〜恋人と呼べる人〜

「ごっ、ごめんなさい……馴れ馴れしく、呼んじゃって……」

「え……いや、その呼び方で全然構わないよ?今となっては、吾郎くんもそうは呼んでくれないから、懐かしくて嬉しいよ」




自分の横に立つ吾郎をチラッと見て、そう言った寿也。それに対して、吾郎がケロリとした表情で答える。




「んだよ?そう呼んでほしいなら、いくらでも呼んでやるぜ……?なあ、寿くん、寿くん、寿くぅ〜〜ん!」




と……かなりふざけた口調で、寿也を呼び続けた吾郎……。そこに………



ガコンッ……!



と……大きな音を立てた、寿也からのゲンコツが落とされる……。




「本当に、もう……子供すぎだよ、吾郎くん………」




痛みに頭を抱える吾郎に向かって、そうつぶやいた寿也。

そんな2人を見た薫は、思わずプッと吹き出した。




「ア、ハハハハッ……!なんか、リトル時代の光景を大きくなった2人で見てるみたいでおっかしい〜〜」

「て、てめ……清水っ……!人が痛がってるってのに、大笑いしてんじゃねぇよっ!?」

「吾郎くんが悪いんでしょ……?清水さんを怒るのは、どうかと思うけどなぁ……」




笑いが止まらずにいる薫に対し、ムキきになって怒り始めた吾郎……そして、それに対して落ち着いた寿也の声がかけられる……。

その寿也のクールな声により、勢いの止まった吾郎を見て、今度は薫からの言葉がかけられた。




「なんか……不思議な感じだなぁ。あの頃は敵同士の本田と寿くんだったけど、今は超高校級バッテリーって言われてるんだもんね」




笑った為に、うっすらと涙に滲んだ瞳で柔らかな笑顔を浮かべた薫。



トクンッ………



それを見て、吾郎の胸が僅かに弾ける……。が……それは、吾郎自身が気付く事のない程の小さなものなのであった……。




「ところで、今日は一体どうしたの?清水を探してたって言ってたけど……何か用事があって来たって事だよね?」




寿也からされた、問いかけ。それに薫が答えを返す。




「あ……実は、大河に届け物を頼まれて……」

「届け物だ〜?それって、姉貴のお前に持ってこさせるほどの物なのかよ?ったく、えっらそうによぉ〜」

「え……いや、まあ……大事な物みたいだし、あいつも卒業後に慌てて荷造りしてたから仕方ないんだけどね」




ハハッと笑い、頭を掻きながらそう言った薫。自分が吾郎と会える機会を作ってくれるつもりもあったと思える大河を、薫は少しでもフォローしたかったのだ。




「今、1年の特待生組はプールでのトレーニング中じゃないかな……?良ければ、僕が案内するよ」




プールのある建物の方向を指差しながらの寿也からのその声に、薫ではなく、吾郎の声が続く。




「そんなら、俺も行くぜ……!この届け物の事で、あいつをからかってやっからさ!」

「何、それ……?吾郎くんの場合、そんな事すると返り討ちに合うだけなんじゃない……?」




呆れた笑顔で、吾郎を見つめた寿也。それに対して、ジト目になった吾郎の声が返される。




「んだよ、寿……!俺だってなあ〜いっつも大河にやられっぱなしになるつもりはねぇんだからな……!?」

「そう……?確かに、『野球』でなら今のところ吾郎くんが勝ててるけどさ……言葉で勝つのはまず無理なんじゃない?」

「い、今のところ……だとぉ……?」

「だって、清水が凄いバッターになるかもって言ったのは吾郎くんだよ……?ただ、先の事は誰にもわからないから、今のところって言ったんだけどね。ほら、もう行こうよ」




そう言って歩き出した寿也に、文句を返しながらも続き始めた吾郎。だが、その後すぐに笑顔を浮かべ合い『野球』の話を始めた2人の様子を見て、薫は思う……。




(本田……楽しそうだなぁ………。海堂(ここ)での『野球』や寮生活が充実してるからなんだろうなぁ……)




笑顔の吾郎の姿を見ているだけで、自らの幸せにさえ思えている薫……。

前を歩く、また一回り大きくなったのではないかと思える吾郎の背中……。これからも、こうしてその変化に気付けるよう、近くで見つめてゆけたら……。そんな風に、薫が思い始めた、その時………。



クルッと、まるで薫の心の中の声が聞こえたかのように、吾郎が振り返る。



ドキンッ……!



と、弾けた薫の胸……それとともに、ジッと見つめてしまっていた当人に振り返られた驚きで、薫の目は大きく見開いた。




「何やってんだよ、清水?早く来いよ」

「あ……う、うん……!」




慌ててそう答え、自分から少し離れた吾郎と寿也を追って走り出す薫であった………。

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