刀剣乱舞 | ナノ

其は徒花の雛菊よ、どうか永久にと枯れないで


「みわちゃん」

生意気な後藤藤四郎の上に跨り思い切り脇腹を擽っていると、燭台切光忠から声が掛かった。
手を止めて、どうかしたのかと尋ねる。後藤がヒィヒィと涙を浮かべて悲鳴を上げているが、許さん。わたしのオヤツを盗み食いした罪は重いのだ。

「お客さんが見えてね、雛菊という女人なんだけど」
「ヒナギク…、雛ちゃん? また、どうして急に」
「お知り合いですか」

予想していなかった名前に驚いて、そのまま立ち上がってしまう。
光忠に寄れば、それまで静観していた平野藤四郎も続いた。これはお仕置きを一度終いにする必要がありそうだ。

「わたしの同期だよ、ふわふわした髪の可愛い顔立ちの女の子でしょう? 髪にピンク色の山茶花(さざんか)の花櫛をしていると思うのだけど」
「…手に、持っていたね。 うん、その子で間違いないと思う」
「山茶花とは、また少し季節はずれですね」

平野が不思議そうに小首を傾げる。
厚藤四郎が後藤の腕を引っ張り起しているのを端目で確認していると、平野がとんと襖を閉めた。
…今は夏の終わり、庭の木々が竜田姫の紅色に色付き始めた頃。

「関係ないよ、恋人からの贈り物だからね」

呟いた言葉に、二人の気配が強張るのを感じた。





「主、こっち」
「加州」

光忠に案内された先では、何人かの刀剣男士が息を潜めていた。
みな私服でいるにも関わらず、その手に依代である刀を顕現させている。予定のない客人の訪問は、彼らの休日を波立てるには十分であったようだ。

「燭台切から話しは聞いた?」
「うん、雛ちゃん来てるんだってね。 わたしの友達だから問題ないって、みんなに伝えてくれる」
「わかった。 会いに行くなら誰か傍に着けてよね」
「うん… 平野、頼めるかな」
「拝命いたします」

平野が瞬時に神気を巡らせ、内番着から戦装束に転じる。
髪を撫でようと思ったが、その手は小さな手に拒まれた。さっさと軍帽を被るツン平野にちぇと唇を尖らせながら、黙していた光忠にひとつお願いをした。

「光忠、お茶と茶菓子の用意をお願い」
「オーケー」
「持ってきて欲しい時は平野を使いに送るね、要件がわからないからそれまでは…」
「解ってる、女人同士の大事な話に割り込むなんて野暮はしないよ」

「みわちゃん、気付かれないようにするんで外で待機していても良いですかー?」

鯰尾藤四郎がヒラヒラと依代片手に手を上げる。
隣にいた骨喰も控えめに手を上げて主張するので、気配を悟られないことを条件として自由を許した。

他にも何か言いたげな男士がいたが、これ以上客人を待たせる訳にもいかない。
一度そこで話を切り上げ、表座敷へ向かった。花鳥図の描かれた襖を前に、平野が膝を着いて声をかけた。作法に則り声をかければ返事があり、襖を開いた先には…雛菊、そして歌仙兼定の姿があった。

雛菊はわたしの姿を認めると、大きな瞳を潤ませた。柔らかい笑みの似合う花顔は、酷い悲しみに満ちていた。青白く血の気を失くした指先を切なく震わせて、山茶花の花櫛を握り締めている。まるでそれしか縋るものがないというように、

「みわ、ちゃん」
「…うん。 歌仙ありがとう、下がって良いよ」
「では僕はこれで失礼するよ。積もる話もあるだろう、ゆるりとしていってくれ雛菊殿」

二人にして欲しいと視線を配れば、意図を汲み取った平野が入側(いりがわ)に控えてくれる。
襖が閉じられたのを見届け、そっと雛菊の傍に寄る。頼りない肩に触れれば、それが限界だったのか雛菊はくしゃりと顔を歪めて泣き崩れた。頼りない腕が必死にわたしの着物を掴む。何も言えず、わたしは雛菊の肩を抱いてその涙が止まるのをまった。

(______かわいそうな、ひな)

理由は想像するよりも容易く、息が詰まるようであった。









「歌仙、みわ様は」

広間には戦備えを済ました男士たちが待機していた。
その様子に頭痛がしたが、溜息でやり過ごして彼らが納得いくように説明をする。

「今し方、客人と部屋に入ったところだよ。近侍は平野、近習に鯰尾、骨喰が付いている。給仕は燭台切が用意を」
「____ふふ、随分と物騒だよね。噂のお雛様は、それほど危険の香りのする子なのかい」

クスクスと茶化すにっかり青江に、同派の珠数丸恒次が続ける。

「香るというのなら、それは衣香(いこう)ではなく他のものでしょう」
「元は兄弟親子と言いますが、これほど拙僧なしに撒き散らされてはこちらの気も逆立つというもの。 …まったく、品のない」

