〜苦手?生意気?可愛い後輩?〜 全16P

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その日の夜………時刻は8時を過ぎた頃………



シャキッ……シャキンッ………



薫の私室に響いているこの音は、机上で使われているはさみの音……。

新聞や雑誌から、吾郎に関する記事が丁寧に切り取られてゆく音だ。




「しかし……凄いよなぁ、この記事の数。下手すると、春の甲子園の記事と同じ位なんじゃないか……?今まで、こんなに早くからここまで騒がれた高校球児なんかいなかったよなぁ……」




春の甲子園には出場しなかった海堂……。だが既にその知名度は、今回の春の甲子園出場校以上のものになっているのだ。

特に今年の1軍においては、そのデビュー戦より、眉村、そして寿也への注目が多く集まり始めていたところへ、更に加わった吾郎の存在によって、その記事数は尋常では無いものとなっていた。

吾郎の実力の高さと、そのビジュアル……そして、2人の父親の事……。あげくには、バッテリーを組んでいるこれまたイケメンの寿也とはリトル以前からの幼馴染という、取材をする側にはたまらない素材だらけの吾郎への人気は一気に高まり続けているのだった。



チームメイトと一緒に笑う顔、寿也とのツーショット……そして投球中の真剣そのものの横顔……。

そんな吾郎の写真を切り抜きながら、ふと薫は机上に置いてある携帯に視線を落とした。




(結局……海堂にいる本田へは、一度も電話してないんだよなぁ……)




昨年の秋……大河が海堂を訪問したその日に知る事が出来た吾郎の携帯番号……。

吾郎からは「何かあれば、お前から電話してこいよ」とは言ってもらえたものの、薫からかける事はしないまま今に至っていた。

その間の年末年始には、三船に帰って来た吾郎と、以前からと同じように地元の仲間達と皆で一緒に会う事などは出来ていた。

リトルの頃から変わらない、吾郎との楽しくふざけた会話や、まるでケンカのような怒鳴り合い……。

そんな時間を過ごせたあの時……これで十分幸せだ……と、間違いなくそう思えていた薫だったのだが………。



まさか……その数か月後に、吾郎がこれほど有名になってしまうなどとは思ってもいなかった……。

当初は新聞や雑誌に吾郎の事が載る度に喜んでいた薫であったが、そのあまりにも増えてゆく記事数に、最近では不安を感じてしまうようになっていた。

このまま……自分からは、遠い存在になってしまうのではないだろうか……?

そんな思いを常にどこかで持ってしまう自分に、薫は何度も言い聞かせてきたのだ。大丈夫……きっと、またいつものように話せるはずだ……と………。




「あいつに……電話、してみようかな……」




一応の……いや、本当にそう思えている、電話をかける為の理由はちゃんとある。

昨日終わったばかりの地区予選への優勝おめでとう!を、吾郎に伝えたい……。



おもむろに携帯へと伸ばした手。「茂野 吾郎」で登録したアドレスの中で、その名を探し出せた瞬間、薫の胸がトクンッと鳴った……。

そのまま早打ちになり始めてしまった胸の音……。それを聞きながら、きっと発信するのをかなり躊躇するだろうと思っていた自分の指が、実にすんなりと動いた事に薫自身が驚きながらの操作がされる。

後で吾郎に掛け直してもらう為に、僅かなコールだけをするつもりの薫は、2回目のコール音を聞き終え電話を切ろうと携帯を耳から離し始めた。




「よお、清水かよ?久し振りだな」




全く予想をしていなかった声が聞こえ、心臓が飛び出そうなほど驚いた薫。そのせいで、耳から僅かに離していた携帯を落としそうになってしまう。

それを必死につかみ直しながらの、薫の驚き声が上げられた。

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