〜寿也へ……吾郎より〜 全8P

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数時間後………

寿也達2年生で構成された新1軍は、コールド勝ちでの初勝利を収めて寮へと戻った。

その報告をいち早くしたいが為に、足早に私室へと戻った寿也が勢いよくドアを開ける。




「ただいま、吾郎くん……!初戦……勝……って………」




そこにいるはずだと思った姿が無く、言葉が途中で止まってしまった寿也……。

そして、決して広くはない部屋内を、それでも見回してみてからの寿也の呟き声が上がる。




「どこに行ってるんだろう……?まさか、この時間までずっとトレーニングを……?」




公式戦初勝利を飾って帰ってきた笑顔を瞬時に曇らせ、着替える事もせずに吾郎を見つける為に退室した寿也。

その後、寮内だけでもあちこちにあるトレーニング場所やグラウンドなどを訪ね歩き、その途中すれ違ったメンバーに尋ねもしたが、吾郎の姿はどこにも見あたらなかったのだった……。




(なんで……?どうして……どうしていないんだよ、吾郎くん……!)




吾郎の姿が確認出来ない事で、寿也の鼓動は早まる……。

焦り始めた事で、冷静さも失い始めている寿也……。こんな風になってしまうのには、それなりの理由があった……。



最近の吾郎が、長期間『野球』を断たれている事により、メンタル面が不安定になっている事には気付いていた。

それも無理はない……今までの吾郎を振り返ってみても、これほど『野球』から離れた時間は小学生の時の右肩故障以来あったわけがないのだから……。

吾郎にとっての『野球』がどれほど大切なのかは知っている。だから、今の吾郎がどれほど辛いかもわかっていたつもりだ。

だが……これから先の吾郎の『野球』の為に、今しなければいけない大事なリハビリを最優先させなければならなかったのだ……。

そんな日々の中で、自分なりに吾郎をフォローをしているつもりであった……。

けれど……最近では『野球』が出来ない事でストレスが蓄積され続けてきたしまった吾郎の辛さや苛立ちが露骨に見て取れ、ちゃんとフォローが出来ていない自分の不甲斐なさに、寿也自身も苛立ちを覚え始めてきていた頃だったのだ……。

今朝……ここを出発する時のあの言い方も、今の吾郎には厳し過ぎたのだろうか……?

もし……今朝のあれが、吾郎にとっての「きっかけ」になってしまったとしたら……?



ドクンッ………!



自分の考えた事で、吾郎がここから去ってゆく姿が脳裏に浮かんでしまった寿也の胸が大きく弾ける……。

その為、足の動きさえも止まりそうになった寿也は、即、自分へと語りかけた。




(落ち着け……!いくらまともに『野球』が出来ないからって、急に出て行ったりするわけないじゃないかっ……!)




その言葉と共に、自分に起きはじめた動悸を抑える為に、強く瞳を閉じた寿也……。

ちょうど1年ほど前になるあの日……吾郎の口からはっきりと「海堂をやめる」と聞いたあの言葉が……今もまだどこかで、現実となってしまう気がしているのかもしれない……。

どうにも失くす事が出来ない「置いて行かれる」事への恐怖心……そんな自分の弱さを振り払う為に、寿也はしっかりと瞳を開け状況判断を開始した。




(しっかりしろ……!よく考えるんだ……この寮内にはいるはずなんだ……まだ探していない場所のどこかに、きっと………)




そこまでを考え、途端にハッとした表情となった寿也。それと同時に、早歩きをしていた足を止める。




「そ、そうだっ……!今の吾郎くんに最適なトレーニングとして、僕が勧めてたのは………」




そう独り言を言った寿也は、思い付いた場所に向かう為、方向を変えてから全速力で走り始めるのだった………。

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