ちんっと鍔に下がる鈴を弾きながら小狐丸が言う。
剣呑な獣の光が宿った眼孔が、ちらりと射抜くように部屋の隅で胡坐を組むものに向けられた。月白の戦装束を纏った刀は、居心地悪そうに眉根を寄せる。

「おい、言い掛かりは止めてくれ。アレは俺じゃない」
「しかしお前の“手付き”だろう、鶴」

三日月宗近の返しに、鶴丸国永はぐうと顔を歪めた。
苛立ちを治めようと乱暴に頭を掻き乱す様子に、隣に控えていた薬研藤四郎が思い出すように言う。

「野暮は好かねぇが… 随分と根が深いな、あの姫さん。 “一回や二回”ってもんじゃねぇぞ」
「ふふ ハッキリ良いなよ、薬研。 神意の読み手たる清庭(さやにわ)の巫女が、肉欲に溺れて一体どれだけ鶴丸さんに抱かれたのか、ってさ。 人外の快楽に溺れて我を忘れて愉しんだんだろうね」
「信濃げひーん。 僕、そう言うのどうかと思うなあ」

辛辣な物言いをする信濃藤四郎を、乱藤四郎がゆるりと非難する。
だが信濃の言うところは最もであり、追及する様な視線をくれる同胞。それに耐え切れず、鶴丸は「あーーーーーちくしょう!」と悲鳴のような唸りを上げた。

「だから、俺じゃないっと言っているだろ!」
「当然です、余所の審神者に手をつけるなど言語道断。そのようなことがあれば、わたしがこの手で頸を落として差し上げる」
「一期っ お前はどちらの見方なんだ!?」

「おやおや、こわいねぇ」
「…焚きつけたのは君だろう、どうしてくれるんだい」

ぎゃんぎゃんと一期に吼える鶴丸と、それを見て愉しそうに嗤う青江。
その様子に歌仙は頭を抱えた、

「とにかく、こうなってしまった以上は多少なりとも巻き込まれる覚悟はしておくべきだろう」








______人と神様が恋に落ちるなんて、どこのお伽噺だろう。
身分違いの恋ほど虚しいものはない、残るのは大厄と罪過だけであることを古くから伝えられているというのに。どうしたことか、人は何度も同じ過ちを繰り返す。

「わたしは、 ただっ鶴丸と一緒にいたいだけなの…!」

泣き崩れる雛菊に慰める言葉も見つからない。
彼女は罪人だ、人の身でありながら神を弄んだのだから。

裁かれて然るべきであり、弁明の余地はない。だがそれでも、彼女は美しかった。火照る頬に、はらはらと今はない男の姿を求めておちる涙の、なんと扇情的なことか。

(神と恋に落ちることは盟約に反している… 見つかれば政府によって審神者の任を剥奪される)
_____そうして現世に戻された後は、叛逆者として軍法会議に掛けられる聞く。

雛菊が胸に抱く山茶花の花櫛。
それは、彼の花の季節に顕現した恋刀から贈られたという。おぼこい少女のように頬を染め、蜜に溺れた瞳で彼女が相談してくれた日の事を昨日の事のように思いだせる。嗚呼、あの時から予感はしていた。____いつか、いつかこの日が来ることを。わたしは心のどこかで解っていたのだ。

「もし、それが本心なら…取れる道は、限られている」
「ヒック あ、みわ、ちゃんっ わたし、 わたしは !」
「うん、わかってる。 だから、わたしのところに来たんだよね」

…わかってる。頷いて見せれば、雛菊は大粒の涙を流しながら、音の無いで声で「ごめんなさい」という。
それを言うべきはわたしじゃないだろう、そう思いながら口には出せず。わたしはただ、大丈夫だと彼女の背を抱くことしかできない。____本当は、諦めるといって欲しかった。


その「恋」を、諦めると。









数日後、本丸に時の政府の役人が訪れた。
その中に見知った顔を見つけて声をかければ、本丸付き担当の柏木から小言を貰ってしまった。
凡その経緯は把握しているようで、最後には「仕様のない人ですね」と言われた。

遺言のように遺されていた手紙に書いてあったのは、ただの一言。柏木が教えてくれた内容は、確かにあの日…雛菊と取り交わした約束であった。

「三人に一人、およそ一週間に一人」
「…」
「鬼籍に入る審神者の数です。年々数が増えています、後に残されるものも気にせずによくもまあ… 溺れる、とは書いて字の如くですね」
「雛菊と、鶴丸国永は」

「消えましたよ、二人だけの幸せな場所に。 主失くして消えゆくだけの本丸に37振りの同胞を置き去りにして」

そう、とだけ返した。それ以外に、言葉が見つからなかった。
後ろで控えている歌仙の静けさが、いっそ不気味だ。雛菊との約束は、雛菊の本丸を一時わたし預かりとし、…残された37振りの刀剣男士の、“後始末”をすること。

(きもちわるい)

人間とは、なんて愚かな生き物だろうか。

back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -