〜癒し系なアイツ?〜 全9P
〜癒し系なアイツ?〜
3月中旬の今日……暦の上ではもう春………。
しかし、まだまだ真冬並みの冷たい風が吹く日もある中、中学生達の高校受験はその全ての終わりを告げていた。
3年生達にとって残る学校行事は、明後日の卒業式のみとなっている三船東中学校の昼休み……。
「いっただっきま〜す!」
「清水〜いるかぁ〜?」
弁当箱の蓋を開けながらの薫の明るい声と、廊下からの大きな呼び声とが重なった。
まさに今から4つの机をくっつけてのランチタイムを始めようとしていた、薫を含める女子4人が一斉に廊下の方へと顔を向ける。
それ以外の生徒も教室内に響き渡ったほどの大きな声へと振り向く中で、その視線をまるで気にする事もない声の主は、ズカズカと教室内へと入ってきていた。
そして目的の場所である机の横に立った事で、足を止めた声の主へと薫が話しかける。
「なんだよ本田……?なんか用?」
薫は横目でそう言いながら、そおっと……開きかけていた弁当箱の蓋を閉じた。
過去に吾郎に奪われた記憶が残る大好きな卵焼きは、今日もしっかりそこに存在していたからだ。
「ちょっとお前に付き合ってもらいてぇ所があっから、今日は一緒に帰ろうぜ?どうせ暇なんだろ?」
最後にくっつけられた言葉が気に入らず、薫の眉がピクッと上がる。
そりゃあ部活も受験も終わっている今、放課後の予定が毎日詰まっているはずはない。事実、今日も空いていた。
だからと言って、暇と決めつけられるのは面白くないものだ。
けれど……日頃から余計な言葉が多いこの『幼馴染』からの誘いを、即突き放す事が出来ない『惚れた弱み』を持つ薫。
そんな自分にため息をつきながらの答えを返す。
「暇で悪かったなあ……?けど、学校帰りにどこに寄るつもりなんだよ?」
「ま、大したとこじゃねぇよ。んじゃ、終わったらまた来るから、ここで待ってろよな?」
「え……ちょ、ちょっと!まだ一緒に帰るとは言ってないんだけどっ!!」
その声で、既に2、3歩離れ始めていた吾郎が、もう一度その歩数分を戻りながら振り向く。
そしてわざとらしく聞こえなかったようなポーズをとりながら、薫の顔のすぐ傍へと耳を近づけた。
「は……?お前……今、暇って言ったよなあ?だったらもちろん付き合ってくれんだろ?」
「……………。」
急に近付けられた顔と、その強制とも言える台詞のおかげで思わず無言となった薫……。
「あ……小森が廊下で転んでる」
「へっ……こ、小森が……!?」
廊下の方を見る為に、自分のすぐ隣りにある吾郎の体が邪魔に感じた薫は、大きく体をのけぞらせた。
そのすきに閉められていた弁当箱の蓋を開け、指でつまんだ黄色い物を口に放り込んだ吾郎。
一瞬とも言えるスピードで薫の好物は盗まれ、犯人はすぐさまその場を離れ始める。
「ん〜〜やっぱ美味いな、この卵焼き!そんじゃ後でな〜」
「へっ!?た……卵焼きって……お、お前、また盗ったなあ〜!?」
「清水が、すぐに言う事を聞かねぇから悪いんだよ!ごっそさ〜ん!」
「ふ、ふざけんなよ、本田っ!?もうどんなに頼まれても、お前には何にも貸してやんないからなあぁ〜!?」
この自分の言った台詞で、薫はある事を思い出す。
そう言えば……英和辞典をまだ吾郎に貸したままだ……。
授業がほとんどない今だからこそ忘れていたが、何日か前に貸したきり返してもらってはいなかった。
そして……それを思いながら、もう一つの事実も薫の頭の中をよぎる。
(…そっか……もう授業なんてまともに無いんだから……あいつに何かを貸すなんて事も無いんだよな……)
薫がそんな事を考えているうちに、既に遠く離れている吾郎……。
教室を出る前に、沢村の頭をひとはたきする事も忘れてはいなかったようだ。
廊下へと出てゆく吾郎の姿を見ながら固まったようになっている薫へと、呆れ顔で自分の席から立ち上がった沢村が近付いてくる。
「あのなあ……お前ら、デートの約束もケンカ越しじゃなきゃできねぇのかよ……?周りにも迷惑だし、少しは成長しろよなぁ?」
「なっ……何がデートだよっ!?あたしはあいつの都合を勝手に押し付けられた上に、また卵焼きを盗られただけだぞっ!?」
「また、って……前にもあったって事かよ……?お前らって、リトルの頃もそんなのばっかだったよな?」
「う、うるさいなあ……!あたしと違って、あいつが少しも成長してないからだろっ!?」
「ハハハッ……!ま、確かに4年も経ったとは思えねぇほど、あいつは変わんねぇよな?けど、実はお前はそれが嬉しいんだろ?」
フフンッと鼻を鳴らすような仕草付きでそう言ってきた沢村を、拳を握りしめた薫が睨み付ける。
「何、ふざけた事を言ってんだよ……!あいつへの怒りの分も足して、一発殴ってやろうか……?」
「ととっ……!八つ当たり反対〜!さ〜て弁当の続きを食わないとな〜?」
ガードの為の両手を薫へと向けたまま、後ずさりで戻ってゆく沢村……。
その後、赤くなってしまったままの顔でようやく弁当を食べ始める事が出来た薫に、今度は友人達からのからかいの言葉が飛び続けるのだった……。
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