〜寿也へ……吾郎より〜 全8P

「ねえ、吾郎くん……!まさか、このまま公式戦にも出場せずに高校野球を終わらせるつもりじゃないよねっ!?うちの学校で、自分の体の調整がちゃんと出来なかったら、いくら吾郎くんでもレギュラーにはなれないんだよっ……!?」




真剣な顔と強い口調でそう言った寿也が、ここで吾郎の左肩をつかみ言葉を続ける。




「君の、このせっかくの左腕だって……まだリハビリ中のその右足がなきゃ、完全に活かす事は出来ないんだからっ……!!」




自分の事を、大事に考えてくれている事がはっきりとわかる寿也の気迫……。

それにすっかり押されてしまった吾郎は、頬を掻きながらの答えを返す。




「わかったよ……これ以上、寿に迷惑はかけれねぇしな……?下手な事を考えたりはしねぇよ」




ケガを負った後……そのまま入院し、そして退院した吾郎はギブスが取れるまでは自宅療養をしていた。

その後も、自宅から病院に通いリハビリを続ける予定であったのだが、ちょうどその頃、茂野家に見舞い訪れた寿也との話で、寮へと戻りリハビリをする事とした吾郎。

そんな吾郎の、まだ不便な生活面やリハビリを全面的に手伝い、寿也は前1軍との夏の甲子園同行さえ一度もしなかった。

その寿也へと、吾郎としては感謝してもしきれない思いがいっぱいあるのだが、今までそれをうまく口に出せた事はなかったのだ……。




「わかってくれたなら、それでいいんだ……。僕は1日でも早く、君と一緒に公式戦に出場したいんだからね?」




吾郎の反省の表情を確認出来た寿也に、いつもの穏やかな笑顔が戻る。と、ここで……途端に目を丸くした寿也からの言葉が続いた。




「あっ、と……いっけない……!早く行かないと、バスに置いてかれちゃうよっ!!じゃあ吾郎くん、いい子にしてるんだよ?」




ドアへと向かいながら、少し慌てた口調になった寿也から告げられたその言葉……。

それにより、吾郎は一瞬で呆れ顔へと変わる。
     



「…ったく……俺は、お前のガキかよ……?」




そう呟いた吾郎へと笑顔で手を振りながら、部屋のドアを閉めた寿也……。

その後……寿也が廊下を歩む音が遠ざかった事で、シーンと静まり返った部屋に1人残った吾郎はソファーへと腰掛ける。




「あ〜あ……思いっきり……『野球』やりてぇなぁ………」




思わず……ボソッと漏らした、吾郎の心からのその思い……。

6月のあの日から、完全では無いにしろ『野球』断ちをされて、既に3ヶ月近くが経った。

正直、それにはそろそろ限界を感じているのだ……。

寿也に甘え、少しでも『野球』に関わりたくて寮へと戻った吾郎であったが、それは他のメンバー達の『野球』漬けの羨ましい姿を見させられる事でもあった。

それにイライラしながらも、今日までしっかりリハビリをこなしてこれたのは、そんな自分を上手くフォローしてきてくれた、寿也のおかげなのだ……。




「寿には……ちゃんと礼を言わなきゃだよなぁ………」




それを伝える「きっかけ」とする為に……実は今日という日を待ちわびていた吾郎なのであった……。

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