刀剣乱舞 | ナノ

とある本丸の炉開き事情


余談であるが。
へし切長谷部は本丸運営程なくして、この本丸における近侍筆頭となった。審神者の仕事七割を占める公文書や申請書、記録をサポートが近侍の役目、その仕事内容は近代で言う秘書に限りなく近い。違いと言えば、彼が文官であるとともに優秀な武官でもあることくらいだろう。

「長谷部、なにをしているの」

今日も今日とて。走り書きやメモがぎっしりと詰まったスケジュール帳を見ながらみわの下へ向かっていた長谷部だが、かけられた声に足を止める。そこには小夜左文字がいた。その手には衣装盆、畳紙から透けて見える色合いやちりめんの小物箱をみれば、それが誰のためのものか一目で知れる。だがどうしてと、予定にない様子に目を丸くしている長谷部に、小夜はああと首を傾げていう。

「みわも忘れていたみたいだから、長谷部も知らないかも」
「どういうことだ」
「今日は一年前から歌仙が予約している日だよ」
「歌仙が?」

首を傾げる長谷部に、小夜が小さく「炉開き」といえば漸く得心が言ったように溜息をついた。なるほど、いかにもみわが忘れそうなイベントである。

「さぁ腕をあげてください、そのまま動かないで」
「うう… いやだ脱ぎたい…着物きらい…」
「はいはい泣き言は後にして、締めますよ」
「ひっ   ぐっ_____! くる くるしい! 宗三!!! 苦しい!!!」
「強く締めないと弛んでしまうでしょう、我慢なさい」
「ぐあああああああああああ」

みわに叫びに苛ついたのか、宗三が帯を締め付る手に一層力が入る。そのせいで、みわの顔は真っ青を通り越して、顔を紙のように白くなっている。

「なぜ宗三が着付けを? こういうのは歌仙や蜂須賀が煩く見ていただろう」
「二人とも茶席の準備で忙しいから。 それに、みわが着るのを嫌がって…、本気で嫌がるみわを捕まえるには兄様が適任だって」
「…誰の入れ知恵だ」
「一期一振」
「強かなやつだ」

「いーやーーーだーーーーーー!」
「この僕が手ずから着付けて差し上げていると言うのに、身の程を弁えなさい!」
「いたいいたいたい!」
「兄様、顔はダメだよ。これから晴れの席なのだから、違う所にしてあげて」

そうして紆余曲折を経て出来上がったみわの様子は良く映えた、ここは流石は左文字の仕事と言うべきだろうか。しっとりとした真珠色の衣に菊小紋。箔のない有職模様の帯は帯締めと合わせて優しい秋の風合いを魅せている。

「…だが、少し全体的な色合いが落ち着き過ぎてはしないか、せめて帯を臙脂色にするとか」
「これだから素人は困ります。みわはただでさえ顔が派手なんですから、味付けは薄めで良いんですよ」
「みわは雰囲気が大人びているし、小柄だからこのくらい主張のない色が似合うと思う」
「だが主はまだお若いし、もう少し…」
「あなたねぇ、今日は正式な茶席に招かれているんですよ。風情と言うものを考えて下さい」
「だがこれでは…まるで、」
「長谷部、」

拘り強い左文字兄弟の威圧に、喉まで出かかった言葉を長谷部は口にすることができなかった。着物を着つけられ、何時もと異なる左文字風の化粧を施したみわ。暴れまわって疲れたのだろう、物憂げな表情で溜息をつく姿は、まるで…

(人妻…)
「ああもういつまで暗い顔しているんですか、シャキっとなさい!」
「いだいっ 首絞めないでっ…!」
「兄様、落ち着いて」

そういえば、うちの主は壮年公務員系の男にやたらとモテることを思いだした。…黙っていれば人間としては上質に入るであろう容姿をもつお方だ。だが二物は与えられないと良くいったもので、見た目に性格は一切反映されない。ほんとうに一切。もう詐欺ではないかと思うレベルで。

(…これでもう少し女性としての慎みをもち、良き男性と巡り合う機会さえあれば…きっと良妻賢母となるだろうに)
「いてぇ つってんだろ宗三! いい加減にしろこのクレイジーピンク!!」
「いいましたねぇ…あなた。美しく整えたのですから乱しては勿体ないとこちらが謙虚にしていればつけあがって…良いでしょう、表に出なさい!」
「長谷部 長谷部、止めて。兄様止めて」

本腰いれて喧嘩をしはじめた宗三の腰に小夜がぶらりとぶら下がっている。それを見かねて、長谷部はゆるりと依代を顕現させた。男、それも同胞を相手に遠慮は無用である。もちろん手段は、物理一択。





「みわさん、すっごいキレイだね!まるで乙姫さまみたいだ」
「ありがとう浦島ボーイ」
「あ、でも中身はやっぱりいつもの主さんだ。なんかちょっと安心しちゃった!」

えへへと照れ臭そうに笑う浦島はとてもめんこいので、全力で頭なでなでしておいた。わぷわぷっとなる浦島もかわいいかわいいと撫で続けていたら、後ろに控えていた長谷部に「主」と咎められた。すみません、止めます。

