躰を横に向けて後ろの席に座る人物へと不満を露わにすると、腕を組みながらふんぞり返って座る蒼井陽介(アオイ ヨウスケ)と目が合った。
明るい茶色の髪を無造作にセットし、両耳に光るピアスが印象的な彼は一年の時から蓮と同じクラスで、今は彼女の後ろの席で事あるごとにちょっかいをかけてくる。
「お前こそなんなんだよ、今日一日鬱陶しいぐらい落ち着きねーだろ」
「べ、別に、落ち着いてるよ私は!」
「はぁ?赤い顔して何言ってんだ。やらしい事でも考えてたんじゃないのか?」
「か、考えてないっ!」
否定の言葉を発する瞬間に更に頬が赤くなるのを感じ、説得力の無さを自分でも痛感した。
「…どーせ宮藤のことでも考えてたんだろ。妄想も大概にしとけよ」
「な、なんで…、先生が出てくるのっ…」
「お前まさか自分が宮藤に惚れてるってこと、バレてないとでも思ってんのか?」
目を細めて呆れたように蒼井はそう言うと、机に頬杖を付いて動揺している蓮へと顔を近付けた。
「宮藤の何がそんなにいいわけ?やめとけよ、教師なんて面倒くせぇ」
「あ、蒼井にそんな事言われる筋合いないっ…!」
「…やっぱ、顔がいいのか?」
「〜〜っ、先生は顔だけじゃないの…!何も知らないくせに、勝手な事ばっかり言わないで!」
「なんだよ、お前も他の女子みたいにアイツの顔を好きになったんじゃないのか」
ずけずけとした遠慮のない物言いに蓮は眉を吊り上げると、蒼井をキッと睨んだ。
「私は、先生を顔で好きになったんじゃないっ…!一年の時に先生に助けてもらって…それからずっと…」
最後までは口にしなかった。
宮藤を好きになった理由を、ここで口にする必要はない。
それほど些細な事であったし、理由なんてものは大した問題ではない。
「……とにかく、私が誰を好きでも蒼井には関係ないでしょ。先生の事悪く言ったりするのはやめて」
急にしおらしくなった蓮の顔をじっと見ていたかと思うと、蒼井は視線を逸らして浅く息を吐き出した。
「…なんでそんな望みの無い相手好きになんのか、俺にはさっぱり分かんねーな」
理解できないという風に蒼井は呟くと、そのまま席を立って教室から出て行った。
その様子を目で追っていた蓮は、“望みの無い相手”という蒼井の言葉に唇を噛み締める。
…そんなこと、分かってるよ。