刀剣乱舞 | ナノ

歌仙兼定が愛した庭


「だから、次の報告に向けてはフォーマット、を……」

不自然に途切れた言葉に、みわを見る。

数か月前、歌仙兼定の主となった少女。
丸みを帯びた肩に、頼りない頬のライン。制汗剤に混ざる未熟な香り…そのすべてが、彼女が戦争とは掛け離れた慈しむべき存在だと知らしめる。事実、彼女は今年で十二歳に成ったばかりだという。戦国の世では言えば、結婚適齢期。子どもの一人出産していてもおかしくないが、今はそういう時代ではない。そのことは、顕現する際に与えられる基礎知識で把握している。

そんなみわの視線の先は花屋があった。軒先に並ぶのは鮮やかな青の手鞠花(てまりばな)。それを見詰める瞳に、小さな星の光が瞬いているように見えて気づかれないようにクスリと笑う。…彼女の刀として、まだまだ僕は知らなければならないことが多い。

「みわ、ひとつ買って行ってはどうだい」
「っえ!? なにを、」
「あの手鞠花だよ、とても美しい蒼だ。床の間の花入れが寂しいままだし、きっとこの前政府から届いた青磁に良くそぐう」

勿論、後半は咄嗟に口をついた思いつきに過ぎない。だが嘘ではなかった。政府から届いた花入れは他の素材のものもあるが、青磁の誂えが一番良い造りであったし。あの手鞠花に良く映えるだろう。

みわは鯉のように口を動かした。やがて、ぐっとつむんで「…じゃあ、少しだけ」と花屋に向かう。後ろから見つめたその足取りはとても軽やかであった。

「手鞠花が好みなのかい」

少しだけ買った花束は、しかし小さな両腕にはいっぱいのようで。青紫の花弁に埋まる様にしてうっとりと頬を染めるみわに、秘密事を訪ねるように囁く。みわは少しだけ照れ臭そうにコクリと頷いた。

「歌仙の時代の言葉ではテマリバナっていうんだね、わたしは紫陽花って呼んでた」
「なるほど」
「きれいだよね、漢字も『紫の陽かりの花』って書くんだよ。すごくカワイイの」

って、知ってるか。と、みわが笑う。
その表情幼く、とても無垢なものに思えた。ずくんと、胸の内が疼く。肉の器になってから感じる特有の感覚だ。頭の奥が熱を持ち、目頭が震える。悲しいわけでもないのに、泣きたくなる衝動。

「…紫陽花の、種を撒こうか。今の本丸の庭は聊か寂しいだろう、実用的な畑ばかりでは雅さに欠ける」
___大事にしたいとおもった、彼女の想いを。

刹那の感動を閉じ込めておきたいと。いつかそれが、どこか言葉にし辛い危うさを纏う彼女の助けになれば良いと提案した。だが、返って来たのは意外にも渋い返事で、みわは困ったように言う。

「えーっと、ううん。いい、止めておく」
「どうしてだい、理由をきいても?」
「…わたし、クサ育てるのできなくて」

クサ。草、…。そういえば、皆で畑を耕した時も、一生懸命手引きを読むばかりで。妙に手を出したがらなかった。まだまだ身を飾りたい盛りであるし、それが土汚れを嫌ってのことかと思っていたが違うらしい。なにせ、そう告白したみわの顔は、とても苦しそうなものだったから。

「すぐ…枯らしちゃうの。水もちゃんとあげてるのに、ヘタクソだから…。ダメになるのかわいそうだし、いいよ」





これは、後から分かったことだが。
審神者として十分な才覚を持つ彼女は、触れるだけで言葉なきモノたちに生命力を分け与えることができる。みわが植物を枯らしてしまうのは、栄養過多によるもの。本来的量とされる水や光といった栄養の他に、みわの豊富な霊力を沢山受けてしまった結果なのだろうと。刀剣男士は結論付けた。

恐る恐るといった手つきでみわが畑仕事を手伝った後は、草花が決まって鮮やかに色づいた。最初に気づいたのは、(歌仙としては大変意外にも)大倶利伽羅であった。そういう日は与える水や肥料の量を調整してやれば、決まって豊作となった。太陽の色を写した玉蜀黍を抱えて、とても嬉しそうに「わたしにもできたー!」と喜ぶみわにそのことを伝えるか迷ったが…不思議なもので、結局誰もそれを伝えずにいる。

「…よし、こんなものかな」

剪定バサミを置いて、一度額の汗をぬぐう。
…あれから長い時が過ぎたように思う。最初は片手で数えるほどあったが、いまでは両手でも足りないほどの男士がこの本丸に存在している。当初は歌仙が担当していた事務の殆どは、他のものに少しずつ仕事を分けた。その結果、最初ほどの負担はなくなり、今ではこうして非番もあれば、趣味に没頭する時間もある。

立ち上がれば一面を彩る低木の庭。もうすこしすれば、ここは一面の手鞠花が咲き誇る。
あの日、みわが紫陽花の花束を抱きしめたときから。秘密裏にすこしずつ世話をしてきた庭は、今やこの本丸の名所となっている。紫陽花は剪定する必要がないほど生命力が強いため、油断するとあっという間に庭を埋め尽くしてしまう。品種にも拘り始めた歌仙にとっては、少しでもスペースが欲しいところで。こうして、時間をかけて剪定をするようにしていた。

(見ごろになったらみわを誘って散策しよう、この前仕立てた着物が良く映えるだろうね)

近頃、すこし足腰が弱くなってきたみわは、この石畳の庭を一人で歩くことが怖いらしい。この前他所で横転してあちこちをぶつけたことがトラウマになっているようだが、そうして閉じ籠っているばかりでは良くない。日傘を差して、自分がゆっくりと手を引いてやれば転ぶことも、暑さによろけることもないだろう。それに彼女は何十年も欠かさず、この庭に手鞠が転がり咲く季節を誰よりも恋しく思っているのだ。今年ばかりはお預けとうのは、歌仙にとっても寂しいことだ。

この庭を何十年も守り続けてきたのは、すべてたったひとりの女の子の為なのだから。





「主、… 主、 みわ。 もうすこし足をこっちに寄せられるかい?」
「ん、こっち? ごめんなさいね、歌仙。最近どうにも耳が遠くて」
「気にすることはない、大包平の大声を聞いていたら誰でもそうなるさ」
「まあ、意地悪なことを言ってはダメよ」

「さあ、みわ。 _____手を、」

歌仙の掌に重なる、やわこい手。
初めて触れたときから変わらない、丸みを帯びた肩に、頼りない頬のライン。握り締めたら手折ってしまいそうな指先を、慈しむように包み込むと、ずくんと、胸の内が疼く。何度も感じてきたこの衝動に、もう戸惑うことはない。だけど頭の奥は熱く熱を持って、油断すれば泣いてしまいそうになる。みわという存在が、命が、時間が。歌仙兼定に齎す最たるもの。

僕は、みわが愛おしい。
____君という命を、尊ばずにはいられない。

その人生に尊敬を、その命に賛美を。
そうして、彼女の瞳の輝きが天に瞬くその日まで、僕はこの手を離さない。

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