〜グレー色の空の下〜 全16P
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パタンッ………
薫の部屋のドアが閉じられる。
先に自分の部屋へと押し込まれるように入れられた薫は、たった今ドアを閉じた人物である吾郎へと振り返った。
ドキンッ………
真っ直ぐな瞳で自分を見つめる吾郎との目が合ったことで、思わず鳴った薫の胸。そして、それをきっかけに、どんどん鼓動が速まり出してしまうのを薫には抑えることが出来なかった。
久しぶりに会えたとは言え、もう十分長い付き合いと言える目の前の『恋人』……。
それを前にしただけで、まだこんな風になってしまう自分に呆れながらの声を薫が出した。
「本田……え、えっと……元気だった、か………?」
「は……?昨日、電話で話したばっかで何を言ってんだよ?元気に決まってんだろが」
呆れ口調で返された言葉のおかげで、薫の胸のドキンッは消え、代わりに頭の中でのカチンッといった音が鳴る。
確かに、吾郎とは昨日電話で話したばかり……。元気なのは承知していた。
けれど……久しぶりに2人きりになったことからの動揺で、つい社交辞令的な言葉が口から出てしまっただけなのだ……。それなのに………。
(…なんだよ………。こんなに長い間会えなかったことなんて今まで一度も無かったのに……それでも、いつもと全く変わらないんだな……。やっぱり……あたしと会えなくたって……本田は………)
ゆっくりと目を伏せた薫……。つい、そのまま考え事の世界へと入ってしまう。
本田がクローザーを務めるようになってから、オーシャンズの試合は全試合録画してる……。
勝ち越しさえすれば必ず登板となる、その姿が少しでも見たくて……。
会える日が多かった去年までは、どこかで偽物のような気もしていたテレビの中の本田にさえ、どうしようもなく会いたくて……。
マウンド上に立つ本田が、見事に相手バッターを抑えて試合終了となるあの瞬間。
何度見ても、鳥肌が立つ位に格好いいと思えるあの瞬間……。でも……でも、さ………。
たまに、思っちゃうんだよね……?本田はあたしに会えなくても、こんなに凄いままでいられるんだなぁ……って……。
あの……甲子園の時に感じたような想いが……心の中を占めてしまいそうな時があるんだ……。
そんな時は、こんなんじゃダメだ……!って……自分に一生懸命言い聞かせて、どうにか過ごしてきた。
あの時と違って、本田はちゃんと電話してくれてる……。それなのに、こんな自分が情けないのはわかってる。
でも、やっぱり……あたしは本田に会いたくて仕方なくなっちゃうのに……本田には……『野球』があれば平気なのかな………。
薫はここまでの思考によって、自分の心の中を覆い始めた負の感情を抑える為に唇をきゅっと結んだ。
そして……俯いたまま一向に話しかけてこない薫の様子を、ただずっと見つめ続けていた吾郎が、ここでようやく声をかける。
「…おい、清水……。なんでだまってんだよ……?」
薫の耳に届いた吾郎の声。これにより、ちょうど考え事を止めたばかりの薫からの声が返される。
「…わかってるよ……本田が元気だってこと位さ……」
「…あ……?」
「1点リードの9回二死満塁の場面だって、本田がマウンドに立ってれば負ける気がしないもの……。それ位、凄いボールを本田はいつだって投げてるもんな……?元気じゃなきゃ、あんなのできないよ」
寂しさも混ざった微笑みを浮かべながら語った薫。それには気付くことのない吾郎からの言葉が返される。
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