「浦島も今日はお茶会にでるの?」
「炉開き? ううん、俺ああいう型式張った席苦手。 あ、でも兄ちゃんでるよ。蜂須賀にーちゃんのほうね!」
「知っている、長曽根さんもこういうの苦手そうだもんね」
「あはは そのとおり! あ、でもでも。ぜんざいは食べたいから、午後には合流するよ」
「ぜんざい?」

首を傾げて長谷部を見れば、彼はすぐに意を汲んで答えてくれる。

「炉開きは茶事のなかでも『茶人の正月』と言われる由緒ある日のため、茶席には祝いとして善哉が振舞われることが多いです」
「なるほど」
「うん! 本丸の茶室できちんと炉開きできるのは今年が初めてだからって、歌仙さんたちが張り切っていーーっぱいぜんざい作ってくれたんだ。 おこぼれ貰おうと思ったんだけど、茶席用のものだから終わってからじゃないとダメって言われてさ〜」
「今朝からやたらと香っていた甘い匂いはそれかぁ、あの似非雅まだしょうもない所に力を入れて。まったく」

浦島とわいのわいの喋りながら茶室に向かっていると、既に何人か集まっているようだ。同じく客人として招かれたのであろう彼らは、わたしに気づくとすぐに声をかけてくれた。

「おおみわ、良く似合っているぞ」
「ありがとう三日月、正直嬉しさ半分、苦しさ半分」
「常に食べ過ぎるみわには苦しいくらいが丁度良いだろう、人は腹八分の方が具合がいいと聞いた」
「じゃあ鶯丸も一日茶は三杯にセーブできる?」

「どうしてそうなる」と真顔になる鶯丸に、三日月がからからと笑う。二人は内番服ではなく、今日という茶会のために整えたのであろう、意匠の凝った和装を身に纏っていた。

「して長谷部、お主も茶会に参加するのか」
「普段着の俺を見てなぜそう思う。 …主の付添いだ、今日はお前ら二人だけか」
「ああ、俺と鶯丸。そしてみわが招かれている、主催は歌仙と蜂須賀だな」

納得の面子に長谷部は頷いて見せてが、ふと思う。単に茶事というのなら、他にもこういった催しを好むものが他にもいたはずだが。

「随分と小規模だな」
「茶室が小振りだからなあ、俺たちとみわが精々だ。 数回に分けることも考えたようだが、…それよりも和気藹々と主と話す方が楽しいだろう?」

そういってちらりと鶯丸、浦島と談笑するみわを見る三日月に、長谷部は成程と頷いた。みわはこうした格式高い席が得意ではない、恐らく嫌ってまでいる。所詮、茶席などみわを連れだす理由に過ぎない刀剣男士にとって、この席の優先度は低いということだろう。

どちらかといえば長谷部も同じ考えだが、こうして態々場を整えるのにも理由がある。歌仙兼定_____みわの初期刀。きっと彼の意向だろう。

彼は何かとみわに礼節や季節の催事を学ばせようとする。それは彼女がそれに疎いから、苦手としているからではなく、みわの内に確かに磨けば輝く素質があるからなのだと長谷部は良く知っている。

本人が面倒だと学ぶことを拒否しなければ、それは彼女の糧となり、俺たちの目が及ばない場所できっと彼女を守る盾となる。

そして幸いにも、彼女は誠実な人間であった。こちらがきちんと用意してやれば、真摯に向き合う直実さがある。…まあ、たまに限界が来て脱走するのは目を瞑るとして。

「長い席でもない、近くで待っていると良い。きっと歌仙手製のおいしい善哉が食えるぞ」
「ふっ それはもう知っている」

笑えば、三日月はおやと目を丸くした。そんな彼に「主は任せたぞ」と告げ、早足に場を後にした。縁側のガラス戸を開いて廊下に上がれば、タイミング良く不動行光が現れる。腕いっぱいにザルを抱えた不動は、長谷部に出合い頭に訊いてくる。

「長谷部ぇ、お前は栗と餅とどっちにすんだあ?」
「? なんのことだ」
「善哉に入れるに決まってんだろぉ。両方は駄目だからな、どっちか選べ!」

そこでようやく、不動が腕に抱えているザルへと視線が下る。栗だ、ザルいっぱいの。それがどうにも可笑しくて小さく笑えば、勘違いしたのであろう不動が「あ˝」と顔を顰めた。

「いや、こちらのはなしだ。 …そうだな、俺は栗にする」
「長谷部もかよ! ここの奴ら栗好きすぎだろぉ!」

「餅があまっちまうぞ!」と叫ぶ不動はきっとしらない。どちらかといえば餅よりか、栗ぜんざいがみわの好みで、みんなそれを口実に彼女と話をしたい算段だとは。きっと午後の八つ時には、栗だらけになったぜんざいをみわが困った顔をしながら食べるのだろうと思いながら、長谷部はそっとガラス戸を閉じた。

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