〜少し早めのバレンタイン〜 全4P

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「よぉ、清水……!チョコ食いに来たぜ……!」




薫が玄関ドアを開けると、そこにはウキウキ顔の吾郎が立っていた。

そんな吾郎の顔を見て、ますます気分が落ち込み、2人で玄関内に入るなりヘタヘタとしゃがみこんでしまった薫……。

突然のその様子に目を丸くした吾郎は、膝を抱え小さくなっている薫の顔を覗き込んだ。




「あ……?なんだよ、どうしたんだ……?」




吾郎からの問いかけ……それには、薫から蚊の鳴くような声での返答がされる。




「……ゴメン、本田……チョコレート、出来てないんだよぉ……」

「は……?」




その答えの訳はわからぬままではあるが、とりあえず、しゃがんだままの薫を抱え起こした吾郎。

その後、非常に重い足取りで、どうにかキッチンに向かって歩み始めた薫の後に続いた吾郎の目に、見るも無残な状態で作業台に置かれているチョコレートの山が映るのだった。

溶かしてはみたものの上手くいかず、ボウルを空かす為に適当な皿などに入れられた沢山のチョコレート。まともな形などあるわけもなく、ピンク色と茶色が変に混ざってしまっているものもある。正直、食べられるのかどうかさえ疑問に感じるそのチョコレートを見て、吾郎から率直な言葉が述べられた。




「なんだ、こりゃ……??また、ずい分と大量のチョコを使っちまったみてぇだなぁ……もったいねぇ……」




超甘党吾郎のストレートな言葉に、頭をガ〜ンと殴られた気がした薫。

溢れ出そうになった涙を我慢しながら、吾郎に言うつもりなど全くなかったはずの言葉を投げつける。




「も……もったいなくて、悪かったなぁ――!?あたしだって、こんなにチョコを無駄にしたかったわけじゃないんだぞっ……!!昨日から、ずっと一生懸命作ってたのに……本田のリクエスト通りにしようと思って、頑張ってたのに……どうしても上手くできないんだから、仕方ないじゃんかっ……!?」




絶叫に近い声で、そう怒鳴りちらした薫……その前に立つ吾郎には、さすがに驚きの表情が浮かんだ。

すると、そんな吾郎の様子を見た薫がフイッと顔を伏せる……。そして、そのまま顔を上げる事が出来ずになった薫は、深く俯いたままでの思念をし始めるのだった……。




(やだ……あたしってば、なんで怒鳴ったりしてるんだよ……。わかってる……わかってるのに……本田にこんな事を言うのは間違ってる……ただ、自分が下手くそで、何度やっても上手く出来なかっただけなんだから……)




内心ではちゃんとそう思えていた薫だが、先ほど出始めてしまった自分の絶叫を途中で止める事は出来なかった……。

昨日からのチョコ製作中、ずっと自分の未熟さに対し、悔しいやら悲しいやら情けないやらを感じ続けていた薫……。吾郎の為に、きっと作れると思ったものさえ上手に出来ない自分が、心底嫌になっていた……。

そんな薫に積もり積もっていたストレスが、先ほどの言葉に変わり一気に爆発してしまったのだ。

すると、ここで……今の今までどうにか我慢出来ていたはずの涙が、ボロボロと薫の頬を伝い始める……。

それは、吾郎にとってあまりにも突然の涙……。訪ねた途端、目の前でしゃがみこみ、そして怒り出し、更には急に泣き出したとしか思えない薫の姿に、しばし唖然としてしまう吾郎なのだった……。



そして、薫は……目の前にいる吾郎のその後の様子を確認する勇気も持てず、ただただ今の自分の顔を見られないよう出来る限り真下を向いたままでいた。そんな薫は、自分自身でも不思議なほど溢れ出てくる涙を拭い続け、どうにか止めようと必死だったのだ。

すると、そこへ………。




ポンッ………




と、薫の頭の上に、吾郎の大きな右手が置かれた……。




「ったく……しゃあねぇなぁ……泣くんじゃねぇよ、清水。お前が1人で出来ねぇなら、一緒に作ってやっからさ」




そのあり得ない言葉に、思わず顔を上げた薫の瞳に、優しく笑う吾郎の姿が映る。そして、未だに頬の上を流れたままでいる涙を、薫の頭から移動した手で拭った吾郎。すると……薫自身でいくら拭い続けても止まらなかった涙が、ここで嘘のようにピタリと止まるのだった……。



