〜初めて見る後輩〜 全38P
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翌日………
学校帰りの薫は、今……茂野家の目の前に立っていた……。
(結局……来ちゃったけど………。もし……本田が『野球』の事で絶望してたら、あたしは何を言えばいいんだろう……)
そう考え、俯いた薫……。もう、それについては考えない……!と、思いながらここに来たはずの薫なのだが、気付けばそればかり考えてしまう自分がいるのだ。
(でも……大河にも言われた通り、やっぱりあたしはあいつをほっとく事なんてできない……!)
自分に気合いを入れる為、右手に力を込めてグーを作った薫が顔を上げる。
そして次に、その右手が開き人差し指が伸ばされた……。
ピーンポーン………
意を決した薫が、それでも微かに震える指で押した茂野家のドアホン……。
返ってきた桃子の声に、はっきりと自分の名前を告げた薫だった……。
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桃子に案内されながら、薫が通された場所……そこは、茂野家の地下室であった……。
一体、なぜ……?とは思いながら、桃子へと問いかける事はせずに歩み続けた先で薫の目に映ったものは………。
「よぉ〜清水じゃんか?久し振りだな〜」
「…ほ、本田………何を……やってんだよ………?」
唖然とした顔で、ベンチプレスに座っている吾郎を指差した薫。
想像していた姿とはまるで違うその様子に、薫の脳内では沢山の「?」マークが飛び交った。
「何って……トレーニングに決まってんだろ……?足は使えねぇから、上半身だけでもと思ってな」
この台詞を聞き、薫を地下室へと案内してきた桃子が呆れ顔となり、怒鳴りつけるような声を上げる。
「本当に、もう〜!吾郎ってば、いくら言っても聞かないんだからっ……!頼むから、清水さんからもトレーニングなんてやめるように言ってくれない?」
「え……あ、あの……でも……大ケガしてるんじゃ……??」
どう見ても「再起不能」の言葉さえ聞いたケガ人には見えない吾郎を、再び指差しながら桃子へと質問をした薫。
呆れ顔は戻らぬままの桃子から、すぐに答えが返される。
「これでも、間違いなく大ケガしてるのよ……!それを、本人がちっとも認めないだけでね……!」
「んだよ……俺なら十分、認めてるぜ……?だから、こうして大人しく家にいるんだしな」
「こんな事をしてる人の、どこが大人しいって言うのよ!?ちゃんと安静にしてなきゃダメなんだって、お医者様にも言われてるでしょ!?」
「それも、わかってるっての……!だから、足はちゃんと安静にしてるだろ?」
そう言いつつ、ジト目で桃子を見た吾郎。
それを見て、この状態を本気で「安静」だと思っているのであろう目の前の息子に、桃子は小さくため息をついた。
「いいわよ、もう……。但し、吾郎ももう16才なんだから、自分のやった事には自分で責任持ちなさいよね……?」
そうは言いながらも、親としての威嚇は忘れず、最後の締めには吾郎をギロッと睨みつけた桃子。
それには肩をすぼめて見せた吾郎であったが、そんな態度も一瞬のみのものとわかっている桃子が、怒りの表情を苦笑に変え薫へと視線を移す。
「じゃあ、清水さん……。こんな所に、案内しちゃって悪いけど……たっくさん怒ってやってね?」
地下室を出て行きながらの、桃子からの声。それに対し、未だに唖然とした表情が残る薫からの答えが返される。
「あ、え……??わ、わかりました……」
そう答えながら、桃子を見送った薫……。その姿が完全に見えなくなってから、吾郎へと振り返った。
「おい……どういう事なんだよ、本田……?全治3ヶ月の重症なんじゃないのか?」
「まぁな?って……なんだよ、それ母さんに聞いたのか?んじゃあ……そのおまけに、無理すりゃ再起不能ってのも聞かされたんだろ」
「な、なんだよ、その言い方……。確かに昨日、近所で偶然会った本田のお母さんにそう聞いたんだけど……違うのかよ……?」
「いや、違わねぇよ……。6月に、うちの1軍との壮行試合があって……その時にちょっと、な……」
ここまでを語り、少し俯き加減になった吾郎……。その様子を見て、ずっと抱えたままの不安が再び沸き出してしまった薫の表情が曇る。
「学校内での事だったんだ……。でも、試合中にどうなってそんな酷いケガをしちゃったのさ……?ちゃんと……治るケガなんだよな……?」
「え、ああ……大人しくしてりゃ、しっかり治るって言われてっからさ。俺だって、あの試合で……」
薫からの質問に答えながら、自分のケガは校外秘だった事をつい忘れていた吾郎の言葉が止まる。
と、その直後、吾郎からの慌てた声が上げられた。
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