〜見たことのない君〜 全12P 

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日下部の運転する車は、市街のメインストーリーに立つ一軒のブティックの前で止まり、その後、店内に入るとすぐに出迎えにきた店員によって誘導され始めた吾郎と薫……。

どうやら吾郎達の来店は知らされていたらしく、それぞれが既に用意されていた個室へと入ってゆく2人であった………。



…………………………………

………………





「…なんだよ、これ………?」




それは……呆然とした様子で着替え用の個室から出て来た吾郎が、呟くように出した言葉。

その姿は、水色の半袖ボタンダウンシャツに、紺地にストライプ柄のネクタイ。そして、今の暑い季節に合わせた薄手生地の黒い格子柄ベストと、同生地のロングパンツを履いた完全フォーマルな出で立ちだ。

革靴まで履かされた足で歩き出してみた吾郎であったが、そんな自分の姿が店内のあちこちに設置されている鏡に映る度、ただただ違和感だけを覚えてしまうのだった。




「お……!よく似合ってるよ、吾郎くん……!実はね、そのスーツはミスター・ギブソンから君へのプレゼントなんだ」

「え……こ、これを……俺に……?」




日下部からのプレゼントの言葉に、引きつりながらもどうにか笑顔で答える事が出来た吾郎。

そんな吾郎へと、日下部からは全く曇りのない笑顔での声が返される。




「そう。今日のパーティーが終わったら、その後は日本に持ち帰っていいからね」




正直……持ち帰ったとしても、間違いなく吾郎にとっては無用の長物となるであろうこのスーツ……。

荷物になるだけ……と、本気で考え始めている吾郎の変化に気付く事も無く、日下部は今も吾郎の目の前でにこやかに笑ってくれている。




(…マジかよぉ……?こんな物より、昨日みたくボールとかの方が何百倍も嬉しいんだけどなぁ……)




内心でそう語る吾郎には分かっているはずもないが、夏素材として最適な高級ウールを使用して作られているこのスーツ。

そのベストの裾を引っ張りながら、とても自分が慣れそうにもない着心地に吾郎の顔はさらに引きつってゆく。

そして、どうやらそんな吾郎の様子にも気付く事のなかった日下部が、ある方向へと視線を移し声を上げた。




「あ……清水さんも、支度ができたのかな?」
 




薫が入っていった試着室付近での店員達の動きに気付き、そう言った日下部。その声につられ、視線を移した吾郎の目は一瞬で大きく見開く事となった。




「…いっ………!?」




思わず……変な声さえ上げてしまった吾郎の視界に入ってきた薫の姿……それは………。




「…お、お待たせ………」




淡い水色のシースルー素材を重ねて作られた、足首までのロングフレアーのドレス姿。

髪にはフワッツとしたゆるめのウェーブがかかったウイッグをつけた事で、今まで吾郎が見たことのないロングヘアースタイルの薫がそこに立っていた。

あげくには……軽く化粧もしたらしく、つい先程まで自分に罵声を浴びせてきていたその唇は、つやつやの綺麗なピンク色になっている。

今まで、学校やグラウンドで見てきた姿とは、まるで別人の薫……。

あまりにも衝撃的なその姿に、不覚にも目が離せなくなってしまう吾郎であった……。

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