〜初めて見る後輩〜 全38P

「なあ……ここで、そんな顔して心配してたってしょうがないだろ……?茂野さんが家にいるなら、今から会ってくればいいじゃんか?」

「あ、会ってって……そ、そんな簡単に行けないよ……!」

「え……なんでだよ……?別に、具合まで悪くて寝てるわけじゃないんだろ……?って、まぁ……そこが気になるなら、電話でケガの様子を聞くってのもありかもね?それこそ、本人の携帯にでも電話してみりゃいいじゃん」

「あ、あいつが、携帯なんて持ってるかどうか知らないもの……」

「って……マジかよ、それ……?なら、家に電話して……なんて、回りくどい事やってるよか、会って来た方が早いとは思うけどなぁ」

「だ、だから、そんな簡単そうに言うなよ……!たとえ電話をするにしたって、今あいつにかける言葉なんて見つからないんだから……!」

「な、なんだよ、それ……!んじゃあ姉貴は、このまま茂野さんの見舞いにも行かずに、勝手な想像だけで落ち込んでるつもりかよ!?そんなの、なんの意味もねぇじゃんか!」




ドキッ……!


大河の言葉に、薫の胸が鳴る。

実は……桃子に話を聞き終えたあの時、一度は吾郎を見舞う為に茂野家に向かい始めた自分がいた。

だが……その途中、頭の中でグルグルと「再起不能」の文字が巡り、薫の足は止まってしまったのだ……。

大河に言われた通りだとは思う。けれどもし、あの吾郎が『野球』を失う事になどなったら……と、考え始めてしまった自分は、かける言葉も見つからぬまま、吾郎に会いに行く勇気を持てなかったのだ……。




「あいつにかける言葉を、1つでも見つけてから会いに行きたいと思ってんだよ……。なら、あんたにも聞くけど……もし、大河が一生『野球』が出来なくなったらどう思うんだよ……?そうなった時に、どんな言葉をかけてもらいたいのか教えろよ!」




ドクンッ……!


薫からの言葉に、今度は大河の胸が大きく鳴った……。

痛みにさえ感じてしまうほどであったその鳴り方は、大河の表情を驚きのものへと変える。




「え……お、俺が………?」




(もし……『野球』が出来なく……なったら………?)




薫からの言葉で、思いもしない衝撃を受けてしまった大河……。その動揺を隠す為、すぐさま薫へと背中を向けた。




「俺のことは、ともかくさ……姉貴は、本当に今の茂野さんに会いに行かなくていいのかよ……?」

「え…………」




自分へと振り向く事はしない大河からの言葉に、薫の目が丸くなる。




「もし、姉貴の予想通りだとしたら……今、どん底かもしれない茂野さんを、ほっとくのかよ……?かける言葉なんて……そんなもん探してる場合なのかよっ……!?」




バタァァンッッ……!!



早足で薫の部屋から出て行った大河が、そのドアを思い切り閉めた。

その姿を見送る事しか出来なかった薫には、呆然とした表情が浮かぶ。




(…本田を……ほっとく……だって………?)




薫の頭の中で、今度はその言葉がグルグルと巡り始める……。

そのまましばらく……その場から全く動けずになってしまう薫なのであった……。





*******************





一方………

薫の部屋より自室へと戻った大河は、途中であった試験勉強を再開する気にはなれず、考え事にふけっていた………。




「…『野球』が出来なくなる……か……。そう言えば、今まで考えた事もなかったな……」




(もし……そうなったら……俺は、どうなるんだろう……?)




ギィッ…………




座ってる椅子に、深く寄り掛かった大河……。

天井を仰ぐほどに倒した姿勢のまま、自分から『野球』を無くした世界を想像してみた大河であったが、その体を急に起こして我が身を抱える。




「…やべ……なんか、震えてきた………」




(やっぱ俺も……『野球』……好きなんだよな………)




正直な気持ちを、表情に出すのが苦手な自分……そんな大河でさえ『野球』への想いを改めて考えてみた事で、少し火照り始めてしまった自分の顔を覆った。




(茂野さんは……一度、右ピッチャーとしての『野球』を失ってから、利き腕じゃない左腕で再起してあの海堂でやってんだよな……)




「姉貴の言う通り……すげぇ人なのかも、なぁ………」




長年、姉から聞かされてきた「本田」の『野球』……。その『野球』を見て見たいと、今初めて大河は思った。

今回のケガにより、先程の姉の話にあった「再起不能」などという事にならぬよう……真剣に願い始める大河なのであった。

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