〜寿也へ……吾郎より〜 全8P
〜寿也へ……吾郎より〜
佐藤 寿也 海堂学園高校2生の9月。
寿也にとって、新1軍の正捕手として初の公式戦となる秋季県大会が始まる。
前1軍が夏の甲子園に出場した海堂は、当然のシード校となっており、大会では2回戦目となる本日9日からの出場となっていた……。
「それじゃあ……行って来るね、吾郎くん」
それは、吾郎と共に使用している厚木2軍寮の私室でかけられた、1軍ユニフォーム姿の寿也からの声。
「おう……!初の公式戦、しっかり勝ってくんだぞ!」
そう答えながら、これから出かける寿也の側へ向かった吾郎の右の拳が、ゆっくりと上がる。
そして………
パシッ……!
目の前に上げられた吾郎の拳へと、自分の拳を合わせた瞬間……最高のエールを貰えた気がした寿也……。
僅かながらに感じていた試合前の緊張も、このたった一つの動作で吹き飛ばされた気さえした。
なぜだろう……こんな風に、この目の前に立つ吾郎からは、その時の自分に必要な何かを貰える事が多いのだ……。
そんな……自分にとって有難い存在の吾郎なのだが、その吾郎へと寿也は真剣な眼差しで釘を刺す。
「約束してよ、吾郎くん。今日、僕がいないからって、無理なトレーニングは無しだからね?」
「え………」
6月に行われた前1軍との壮行試合中、監督代行であった江頭の策略によって全治3ヶ月のケガを右足に負わされてしまった吾郎……。
今はまだ、完治していない右足のリハビリ中であり、『野球』どころかまともなトレーニングも出来ない状況なのだ。
よって……当然の事ながら、今回の秋季県大会へ出場する事は出来ない……。
そんな吾郎へと、学校側の責任によるケガという事もあり、本来なら新1軍でのデビュー戦となったはずのこの大会に、ベンチ入りだけでもするか?との打診があった。
だが……日々レギュラー争奪が繰り広げられているここ海堂で、ケガ人の自分がベンチ入りするなど甘すぎて話になんねぇ!と、即座にその話を蹴った吾郎だった……。
「わ〜ってるよ……!お前は、俺の事なんか気にしてないで試合に集中しろって!」
どうやら……痛いところに釘を刺されたらしく、少しだけだが顔色が変わった吾郎……。
そんな僅かばかりの表情の変化も、寿也が見逃す事はなかった。
「あ……何、今の顔……?もしかして、投球練習とかするつもりだったんでしょ……?」
ギクッ……!
思いきり疑いの眼差しでの寿也からの言葉で、吾郎はさらに顔色を変えてしまう……。それにより、寿也の目つきが鋭いものへと変わった。
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