〜初めて見る後輩〜 全38P

「や……!わ、悪りぃ、清水……!俺のケガの事は、誰にも言わないでくれっか?甲子園前の校内事故だから、外部には話すなって言われちまってんだ……」

「え……そ、そうなのか?あ、でも……もう、うちの弟にだけは話しちゃったんだけど……」




焦り顔になった薫。それに対し、弟だけ……の言葉が聞けた吾郎の方には、平常心が戻る。




「別に、お前の家族なら平気だろ?つっても……弟にも口止めだけはしてもらわねぇとだけどな」

「う、うん、わかった。ちゃんと言っておくからさ」

「ああ、悪りぃけどよろしくな?んじゃあ、この話はもういいとして……どうやら、俺と違ってお前の方はピンピンしてるみたいじゃんか?相変わらず、元気だったみてぇだな」




意地悪な物言いで、ニッと笑った吾郎。

数か月ぶりに見る事が出来たこの小憎たらしい笑顔に、薫の胸が小さく弾ける。




「な、なんだよ、その言い方は……!まるで、あたしが元気だったのが悪いように聞こえんだけど?」

「そっか?別に、そんなつもりはねぇけどな……?」




それこそ、この相変らずのふざけた様子……とは思いながらも、普段と変わらぬ吾郎の言動に薫はホッとした表情を浮かべる。




「ったく、もう……!ほんと少しも成長しないヤツだな……!けど……良かったぁ、元気そうで……。ケガした事で、本田が落ち込んでんじゃないかと思って心配してたからさぁ……」




そう言って……とびきりの安心した笑顔を浮べた薫。

その笑顔に、一瞬だけ吾郎の目が奪われる。が……すぐに、その目はジト目へと変わった。




「は、はぁ……?こん位で、俺が落ち込むと思ってたのかよ……!俺ならこの通りだから、大丈夫だっての」

「あのなぁ〜お前が言う「大丈夫」なんて言葉は、昔から全然信用出来ないんだからな!?こんなトレーニングだって、きっとまだ無理に決まってるじゃんか!」

「別に無理するつもりはねぇよ。俺だって、再起不能なんて言われんのは右肩の時で懲りてっからな」




自らの右肩をポンッとひとはたきして、そう語った吾郎。

そして……過去の話として聞く事しか出来なかった吾郎の辛い経験を想い、薫の瞳が揺れる……。

だが、次の瞬間………




「絶対だぞ……!お前が『野球』出来なくなるのなんて、見たくないんだからなっ?」




力強い声とともに吾郎を指差し、無理をしないよう釘を刺した薫。

真剣に自分を心配してくれている薫の様子に、吾郎の口角が上がった。




「おう……わかったよ」




返ってきた素直な答えに、思わず丸くなった薫の目。珍しい事もあったもんだ……と思いながらの薫が、腕時計で時間を確認してから言葉を発する。




「じゃあ……今日は部活帰りで時間も遅いし、これで帰るからさ。ちゃんと大事にしろよな?」

「あ……ああ、なんだ、今ってもうそんな時間なのか?」

「っと……そうだった……!はい、これお見舞いに持ってきたシュークリーム」




吾郎の目の前に差し出された紙袋。見知った洋菓子店の名前入りのその袋に、吾郎の目が輝く。




「お〜〜やりぃ〜!!悪りいな、清水!」




吾郎が甘党だと知っている薫が選んだその品を、案の定大喜びで受け取った吾郎。

その姿に満足し、笑顔を浮かべそうになった薫の表情が途端に驚きのものに変わる。

それは渡した紙袋どころか、いきなりその中の個装の袋を開け、取り出したシュークリームにかじりついた吾郎の姿のせい……。

このまま食べ尽くされるのではないかと思ったその勢いに、薫が慌てた声での注意を叫ぶ。

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