刀剣乱舞 | ナノ

燭台切光忠の告白


「みわ様にぎゅうとしてもらうと、この辺りがふわふわするんです。きっと僕たちに母様というお人がいるなら、それはみわ様みたいなんだろうって思うことがあります」

それは流れる日常における、他愛のない会話だった。
___だがそれは、酷く重く。僕の胸の奥深くに、ごとんと音を立てて落ちた。

燭台切光忠にとって、みわという存在は何か。
答えは明解である。唯一無二の絶対的君主であり、慈しむべき人の子だ。

僕に人型を与えてくれた。刀としての業を越えて…万象を慈しむことを許してくれた。
触れることは、まるで息吹くようだった。土の温度。水の冷たさ。鋼の静けさ。食べものの温もり。肌を滑る布の心地。障子の危うさ。雪の儚さ。草木の逞しさ。すべて、彼女がくれた贈り物だ。

五感の全てで、世界を識る。
その全てを持って君の為に在れるのなら、これ以上の幸福があるだろうか。

付喪神としての永い生が霞んでしまうほどに、みわは沢山のものを惜しみなく与えてくれる。
あなたは瞬きの間に消えてしまうのに、どうしてこんなにも僕に優しいの。

これより先は、___________(望んでは、ならない)

それなのに、その手が、指が、…心が。
僕じゃない誰かに触れる度に、与えられた胸の内が軋むのは何故だろう。








「審神者のここ、いま空いてまーす」

寝間着姿で下手くそな歌を口ずさむ彼女に、思わず堪えかけた欠伸も引っ込んでしまった。
目をしばたたかせる僕に、みわはにんまりと猫のように笑って見せた。

「みっちゃん、実はおねむでしょう」
「なんのことかな」
「ちょっとくらい眠っても誰も怒らないよ。 なにせこの書類の提出期限は明日の朝で、今夜は徹夜確定組だもん」
「うん、それって誰の所為だろうね」
「自業自得デース ちぇ、可愛くないの」
「それは僕の役割じゃないから、あと舌打ちはカッコ良くないよ」
「はいはい。 じゃあ、わたしと違ってパーフェクトスパダリな光忠には膝枕してあげましょう。ほら、おいで」

くしゃりと何とも言えない顔をする僕に、みわはニコニコと笑って繰り返す。
おいで、その言葉はひどく甘い誘惑に聞こえた。弛む瞳には頑なな色が垣間見えて、仕方ないと手にしていた書類を文台に戻した。せめてもの抵抗として、何時もより重くついた溜息に彼女は気づいただろうか。

「ねえ主、重くないかい。僕は太刀で、それなりに人型も大きい方なんだけど」
「重くないよ、羽根みたいに軽い」
「それはでしょう。 …やっぱりこれ、落ち着かないな」
「文句言う暇があったら、黙って目瞑る」
「…はあ、 オーケー」

指示に従って瞼を閉じれば、失われた視界の代わりに他の感覚が研ぎ澄まされる。
かさりと書類が擦れる音…みわが書類に触れているのだろう。文字を追う視線、零れる吐息、絹崩れの音。僕とは違う、女物のボディーソープの香りや柔らかな肉の感触。_____何時の事だっただろうか、忘れかけていた粟田口の短刀たちと交わした言葉を思い出す。

「____母上、」
「ん?」
「…僕たち刀に親はいないけれど。 もし、居るとしたらみわちゃんがそうなのかもしれない」

刀としての矜持は、この身を鍛えた鍛冶師が与えたもの。
ならば、この肉の器を与えたみわは、紛うこと無き母である。…人の子が、女の胎から生まれるように。燭台切光忠もまた、彼女の“内(うち)”から生まれた。

「僕はこの世界が好きだよ。愛おしくて、切なくなるほどに恋している。 …でもたまに考える、僕がそう思うのは。 僕が、そう思えるように世界を慈しむ術を教えてくれたのは、みわちゃんじゃないかって」
「そうかな」
「僕たち刀剣男士は元より鋼の器と神の端くれとしての価値観しかない。なにかを愛するようになんてできていない、もしそう思えるのだとしたらそれは意識の革命だろうね。その革命はきっと君が齎した」
「…嘘ばっかり、伊達政宗公の掌の感触を忘れたことないくせに」

言葉を詰まらせる僕に、みわはイタズラが成功した子どものように笑った。
「ほらみろ」と僕の鼻を摘まむ手を取って、逆に尋ねる。

「それは嫉妬?」
「…かもしれないね、光忠はその方が嬉しいのかな」
「わからない」

まるで僕内側を暴くようなみわの視線が恐くて、隠れるように寝返りを打つ。
彼女の薄い腹に鼻先が掠める、より肉薄した距離に息が詰まるどころか…優しく、凝り固まった心を解かれる心地がした。

「…政宗公は、僕が… 刀として用をなさなくても、お傍に置いてくれるだろうか」
「それは政宗公に訊いてみないとなんとも」
「うん、そうだね。ごめん」
「ちょっとセンチメンタル入っちゃったみたいだね。わたしがヨシヨシしてあげよう」

みわの細い指が髪を分けて、梳いてくれる。
その感触の、なんて暴力的なことだろう。

見ないようにしていた僕の中のキタナイモノを暴き立てる悪い指だ、嗚呼誰にも見せたくないのに。
あなたに知られまいと必死に隠している本性の獣がざわざわと牙を剥き出しにする。いっそ奪ってしまえと、魂のひとかけらまで喰らってしまえと、涎をまき散らしながら叫ぶのだ。

(_____君が、くれたのに)

この世界に、恋をしている。
それはきっと、僕ではなくて…みわのこころ。僕は君の目を通して世界を視ている。
切なくて泣いてしまいそうになるほどのこの感動さえ、君から生まれた。…僕は君がいないと、なにもない。からっぽなんだよ、

絶えない人、惜しみない人。
優しい、ひと。

あなたがくれた春の日差しのような思いは、僕の中に落ちると瞬く間に濁ってしまうようだ。
伽藍洞の器の中に溜まったそれが、君が欲しいと叫ぶ。誰にもあげたくないと、叫ぶ。

「ふがいない」

僕は____この先が、ほしい。
君との未来が、ほしい。







君が、ほしい。





「光忠…光忠、寝ちゃったの……?」

現実(ゆめ)はおわらない。
覚めるときにはきっと、君はいない。

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