〜癒し系なアイツ?〜 全9P
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一方……その頃、自分の部屋にいた薫。
今日、学校からもらってきた卒業アルバムを、帰ってきてからずっと眺めていた。
その中でも……ついつい何度も見てしまう吾郎の姿。
一人一人写した物はもちろん、クラス写真や、野球部での写真、校内行事での写真など………。
三船東には一年間しかいなかったはずの吾郎だが、それでも校内での一コマとして掲載された小さい写真の何枚かの中にさえその姿が見つけられた。
「一年間だけだったけど、こうして見てるとあいつもしっかり三船東の卒業生って感じだよな……?笑っちゃう位に存在感たっぷりじゃん」
数えきれない程の写真が収まる卒業アルバムの中に、強く感じた吾郎の存在感。
それは、もしかしたら薫だからなのかもしれない………。
けれど、そんな事には気付けずに再び最初から見返そうと思い、一度アルバムを閉じた薫の視界にある物が映る。
机の隅に置かれた、吾郎から返された英和辞典。
今の今まで卒業アルバムに夢中で、そこに置いておいた事も忘れていた。
「あ、そうだった……あいつから返ってきてたんだよな?大河に回すかもしれないから、チェックしとかないと……」
そう言いながら、手を伸ばして辞典を開き始めた薫。このまま大河に渡せる状態かを見る為に、パラパラとページをめくり始める。
最終ページに近づくまでの間、特に問題はないと思いながらの薫が裏表紙の内側となる部分を開いた。
外側と同様に自分の名前が書いてあるその箇所に、大河の名前を書きかえる事が出来るかどうかを見る為に開いたその場所……。そこに、ドド〜ン!とあるはずがないマジック描きのイラストと文字が表れる。
それを見た薫の目は、こぼれんばかりに見開いた……。
そこに描かれていたのは、薫の好きなクマのキャラクターの顔……のはず?のもの……。
癒し系で人気を博しているそのキャラのつぶらなはずの瞳は、いびつに描かれ目つきが悪いようにさえ見える。
愛らしく丸みを帯びているはずの輪郭も……丸とは言えない出来栄えになっていた。
そしてそのイラストの横には、これまたいびつ?とも言える字でこう書かれている。
『金もなくなったし、お前にはまた今度な!それまで、これでガマンしとけ!』
癒し系とは決して言えない記入者の名前は無くとも、誰が書いたかひと目でわかるその言葉………。
しばらくの間、見開いた目のまま何度もイラストと文字を見返していた薫であったが、ようやく瞳を普通に戻す……と、途端に笑い出す。
「ア……ッハハハハハハッ……!!し、信じられない〜〜!あいつがこれ描いたのかよお〜!?やああぁ〜描いてるとこ想像するとウケる〜〜お、お腹が痛いいいいぃ〜!!」
笑いが止まらなくなった薫……開いたままにしている辞典を閉じればいいものの、そうする気にはなれず、何度も目つきの悪いクマと目が合うたびに笑い続ける。
ようやく見慣れてきた事によって笑いの波も静まってきた薫が、クマを見つめながらの声を出した。
「全くもうぅ……こんなとこに描いてくれちゃってさあぁ……。これじゃ、とても大河には回せないじゃんか?どうしてくれるんだよなぁ……」
そして……クマの横の文字へと目線を移した薫は、それに対する一つの疑問を口にする。
「なあ、本田……。あたしにお返ししてくれる気になったのは、催促されたと思ったからか……?それとも……自然に……なのか……?」
自分の思った事により、薫は辞典をそっと閉じ、再び手にした卒業アルバムをめくる……。
そして、もうどこのページにあるかもすっかり覚えてしまった、吾郎と自分との体育祭での二人三脚のワンシーンが載っている場所を開いた。
そこにあるのは2人の笑顔ではなく、どう見てもいつもの文句のかけあい中の姿……。
けれど、お互いに一生懸命だった事は間違いが無い、真剣な瞳の2人がそこにいる。
「本田と一緒に……頑張るのが好きなんだよなぁ……。そんな風に思うあたしって、変なのかな……?」
自分自身を薫は笑う。乙女チックな恋愛とはとても言えない感情を吾郎へと持つ自分。
ただその姿を見ているだけでいい……声を聞いて、傍にいられればそれで幸せ………なんて事はとても思えない。
自分がどこかで吾郎を必要だと感じるように、吾郎にもそう思ってもらえる自分になりたいと願ってきた。
これからも吾郎と同じ大好きな白球を追い続け、吾郎が感じている何かを自分も感じていたい。
決して吾郎に負けないように、いつでも自分を高めたい、伸び続けてゆきたい………。
これって……恋愛感情じゃなくて、ライバル心なんじゃないか……?と、思う時さえあった。
吾郎を追いかけるのが好きな自分……これからも間違いなくそうしていくのだろう。
たとえ、また住む場所が離れようとも……きっと………。
「さて、と……!お腹が空いてきたなあ〜いい匂いもしてるし下に行ってみようかな?お返しは期待しないでおくよ。どうせあんたは忘れちゃうんだろうし……このクマで十分だしさ……」
そう言いながらもう一度めくって見た、癒し系ではない吾郎画伯によるクマのイラストに、またもや笑いが込み上げてきた薫……。
これじゃ癒しを通り越して、おかしいだよおお〜と、思いながらの薫が、宝物となった辞典と卒業アルバムを机の上に残し自室を後にする。
その後……大河にも誰にも使われる事のなかった中学生レベルの英和辞典は、薫の癒しグッズ(落ち込んだ時に笑える用)へと、その使い道を変えたのであった……。
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