〜グレー色の空の下〜 全16P
「なんで一緒に、なんスか……?海堂時代も、俺の貴重な在庫を誰かさんに散々食われちまった記憶があるんで、これは後で俺一人で食いますから」
「な、なんだそれっ!?せっかく俺も食おうと思って買ってきたのによぉ〜!!」
「そこまで食いたかったんなら、なんで1箱しか買ってこないんスかっ……!?つか、そもそもこれって俺へのプレゼントなんスよねぇ!?」
「いや、まあ、そうだけどよぉ……。それは、プレゼントってほどのもんでもねぇんだけどな?」
「…それ……自分で言ってどうすんです……?いくら先輩が今季の年俸下げたからって、ポッキー1箱ってのにはびっくりなんスけど……」
「嬉しそうに受け取ったくせに、文句言うんじゃねえっての!俺はな〜買い物なんざ滅多にしねぇから、現金はあんま持って歩かない主義なんだよ!」
「へええ……?それって、ポッキー1箱だけが買える程度って事スか?先輩の財布にどんくらいの金が入ってるのか、すっげえ興味あるんスけど……?」
「お前にだけは、ぜってえぇ〜に見せてやんねぇ……!!」
口元を思い切りイーッと伸ばしてのその言葉……。その仕草を見て、大河がハア〜とため息を吐く。
そして、先ほど一度は閉じた冷蔵庫にポッキーを入れ、自分が飲むためのコーラ缶を取り出した。
手にしたコーラ缶のプルタブを開けながら、大河は未だに立ったままでいる吾郎の方へと向かい始める。
「…とにかく……あれは後でいただきますんで……。その……先輩の貴重な現金使ってもらって、ありがとうございました」
吾郎の横を通り過ぎる瞬間、その言葉と一緒に軽く頭を下げた大河。
決して目線を合わす事はしなかった僅かに赤い横顔を見て、思わず吾郎は驚き顔となる。だが……その表情はすぐにニッと笑った顔へと変わった。
「…んだよなぁ……?マジに冷蔵庫に隠しちまうのかよ?」
「あれは、冷やしてから食べんのが一番好きなんスよ……!つか……いつまでも立ってないで、ソファーにでも座ったらどうスか?」
「いや、座る前に庭でキャッチボールでもしねぇか?」
「…は………?」
「お前も、そろそろ『野球』が恋しくて仕方ねぇ頃なんじゃねぇの?俺は去年、それを嫌ってほど味わっちまったからよぉ……。いい加減、大河もおかしくなってくる頃だと思ってさ?」
微かに笑いながらの吾郎からの言葉……。そのせいで、大河の体はフリーズ状態となり、全ての動作がゼロとなって立ち尽くしてしまう。
そう……そうなんだ………茂野先輩の言う通りだ………。
リトルの頃からの『野球』……。運がいい事に、俺はデカいケガはせずに今までやってこれた。
それなのに……プロに入団出来て、あげくにはやっとスタメンになれたと思った矢先に、軽くとはいえ捻挫をしちまって……。
チームドクターやトレーナー曰く、長く『野球』を続ける為には捻挫を侮るべからず!だとかで、俺の場合、最低でも3週間はテーピングでの完全固定、その後は徐々に動かし始め復帰までは一か月半かかるとか……。
完全固定の間は、まともな運動も出来ない……。だから寮にいる意味はなく、家に帰って来てからもうすぐ2週間になる……。
初めて味わった、強制的に『野球』から排除されたこの時間。
復帰後に、今まで通りのプレイが出来るかどうかと不安にさいなまされるこの時間。
戻れた先に、自分の場所があるかを考えると恐怖にさえ感じてしまうこの時間。
そして………
改めて自分がこれほどの強い執着を持っているのかと思い知らされた、『野球』が恋しいと叫びたくなるようなこの時間。
そうだった……こんな時間を、茂野先輩も知ってんだよな………。
間違いなく俺なんかが及ばないほどの『野球バカ』な人が、去年は3か月以上もまともに『野球』が出来なかったんだ………。
どんだけ辛くて苦しかったんだろう……。
そして………
そんな状態の先輩に、姉貴はずっと付き添って………一緒に……乗り越えたんだよな………。
ここまでの思考が終わる頃には、遥か遠くを見つめるような表情になってしまっていた大河。そんな大河の様子に対して、吾郎からの声が続く。
「何、びっくりしたような顔してんだよ……?雨が降らねぇうちに、さっさとやろうぜ?」
「え……あ、そう言えば、雨は………?」
ザアアアアアア…………
レースのカーテンをめくったリビングの窓から見えたのは、見事な雨降りの光景。
二重サッシの効果が絶大だったのか?雨音にも気付くこと無く、2人並んで窓の傍に立った今の今までこの状況を知らずにいた。
まさに梅雨の景色と言える様子を前にして、2人は揃ってのジト目となり、窓の外を眺めたまましばし立ち尽くしてしまうのだった。
「…いつの間に……こんな降ってたんだ………?」
「…ほんと……最っ悪なタイミングっスね……先輩は………?」
「はぁっ……!?おい、ちょっと待てっ!なんで、俺は、なんだよ……!?」
吾郎が訪れた時のイメージの中のものと、今のこの現実のもの……。
二度のキャッチボールの機会を、吾郎によって打ち消された気がしている大河からの言葉は、当然だが吾郎にとっては少しも理解の出来ないことであった。
もちろん、それは大河にもわかってはいたが、今はその説明をする気にもなれない。
本物のキャッチボールが……出来ると思った……のに………。
その想いと一緒に、吾郎には気付かれないようにしながらの、小さなため息をついた大河。
だがその後、決してため息に気付いたわけではない吾郎から、有り得ない誘いを受けることになる大河なのであった………。
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