〜恋人と呼べる人〜
「へえ〜〜清水のお姉ちゃんなんや〜?そりゃ、初めまして〜三宅ですぅ〜」
「茂野達と『幼馴染』ってことは……俺らとも同い年って事だよね?どこの高校なの?」
「家も、茂野達と同じ辺りって事でしょ?ここまで弟の物を持ってきてやるなんて、優しいんだね〜」
突然、数人の野球部員に囲まれた上に急な質問攻めに合い始め、しょげている場合ではなくなった薫……。
自分を囲む吾郎の仲間である部員達に対し、薫はまず、とりあえずの笑みを浮かべてみせる事しか出来なかった。
そして……そんな薫なりの努力姿が部員達の肩越しに見えた吾郎には、なぜかムッとした表情が浮かぶ……。
「おいっ……!いきなり、なんなだよお前らはっ……!?いいから、さっさと練習に戻れっての!!」
薫が囲まれている輪の外側から、大声で怒鳴りつけた吾郎。
だが、それでもその場から動こうとしないメンバー達の様子を見て、寿也からの一言が呟かれる。
「あれ……こっちを見てるコーチが、なんか怒鳴ってるみたいだけど……大丈夫かな……?」
ビクゥッ……!!
寿也のその言葉に、一斉に姿勢を正しグラウンドへと走り始めた部員達……。
その光景を、唖然とした表情で見送ってしまった吾郎からポツリと言葉がこぼされた。
「んだよ、あいつら……いきなり戻りやがって……」
「今は県大会直前だからね。ベンチ入りは誰だってしたいだろうから、コーチの事はみんなが意識してるんじゃないかな?」
にっこりと笑顔を浮かべそう言った寿也に、吾郎の言葉が返される。
「なるほどな……ま、とにかく静かになった今のうちに、さっさと行こうぜ?」
そう言うと、今度は吾郎が先頭になってプールまでの道を歩き始める。そして、それに続こうとした寿也であったが、いまだに呆気にとられたようになったままの薫に気付き声をかけた。
「大丈夫、清水さん……?みんな厚木寮(ここ)で、女子が珍しい位の生活してるからさ……いきなり囲まれたりして、驚いちゃったよね」
「あ、や……だ、大丈夫、大丈夫……!あたしの方こそ、男子に囲まれるなんて事が珍しくて驚いちゃっただけだからさ〜」
赤ら顔の薫からの、その言葉。それが聞こえた吾郎が、足を止め振り返る。
「そりゃそうだろな〜?きっとあいつらだって、清水の男っぷりを知れば近寄りもしねぇよ」
「本田っ……!!なんだよ、その男っぷりってのは……!?」
右手を握り締めるポーズをとった薫。それを見て、寿也の背中に隠れた吾郎からの声が返された。
「うわっ、でた……!そうやって、女のくせにすぐ殴ろうとすっからだろ……!?」
「もう……殴るなんて、なんでそんな事を言うのさ……?」
吾郎の言葉を大袈裟に感じ、苦笑した寿也からのその言葉。それに、すかさず吾郎が答え始める。
「いや、それがマジなんだっての……!なんせ、俺が福岡から戻って来た時によぉ……」
「こらっ、本田っ……!!」
そう叫び、寿也の後ろにいる吾郎のさらに後ろへと回り込んだ薫。
結果、吾郎にだけ見える位置に立ち一言を告げる。
「それ以上、余計な事を言ったら……本気だすぞ……?」
そう言って、先ほど作ったグーを自分の目の前に突き出した薫へと、青ざめた吾郎の声が返された。
「や、やめろっての……今の俺は、県大会前の大事な体なんだかんな……?」
「そう思うなら、余計な話は終わりにしないとだろ……?」
「わ、わかったよ……!んじゃあ、さっさと大河の所に行こうぜ……!」
引きつった笑顔で、防御の為の両手をかざしながら薫の横をすり抜け歩き始めた吾郎。その姿を見て、薫は呆れた笑顔での小さなため息をついた。
「全く、もう………」
そう言葉を発し、吾郎へと続いて歩き始めた薫……。
その後、追い付いたその大きな背中に、軽く右パンチをした薫に吾郎からの文句が返される。
そんな………
まるでリトル時代の年齢のような、やんちゃな2人のやりとりに、思わず微笑みを浮かべる寿也なのであった……。
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