今は自分を見つめている薫が真下を向いてしまっていた間、あらためてキッチン内を見回してみていた吾郎。そこには、薫の長時間に渡る苦労の様子がはっきりと見えた気がしたのだ。それほどの酷い有り様となっているこのキッチンで、薫はずっと自分の為のチョコレートを作ろうとしてくれていたのだろう……。

料理がとことん苦手なのは知っている……そんな薫がここで必死に頑張ってくれていた姿が目に映り、それが愛おしく思えた吾郎の口からこぼれた今の言葉……。だがそれには、当然ながら涙目を大きく丸くした薫からの疑問が返される。




「は……?ほ、本田が、一緒に……??」




返されたその言葉に、面を食らったような表情を見せた吾郎。薫への想いから、つい自然に出てしまった先ほどの言葉は、よくよく考えてみれば吾郎にとって出来もしない内容であったのだ。

その結果、お互いに丸くなった目と目を合わせた2人……。そして吾郎の方は、自分が言ってしまった事に今さらの動揺をし始める。




「あ、いや……ちょ、ちょっと待て……!そうは言っちまったけどなぁ、俺は何にも出来ねえぞっ……!?それは、お前だってわかってんだろっ!?」




かなりの動揺をそのまま表した声と同時に、薫の頬から離れた大きな手は、自分が出来ない事を強調する為のジェスチャーとして無造作に振られている。

そんな吾郎の姿を見て、まだ涙目のままクスクスと笑いだす薫であった。




「ったく……ちょっと言い間違えただけだから、笑うんじゃねぇよ……!俺はお前と一緒に作るんじゃなくて、また失敗しちまってもちゃんと食ってやっからさ?チョコの形なんてのは、俺にはどうだってかまわねぇんだからよ」




薫の笑顔を見てひとまずホッとした吾郎が、振っていた手の動きを止め、腕組みをしてから続けたその言葉……。

少々ふてくされ顔にもなっている吾郎からの言葉であったが、それを聞けたその瞬間、薫のストレスとプレッシャーだらけになっていた心は一瞬で癒された。




「大丈夫……!!本田にも出来るはずだから、ちゃんと手伝えよなっ……!」




いつも通りの元気な笑顔とガッツポーズでそう言った薫は、その後、グイッと吾郎の腕を引っ張り始める。

キッチンの奥へと連れて行く為のその行動に、今度は吾郎からは叫び声が出されるのであった。




「お、おいっ……マ、マジかよ、清水っ……!?俺には、なんか作るとか無理だって言ってんだろがぁぁ!?」

「男に二言なんてないだろっ……!それに、あたしが大丈夫って言ってんだから、大丈夫だよ……!」

「はあっ!?この悲惨な現場を作ったヤツが、何をどう大丈夫だって言えんだよ!?」




その言葉が終わる頃、ゲシッと薫に足の甲を踏まれた吾郎。その後……結局は、薫の横でほぼ立っているだけとなった吾郎であったが、2人並んでのチョコレート製作は順調に続いたのであった……。



なぜかはわからない……だが、吾郎が横にいる事で妙にリラックスして作業が出来た薫は、今までが嘘のようにスムーズにテンパリングを終える事が出来た。

そして、最初に溶かしたストロベリーチョコを型に入れ冷蔵庫で冷やし、その後、時間を見計らってから溶かしたミルクチョコをそっと流し入れる。

両方のチョコをしっかりと固める為に、慎重に慎重に大きなハート型を冷蔵庫に入れた薫は、ドアを閉じた後、思わず両手を合わせ拝むポーズまでしてしまうのだった……。



そこからしばらくかかる完成までの待ち時間は、キッチン内の片付けに取り掛かる事にした薫。

そこでようやく薫の隣りに立つ事から解放された吾郎には、ホットコーヒーが出されるのであった。

その後……キッチンとダイニングテーブルとの距離で、たわいもない日常話をし合った2人。完成間近のチョコレートの事には、一切触れずに会話を続けた2人なのだった……。


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