〜呼び名〜 全3P
〜呼び名〜
「お〜い、清水〜〜!また、お前のバット借りてもいいか〜?」
俺等からは離れた位置から叫ばれ、グラウンド内に響いたその呼び名……。これに、いちいち耳が反応しちまう……。
ったく……厄介だよなぁ………。
「バットって……あいつ、まだ自分に合うのを探してんのかよ……?んじゃ茂野先輩、俺はあっちに行ってくるんで……アップお疲れでした!」
そう言って、俺の傍から自分と同じ特待生の一人に向かって大河は歩き始めた。その後ろ姿を目で追いながら、俺は自分にいい聞かせる。
そうだよ……そんな事はわかってる。こいつも確かに「清水」なんだって事は……。そして、海堂(ここ)にいるヤツらのほとんどが、こいつを「清水」って呼ぶことも………。
俺と清水が付き合い始めて2か月近くが経った。つっても……その間にあいつと会えたのは、ほんの数回だけだけどな……。
なのに……なのに、だ………。こうして『野球』をやっている時でさえも、あいつの事を考えちまう時がある。俺が……この俺が、だ……!
だってよぉ……ここには、どうにもあいつを思い出すきっかけがある……。
それは、ここのヤツらが大河を「清水」と呼ぶからなんだよなぁ……。その呼び名を聞くと、つい頭の中にあいつの顔が浮かんじまって………。
だああぁぁ〜〜〜呼び方なんて仕方ねぇ事だけど、正直、勘弁してもらいてぇっつうの〜〜!!
「…吾郎くん……どうかしたの………?」
脳内から消えなくなったあいつの姿を消す為に、頭を掻きむしるようにしていた俺にかかった声。その声の主に、俺は慌てて顔を向ける。
「い、いや……!なんでもねぇよ。コーチとの話は終わったのか?」
「うん。今、終わったところだけど……。吾郎くんの方は、大河とウォーミングアップしてたんだよね?それはもう終わったの?」
「ああ、終わったよ。あいつは、たった今あっちのヤツらに呼ばれて、向こうに行ったばっかだからさ」
「そうなんだ。じゃあ、吾郎くんは次のメニューに入れるんだね。きっと大河は、あっちでの練習が始まると思うから、僕のアップが終わるまで他の誰かと軽くキャッチボールでもしててくれる?」
「ああ、わかった……」
そこまでの会話を終え、つい寿の顔をジッと見てしまった俺……。そんな俺にすぐ気付いたのか、寿が疑問の声をかけてきた。
「何……?どうしたの、吾郎くん」
「いや……寿もすっかり「大河」呼びになってんなぁ、と思ってさ」
「え……ああ、そう言えばすっかりそうなっちゃったけど……何……?僕がそう呼ぶのはおかしい?」
「違ぇよ……!その方が、俺にとってはありがたいんだっての……!寿みてぇに、他のヤツらも「大河」って呼んでくれりゃいいのによぉ……」
「ありがたい……?」
厚木寮(ここ)にいる限り、他の誰よりも長い時間一緒に過ごしている寿にまで「清水」呼びを聞かされるのはたまんねぇもんなぁ……。そうじゃないだけ、いいとすっか……。
なんて思いながら、1人で納得した表情になっていた俺を見て寿がクスクスと笑い出す。
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