〜恋人と呼べる人〜

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そして……バス亭への道を歩く吾郎と薫………。

本日より『幼馴染』から『恋人』へ……と、なったはずの2人だが、それによる緊張などは感じていなかった。

いつも通りに、自然と続くたわいなくも楽しい会話……先程、突然の事故?のように繋がれた手も、今は当然のように離れている。



こんな風に……いつも通りに吾郎と過ごせる事を「いい事」と思いながら、寮からの道を歩き続けてきた薫……で、あったのだが………

バス亭に到着し、あとはバスを待つだけとなった今………薫の心が、急に揺らぎ始めるのだった………。




(今日から……本田とは、こ、恋人同士になれたけど……結局、今までと同じで、次に会える日もわからないんだよなぁ……)




そんな事を考え、チラリと自分の隣りに立つ吾郎へと視線を向けた薫……。

だが……そんな薫の視線に気付く事もなく、次の予選への意気込みや『野球』の話を続けている吾郎の横顔を見て、薫はフウッと小さなため息をついた。




(これから先は、甲子園に向けて大忙しだろうしなぁ……。今度は、一体いつ本田と会えるんだろ……)




ふいに……会えない寂しさが薫に募り始める………。

もしかすると……?会えない事への寂しさは、今までよりも、恋人になれたこれから先こそ強く感じてしまうのかもしれない……。

そう思った事で、俯き加減になった薫に吾郎からの声がかかった。




「なあ、バスってもうすぐ来んのか?」

「え……あ、そう言えば、時刻表も見てなかったっけ……次のバスって、何時かな?」




ただ単に、疑問を投げかけてきた吾郎に対し、バッグから携帯を取り出した薫が時刻表を見つめ始める。

携帯の時間表示を確認しながら……の薫の様子に、吾郎はある事を思い出したのだった。




「と……そういや……あん時、俺がシャワーをぶっかけちまったせいで、清水の腕時計が壊れたんだってな?もう、代わりのやつを買ったりしたのか?」

「え……?あ……それが、実はまだなんだけどさ……さすがに不便に感じてきたから、そろそろ買おうとは思ってるんだよね」

「そか……ならよ?近いうちに、週末で三船に帰るようにすっから、一緒に買いに行こうぜ?」

「え………」

「もちろん、俺が買うからよ……マジに悪かったな」




申し訳なさそうに、薫を見下ろした吾郎……。言われた事への嬉しさから、頬が上気し始めた薫であったが、それでも吾郎へと気遣いの言葉を返す。




「で、でも……いいのかよ……?今って、予選前なのに………」

「その予選が始まったら、しばらくまともなオフは無くなっちまいそうなんだよな……。んだから、俺としては今のうちのが動きやすいんだよ」




偶然に違いない……が……まるで、さっきまでの自分の寂しさを察してくれたかのような吾郎からの言葉………。

この……昔から吾郎との間に起きるありがたい偶然が、薫の感じ始めていた不安を取り除いてくれた。




(本田と付き合う以上……きっと、会えないのが寂しいなんて言ってられないよな……。これからは、今まで以上に会えた時を大事にしていかなきゃ………)




既に……ただの高校生ではなくなっている吾郎………。

マスコミから騒がれる度に上がってきた知名度は、この先で、ますます高くなってゆくかもしれないのだ………。

それを理解した上で、今後の吾郎との過ごし方を考えていかないと……と、自分に言い聞かせた薫からマイナスの感情は消える。




「うん、わかった……!三船に帰ってくる日がわかったら、電話くれよな?」

「ああ……」




いつも通りの、元気な笑顔でそう言った薫。それを見た吾郎にも、自然と笑顔が浮かぶのだった……。

そして……つい、そのまま、お互いの笑顔を見つめ合ってしまった2人……。

その数秒の間に、『幼馴染』であった今までには無い雰囲気を感じ取った薫が、吾郎との視線を外してからの声を上げる。




「ほ、本田に、どんな時計を買ってもらおっかなぁ〜?あ……そう言えば、欲しいブランドのがあったんだよね〜」

「って……おい、こら清水……!すげぇ高いのを買わせる気になってんじゃねぇだろなっ……!?」

「え……なんだ……ダメなんだ……?」

「ダメとかどうとかじゃねぇよ……!俺にそんな金があるわけねぇだろが……!?」




と……こんな風に、すぐにまたいつもの『幼馴染』の調子に戻れる2人の会話が、その後も賑やかに続くのだった………。

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