刀剣乱舞 | ナノ

大包平を所有する女


(こういうの、なんていうんだっけ)

そうだ、盆を覆すような雨だ。
ぼんやりと雨空を見上げるみわに、後ろに控えていた歌仙が「みわ」と声をかける。振り返れば、彼が数歩先に出てパッと番傘を開く。彼の外套の裏側に咲く牡丹のように鮮やかな朱色だ。

「かわいい」
「気に入っていただけたようで何より」

指でつんつんしていたら、早く入れと肩を引き寄せられた。そのままわたしは安全な傘の下、きっと歌仙は少し肩が濡れてしまっているだろう。だけど何度言っても彼は聞かないのだからしょうがない、

「歌仙のメンツを保つために、わたしがここは折れてあげよう。感謝して」
「僕の為を思うならさっさと足を動かしてくれ。風邪でも引かれようものなら、僕が皆にどやされる」

背中を押されるので、ハイハイと足を動かす。厚い雲に空が覆われた所為か、この時間にしては周囲が暗い気がする。その所為で足下がおぼつかず、水溜りを上手く避けられない。これは着物に泥が跳ねてしまっているかもしれない。

どうにも手持ち無沙汰なので歌仙の風呂敷を持とうとしたが、「前を見て歩く」と何故か叱られた。え、え、わたし悪くないよね、今の!

ぶすーとしながら早く歩くという使命を果たしていると、ほどなくして遠くに本丸に続く表門が見えてくる。延々と続く白い石畳の先ある白木の四脚門。左右に吊るされた門提灯の間に、誰かの影が見える。

「だれかいる?」
「ふむ、鶯丸たちのようだ。出迎えとは感心だね」

歌仙が教えてくれるより先に、彼らもまたわたしたちに気づいていたのだろう。暖かな光がゆっくりとこちらに近づいてきた。

「おかえり、みわ 歌仙」
「随分と遅かったな、待ち草臥れるかと思ったぞ」

傘を差した鶯丸と大包平が出迎えてくれた。鶯丸の手にはぽってりと丸い手提げ提灯が揺れている、灯りの正体はこれのようだ。

「ただいまあ、いやあ突然の大雨でビックリしちゃって」
「いきなり降って来たからな」
「本当だよ、まったく傘を持たせてくれた御手杵に頭が上がらない」

歌仙の言葉に、大包平が「そういえば、奴には雨降らしの逸話があったか」と呟く。御手杵はぼんやり空を見ているようで、これが良く天気を言い当てる。それが彼の逸話に由来すると知ったのは、そういえば何時の頃だっただろうか。

「みわ、こちらに来い」

大包平が歌仙の番傘に自分のものを重ねて道を作ってくれる。彼の意図を察して、ささっと傘の間を移動した。大包平の持ってきてくれた傘は大ぶりで、これなら二人で入っても問題なさそうだ。

「歌仙、濡れたでしょう。ありがとうね、」

これで漸く、彼も精々傘を使えるだろう。わたしはせめて着物が濡れないようにすべきか、と少し裾を手で手繰る。それを見た大包平が、わたしの手の甲に触れてそれを解かせた。

「大包平?」
「少し屈むぞ」

わたしの返事を返すより、彼が動き出す方が早い。身を屈めた大包平が傘を持っていない手をわたしの足のあたりに回す。エ、と思った時にはぐんと力強く体を持ち上げられた。慌てて目の前の真っ赤な頭に抱き着くと「前が見えん!」と怒られた。い、今のはわたしが悪いです…ネ。

「え、重いよ!?」
「この程度取るに足らん、行くぞ鶯丸」

やはり返事を待たずにズンズン歩いてしまう大包平。その首に腕を回して後ろを見れば、鶯丸がクスクスと笑って。歌仙が仕方ないというように溜息をひとつ零して、その後ろに続いた。

「大包平、雨に濡れないようにね」
「俺は雨一つでどうこうなるつくりはしていない、自分の心配だけしていろ」
「それ皆言うんだよなあ、わたしだってそんな軟じゃないわい」
「ハッ! どの口がいうのか」

挑戦的なわたしの言葉に潤色の瞳が笑う。傘を持っていなければ、頬に一つ掴まれて揶揄わらえていたのかもしれない。それはまあ、わたしが雨の日に大騒ぎした次の日に熱を出して寝込んだ実績があるからなのですが。

「うーん、泥跳ねひどそう?」
「この雨だ、諦めろ」
「大事なんだもん、戻ったら脱いで乾かさないと」

わたしの着物の殆どは、刀剣男士達が頑張ってくれたから買える代物だ。そして、歌仙兼定を始めに彼らがわたしに似合うものをと選んだくれた着物でもある。大事にしない理由がないのだ。

ふと、そんなことを考えていると門が近いことに気づく。顔を上げるといつもよりずっと高い視線、それだけでまるで違う世界のように見えた。どうにも新鮮であっちこっち見ていると、耐え兼ねた大包平が「オイ」怒気を零した。

「うろちょろと動くな、雨に濡れるだろう!」
「ごめんごめん、なんかそわそわしちゃって。大包平の視線って、こんな感じに見えるんだね」
「何をいまさらなことを」
「いいな、面白いなあ。わたしもっと身長伸びないかな」

彼ほどとは言わないが、もう10pくらいは夢見てもいいのではないだろうか。腕の回している大包平の肩を叩いて、どう思うと聞いた。

いつもより近い彼の目にわたしの顔が写る、湿気に濡れた髪を頬に着けてまるで子どものようじゃないか。きっと彼もそう思ったのだろう、口角をあげて悪そうな顔で笑った。

「しばらくは俺で我慢しておけ」

この贅沢ものが、と言われてしまった。

屋敷に戻ると、大包平がそっとわたしを式台に下ろしてくれる。平野藤四郎から受け取ったタオルで足を拭いていると、大包平の親指が頬を掠める。

雨で冷えたわたしの身体にはすこし熱すぎる温度、それが頬に纏わりつく髪を払ってくれる。ありがとうと、見上げた先で大包平は満足そうに微笑んでいた。

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