刀剣乱舞 | ナノ

大般若長光の揺るぐ杭


連日の雨が明けたと思ったら、翌日は見事な快晴ときた。
大所帯のため家事が何時だって火の車である本丸では、このわずかな快晴を逃すなと早朝から大洗濯大会が開催された。ランドリールームの洗濯機全機フルスロットル稼働、本丸庭に急拵えの物干し竿を増設し、片っ端から干しては畳み、干しては畳みを繰り返す。

今日ばかりは出陣も遠征もせず、そうして本丸の刀剣男士+審神者が一体となって家事を熟した。夕飯を終えた頃、ぽつぽつと思い出したように雨が降って来たが。お陰様で、溜まっていた洗濯物はすっかりなくなり、本丸内の掃除と換気も完璧である。

「…明日は本降りかな」

ぼそりと大般若長光が呟く。それに答えたのは、厨から戻って来た小豆長光であった。

「そのようだね、そろそろあまどをしめようか」
「んー もう少しこのままでも良いんじゃないか。ほら、雨音が心地よさそうだ」

大般若が仰いでいた団扇を止めて、指先でちょいとみわの髪を払う。後ろ手を着いている大般若の足の間にすっぽりと収まって、彼女は眠っていた。大般若の太腿が枕代わりなのだろう、すうと心地よさそうな寝息を聞いて小豆なるほどと頷いた。

「あさからたくさんうごいたからね、ひとのみにはたいへんであっただろうに」
「普段からデスクワークしかしてないからな、偶には体を動かさせないと若いうちに腰をやっちまいそうだ」
「ふむ、そうだね。ならわたしたちでさんぽにさそうようにしようか」
「…お菓子は無しだぞ」

大般若のつぶやきに、小豆が目を丸くする。なぜと、首を傾げる兄弟刀に大般若は楽しそうに続けた。

「腹膨らんだら寝ちまうだろ、それじゃ運動にならない」
「…ふむ。ならうんどうのあとのごほうびはどうだろう」
「お前の手製おやつを、食いしん坊なみわが我慢できるとでも」

大般若の言葉に想像を膨らませたのだろう、小豆は暫く黙った後「むずかしいだろうな」とほほ笑む。その自負を滲ませる笑みが少しも嫌味に見えないのは、大般若自身すっかり小豆が作ったスイーツの虜になってしまっているからに違いなかった。

「そういやあ、この前来た新人。お前と縁ある刀だったな、名前は確か」
「山鳥毛のことかな」
「そうそう、そいつだ」
「ふふ せんじょうのしんがりよりもさきに、せんたくもののはいたつがかりをめいじられるとはおもいもしなかったといっていたよ」
「アー」

そういえば、その光景をちらりと見た気がする。

この本丸に来て一番苦労するのは、同僚の名前と部屋位置関係を覚えることだろう。これには大般若も苦労した覚えがある、なまじ顕現が遅れた分これがまたキツイ仕事なのだ。

自分を顕現した主である審神者を知覚するのは容易い、これは自分たちが類稀なる秘匿の縁で結ばれているからだろう。だが数ある同胞はその内ではない。同じ血を持つ刀派ならまだ良い、なんとなく“匂い”で解る。だが時代を超えて異なる刀工(ちち)を持つ同胞たちは、大昔に会ったことがあると言っても刀の時分のはなし。まだ鉄の塊で、神の末席にすら座れなかった時の記憶だ。刀紋や誂えを覚えていることこそあれ、それが為人を得た輪郭など知っている筈もない。

だから大抵は、人形よりも依代である刀で覚える。その方がよほど、俺たちにとってより本質的で、意味のある行為であるから。

「俺もあれは苦労した、二度とご免被る」
「わたしは、すこしまえにきみがけんげんしていたからね。おかげでらくができた」
「そう言ってもらえるのは光栄だねぇ」

大般若長光が顕現した時、同派のものは燭台切光忠のみであった。だが彼はこの本丸では古株で、常に戦場の厨の最前線に駆り出されていた。

そんな多忙を極める彼を振り回すのも悪い気がして、あっちこっち歩きながら手探りでいろんなことを覚えた。それらを紙と鉛筆で書き残しておいたものは、兄弟である小豆長光の顕現により思っていたよりもすぐに活躍することとなる。

「みわが、偶にあの時のことを思いだして俺に詫びるんだ。悪いことをしたって、何も気にする必要ないってぇのに」
「あるじはおやさしいひとだから」
「優しすぎるのも考えもんだ。なあ、小豆覚えているかい。俺たちはいま戦争の真っただ中にいるんだぜ」

みわの髪に指を通しながら、まるで夢の話をするように大般若が言う。

「みわは、この小さい女はさあ、戦争しろといい歳したデカイ大人に命じられたんだと。愛する時代を追い出されて、こんな何時消えるかもわからない場所で化物の指揮を執れと」
「…そうだね」
「こんな柔らかくて優しい手に、人斬り刀を握れだとさ」

みわの手は、大般若の手の半分もない。頼りのない、握り締めたら壊れてしまいそうな小さな手。だがこの手が、確かに大般若たちをここに呼び起こした。

「俺たちがこの手を取ったから、」
_____みわは、戦争に巻き込まれた。

みわは悪いことをしているという、人間の事情に巻き込んで申し訳ないと。だがそれは違う、刀剣男士たちがみわの手を掴まなければ、きっとこの子は今も愛する家族と共にいられたのだ。

罪は、この手を標に目覚めた崩れ者にこそある。

(大人しく鋼の中で眠っていれば良かった)
寂しかろうか冷たかろうが知った事か、女子供を戦争に巻き込むより酷いことはないだろう。

「わたしは、よかったとおもっている」

小豆が黙ってしまった大般若の手から団扇を抜き取った。それを柔らかい風をみわに送りながら、まるで独り言をつぶやくように続ける。

「みわに呼び覚ましてもらわなければ、であえなかったものがたくさんいる。ここはとくべつなばしょだ、わたしたちにとってはいわずもがな。きっとかのじょにとっても。兄弟、わたしはね」

辛いという顔をしていることこそあれ、みわが不幸だという顔をしているところは見たことがないよ。

「…」
「それがこたえではないかな」

まるくなっている赤い瞳に、小豆が穏やかに笑う。「おちゃをいれてこよう」と席を立つ小豆、どうやら団扇は持って行ってしまうらしい。止めようと持ち上げた手は宙を彷徨うだけで、やがてぽすんと畳に戻った。

雨の音がする、さわさわと優しいおと。
それは大般若の荒立つ心を慰めるようであった、

(美しいな、)

灯篭の橙色の灯りが雨粒に反射して、まるで幻想の世界に彷徨いこんでしまったようだ。無意識にみわの髪を手繰る、まるで迷子にならないようにと標を掴む子どものように。

(うつくしい、)

この柔らかな命の鼓動は、きっと最後まで斯くあるべきなのだろう。
ならばせめて、彼女が穏やかであれるようにと願い止まない。




きっとそれならば、この手が離れてしまうその時も俺は笑っていられるだろうから。

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