〜初めて見る後輩〜 全38P
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その日の夜………
清水家の夕食後のリビングに、薫の驚き声が響き渡った……。
「ええええぇ〜〜!?海堂から、特待生としてのスカウトをうけたって〜〜!?」
たった今、自分の真横に座っている大河から、本日の試合後にあった出来事を聞いた薫。
それに対し、かなりの大声を上げてしまった薫へと、大河からの文句が返される。
「っるせぇなぁ〜〜姉貴……!!耳が痛いじゃんかよっ!?」
思わず片耳を押さえてそう言った大河であったが、薫からは大してボリュームの落ちない興奮した声が続けられた。
「だ、だって……!すごいじゃんかよ、大河……!!本田も昔スカウトされたって聞いてるけど、お前もなんてさ……!?」
(でたでた……また「本田」かよ………)
その後も、まるで自分の事のように大喜びしている薫を横目で見つめた大河……。
そんな様子を嬉しくも感じるのだが、昔から、こと『野球』の話となると何かにつけ薫から出てくる「本田」の名前が気になる。
長年に渡り、この隣りの姉から聞かされ続けてきたせいなのか?その名は、大河にとって耳障りとなる事も多かった。
「あのさあ……。勝手にはしゃいでるとこ悪いんだけど、俺はまだ海堂に行くって決めたわけじゃないんで……」
「え………??」
大河からの冷めた台詞のせいで、薫の興奮状態の動きは止まり、丸くなってしまった瞳での質問がされる。
「な、なんでだよ……あの、海堂だぞ……?『野球』を続けるなら、最高の学校じゃんか」
「そのさぁ……「あの、海堂」ってのが、そもそも引っかかるんだよねぇ……。俺は、姉貴の「本田」と違って熱血闘魂タイプじゃないし……レギュラーになるのも大変そうな学校ってのはなぁ……」
ため息混じりに、さも面倒臭そうに語った大河。
その隣りでは、今の台詞の中の「姉貴の……」の部分のせいで、頬が熱くなるのを止められずにいる薫の声が返される。
「な……何を言ってんだよっ……!!『野球』が上手くなりたかったら、設備も充実してる海堂みたいな学校に行くのが一番だろ!?何も迷う事なんてないじゃん」
怒鳴るように言いながら、ますます赤くなってゆく薫の様子。それを見て、大河はニヤニヤと笑い始める。
「は〜ん……?わかったぜ、姉貴。俺に「本田」がいる学校に行って欲しいんだろ?」
「そっ……そんなわけないだろっ……!?って……それよか!さっきから、お前が呼びつけにするなよなっ!?相手は年上なんだぞっ!」
「へいへい……そりゃ失礼いたしました」
座っていたソファから立ち上がり、リビングを出る為のドアへと向かい始めた大河。
今の会話の内容では、まだ話し足りないと感じる薫がそれを慌てて引き止める。
「ちょっと待てよ、大河……!きっと海堂でならハイレベルの『野球』が出来るのに、そこでやってみたいとは思わないのかよ……!」
呼び止められたその声に、大河はドアの手前で足を止め振り返った。
「『野球』のやり方にも色々あるっしょ……?みんながみんな、誰かさんみたく強い人間達の中に飛び込んでいこうと思えるわけじゃないんだぜ?」
そう言って、再び前を向き歩き出した大河へと薫の声がかかる。
「別にあたしは、お前に本田と同じようになれなんて思ってないよ……!ただ……」
「…ただ……なんだよ………?」
言葉が止まった薫へと、その続きを求めた大河の足が再び止まる。
先程から、薫に言われる事を重く感じ始めていたはずの大河……。なのに、何故かこの言葉の続きだけはどうにも気になり、薫へと振り向いた。
「あんたってさぁ……『野球』以外にも得意な事が多いじゃん……?だから、他のどれをやってても楽しめてはいるんだろうけど……やっぱり、あたしには『野球』をやってる時のあんたが一番、大河らしい顔してる気がするんだよね……」
その言葉に、大河の目がわずかに丸くなる。
「だからさ……これからも、大河がずっと『野球』を続けていければなぁ……と思ってるんだ……。しかも、あんたが海堂にスカウトされるだけの『野球』センスを持ってんなら、あそこで自分を磨けばもっと『野球』が楽しめるんじゃないかと思ってさ」
笑顔で、そう言葉を続けた薫……。
そこまでを聞き……薫へと振り向いていた顔を前方へと戻した大河が、それに答える。
「今んとこ……『野球』を止めるつもりは無いけどね……。ただ、それを磨く場所ってのは別にどこだっていいはずだろ……?そこは、俺が決めるからさ」
「あ、うん……。そりゃ、そうだけどな」
その後は、何も言う事なく自室へと向かった大河の背中を、薫も無言で見送った。
そして、階段を上ってゆく大河の足音が消えた頃、薫は1人呟く……。
「あいつって……『野球』が好きだからやってんだよなぁ……?なんか……本田と違って、それがわかりづらいんだよね……」
そのつもりは無いはず……なのだが、どうにも無意識のうちに吾郎との比較をしてしまう薫なのであった………。
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