刀剣乱舞 | ナノ

堀川国広の献身


______かりと、足を掻く。
部屋の隅で、足を掻く堀川国広の姿を見つけた。

苦虫を噛み潰したような顔で、何度も足先を掻いている。
その様子が見ていられなくて彼の名を呼ぶ。振り返った堀川国広はひどく青白い顔をしていた。

その浅黄色の大きな瞳は、今にも泣いてしまいそうなほどに切なく揺れていた。




「みわさん」

かけられた声に顔をあげると、堀川国広が頭上で愛想の良い笑みを浮かべていた。
何ごとかと目を瞬かせると、彼はすっと手に持っていたものを見せた。鈍い色の爪切りに、嗚呼と得心がいく。

「堀川に爪切ってもらうの、久しぶりだね」

ぽーんと、みわが遠慮なしに堀川国広の膝に足を投げた。
しかし堀川国広嫌な顔ひとつしない。胡坐を掻いて新聞紙を広げると、慣れた手つきで膝に投げ渡されたみわの足を乗せた。

「そうですね、最近出陣続きだったから」
「ヨッ夜戦隊長! 無敵の闇討ち弥七!」
「はいはい、相変わらず口だけは達者ですね」

言葉を交わしながら、丁寧にひとつひとつ小鉤を外して足袋を脱がす。
みわの足の指に絡まったホツレを払い、指先を掌で包み込む。じんわりと暖かい熱が伝わった頃、解すようにして指先を揉んだ。それはとても気持ちが良くて、思わずごろりと寝転がるみわに「長谷部さんに叱られますよ」と小言が飛んできた。

「堀川が気持ち良くするのが…、悪いと思うんだ」
「褒めても何もでませんよ。  あ、ここ爪が肉に食い込んでる… みわさん、巻爪」
「うんめっちゃ痛い、どうにかして」
「なんでもっと早く言わないんですか、痛みは我慢するものじゃないですよ」

咎めるように口にしながら、堀川国広は手を動かす。
足の爪と肉に間にひやりとした感触。ぱちんっと切られる爪と僅かな解放感。ちくちくとした痛みがなくなると、自然と笑みがこぼれた。くすくすと顔をかくして笑うみわを、どうかしたのかと見つめれば直ぐに答えは返ってきた。

「だって堀川、それ。 わたしが言ったセリフじゃん」
「主さんに教えて貰ったことを、口にしただけです。 どうにも僕の主は、自分が言った事を忘れる性質のようなので」

ぱちんぱちん。
爪の切る音とともにみわが思い出すのは、堀川国広の…爪を切ってあげた日のこと。

元は刀、観てこそいたが知らぬ存ぜぬばかりの人の営み。
人型を得た刀剣男士は、覚えなければいけないことが山積みだ。人形は“爪が伸びる”から切らねばならないというのもの、その一つだ。意外にもこれを知らなかった刀剣は少なくない。

堀川国広も御多分に漏れず、彼は伸びた爪が靴の中で擦れて鈍い痛みを覚えていた。
みわがそれを指摘し、爪を切ってやると…漸く悪夢から解放されたような顔でほうと息をついたのを覚えている。____これは推測でしかないが、きっと彼は、その痛み自分の欠陥だと思い込んでいたのだろう。

だから、みわにそれが見つかったとき“怯えた”のだ。

「…新しい靴は、棄てましょう。 みわさんのサイズに合ってませんよ、あれ」
「履ければ良いよ」
「良くありません、大事なことです。 …代わりの靴は、こんど僕と兼さんと一緒に買いに行きましょう」

それはつまり新しい靴を堀川国広と和泉守兼定が選んでくれるということか。
…悪くない提案だった。堀川国広は買い物上手だし、和泉守兼定はセンスが良い。自分で選ぶよりもきっと良いものを選んでくれる。

「…、あ、ミュールも欲しい。 あと、もうすぐ秋だから流行のワンピースもみたい」
「反物なら、今度歌仙さんが和幹屋でみわさんのものを見繕ってくるって言ってましたよ」
「マジか、あいつ是が非でもわたしの普段着を着物にするつもりだ。こわい」
「はは、まあ歌仙さんの気持ちが解らなくもないです。 和装はやはり心惹かれるものがありますし、なによりみわさんは着物姿が良く映るから」
「…褒めても、なにもでーませんよー」

ころりと転がって堀川国広をチラ見すれば、彼は困ったようにくすりと笑った。

「それは仕返しですか?」
「はいはい、堀川は口ばっかり上手いんだから」
「ええ。 ええ、僕が悪かったです、ごめんなさい。だから機嫌直してください、みわさん」

くすくすと笑いながら、堀川国広が身を乗り出して背を撫でる。
他の刀剣に比べたら小さいが、みわよりもずっと大きな手が何度も背中を摩ってぱんっと軽くたたいた。

「…明日のおやつ、栗きんとんが良い」
「腕によりをかけて作りますよ」
「約束ね」
「はいはい」

やはり堀川国広の声はくすくすと笑っていた。だがみわは約束を取り付けられたので満足だ。
ぱちんと爪が切れる、その度に身体がひとつ軽くなる心地がした。















「国広ォ、何してんだ」

和泉守兼定の声に、堀川国広は瞼を開けた。
後ろを見れば、彼の相棒が胡乱な顔で堀川国広を、正しくは堀川国広がそれまで両手を合わせてたものを見詰めていた。。

「なんだそれ、なんか秘密で飼ってたのか?」
「ううん、なんで?」
「だってこれ墓じゃねぇか。墓ってのは、何を悼んで拵えるもんだろ。お前もいま手ぇ合わせたし」

しゃがみ込んで不思議そうにそれを見る和泉守兼定に、堀川国広が答える。

「うん、そうだね。これはお墓だよ」
「だから何のだよ」

「みわさんの」

和泉守兼定の浅葱色の瞳が、瞬時に剣呑な色を纏う。
嘗ての主を彷彿とさせるその尊顔に、堀川国広は朗らかに笑った。

「全部、みわさんの一部だから」

余す所などない。

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