刀剣乱舞 | ナノ

夏バテに成った主は、男士の様子などいざ知らず


「ごちそうさまでした」

ぱちんと箸を合わせてを食事の挨拶をする。
そんなみわの様子は、何時もとなんら変わらない。彼女の膳はキレイに空いており、米の一粒も残っていない。____だが、ちがうのだ。

「…みわちゃん、」
「ン なに、光忠」
「お代わりは良いのかい。今日は何時もより多く炊いたから、まだお櫃(ひつ)に残っているよ。 ほら、みわちゃんの大好きな白米」

そういってお櫃をあけてみせる光忠は、表面こそ平静を装っているが、内心は柄になく必死であった。
質の良い椹(さわら)の櫃から燦々(さんさん)とした白米が顔を覗かせる。食欲を擽る新米の甘い香りに誘われたのか、みわがじっとそれを見詰めた。

そんな2人の様子を、他の刀剣男士は固唾を飲んで見守った。もぐもぐと口を動かしながら見守った。
その様子は、さながら昼ドラの展開を見守る主婦たちを思わせる。

「ンーーーーーーー…、 今日は、もういいかな」
「エ」
「ごめんねぇ、ごちそうさまでした」
「ウ ァ、 えっと、うん…お粗末様でした」

それだけ言うと、みわはさっさと膳を片づけ、厨(くりや)の流しへと向かった。
彼女の背が見えなくなるころ、黒星をつけた光忠が声にならない悲鳴と伴に畳に崩れ落ちた。その様子を隣で見守っていた大倶利伽羅は呆れたように溜息をついた。鶴丸国永は労わる様な手つきで、その背に醤油瓶を置いた。

「…」
「どうしたの、加州清光」
「うん、ちょっと…。 ねぇ安定、残っているのあげるから俺の膳片付けてよ」
「任せて」

二つ返事で頷いて見せたはらぺこ安定が、すぐさま加州清光の膳に箸をつける。
甘醤油で上品に煮込まれた大根を口いっぱいに含み、ホクホクする安定は満足そうだった。そんな食欲の権化と化している相方を置いて、加州清光はさっさと大広間を抜ける。同じく食事中の男士達の後ろを抜けて、厨にいるであろうみわを探した。

だが、そこに求めていた姿はない。
厨には既に食事を終えたにっかり青江が居り、静かに目配せをくれる。方角から察するに小書院だろうか。小さく礼を言って、彼女の足取りを追った。

駆け足で渡り廊下を抜け、審神者の仕事部屋でもある小書院へと向かう。
内縁(うちえん)の端で短刀たちとみわで飾った風鈴が涼やかな音を奏でていた。襖は微かに開いており、逸る心のままに指が掛ったが、理性が打ち勝ち先に声が上がる

「主ぃ、入って良い? 俺だよ、加州清光」
「どうかお静かに、加州殿」

返ってきたのは意外な声だった。そろりと襖を覗けば声の主、近侍・蜻蛉切が見えた。
濃紺の内番衣を纏った蜻蛉切が、団扇片手にどこか困った顔で笑っている。当の加州清光が探していた人は、彼の膝に頭を預けていた。くたりと畳の上に横たわる体は、規則正しく揺れていた。

「…みわ、ねてる?」
「ああ、仮眠を取られるのなら床を整えましょうと勧めたのだが」
「アー、うちの主、布団よりも膝枕の方が好みだもんね」

そうだろうかでもしかし、と難しい顔をする蜻蛉切。
自由奔放な主と、謹厳実直な蜻蛉切のことだ。そこにどんな会話があったのかは、結果から見ても想像に容易い。彼の気苦労が垣間見えた気がして、お疲れ様と労わりの言葉をかける。

猫のように小書院に身を忍ばせ、風通しの隙間を残して襖を閉めた。
衣桁の隣に畳まれていたタオルケットを手に取って、みわの傍に膝を着く。広げればリラックスしたクマの絵柄が加州清光に向かって笑いかけた。冷えないように掛けてやるが、みわの顔がくしゃりと歪む。

「暑がって居られるのか」
「ん、どうだろう。 ちょっと浮腫んでるみたい、汗も出てるね」

柘榴色の瞳が憂患(ゆうかん)に揺れる。
紅色の艶やかな指が、みわの髪を柔らかく撫でた。その一つ一つの所作から、彼女が彼にとってどれほど大切な存在かが見て取れるようだった。

「…加州殿は、本当に主を慈しんでおられる」
「当然、 …この人はあまり自分のこと大事にしないから、その分俺が愛してあげないと。 ハハッ、本当は俺が愛して貰う側なのにねぇ、変な話でしょ」
「ええ…ええ、まったくですな」
「ねぇ」

______最近、みわの様子が優れない。





「おそらく夏バテだろうな」

家庭の医学事典を捲っていた薬研藤四郎の見立てに、集まった面々は難しい顔で呻いた。

「夏バテ…夏の暑さによる自律神経系の乱れに起因して現れる様々な症状の総称で、主たる症状は」
「落ち着きんしゃい長谷部、不治の病ちゅうわけやなか」
「みわちゃん…いつもご飯三杯はお代わりするのに、今日は一杯…それも中盛りしかた食べてないんだよ。このままじゃみわちゃんがしんじゃう! ぼくがいるのにがさせてしまう!」
「いや光坊、今の方が人の子の身にはちょうど良いんじゃないか? 食い過ぎなんだよ、主は」
「量を食べられないなら、何か精の付くものを食べさせた方がいいんじゃないかい。兄貴、ワタシたちでなんか獲ってこようよ。 鰻でもイノシシでもさ!」
「それは良い考えですが、みわ様は臭みのある肉を嫌がるでしょう。獲るなら、雉か鹿にいたしましょう」
「そういうことなら拙僧が案内しよう、良い狩場をいくつか知っている」

「おう、すまねぇが医務室の外でやってくれねぇか。 狭いから蒸す」

こじんまりした薬研藤四郎の城、本丸の医務室に群がりアーでもないコーでもないと話す男士たち。
薬研藤四郎の苦言などあっという間にかき消されてしまった。

話題がみわのことであることも相まってか、論争は止まる気配を見せず、薬研藤四郎は眼鏡を取って眉間を揉んだ。こういうとき、薬研藤四郎はみわのことを想う。

未だあどけなさを残すみわだが、彼女は付喪神の主足る審神者であり…なんだかんだと、この自分勝手な無法者集団を纏め上げているのだ。そんな彼女が不調で、臥せている。臣下である薬研藤四郎たちは、何時も以上に身を引き締め己を律し、志を一つにして纏まらなければいけないというのに。

「なにやら大変なことになっているようだね、薬研」
「いち兄、それに厚か」
「オッス」

外縁から丸窓に顔を出した兄弟の姿に、少しばかり肩の力が抜ける。
何故窓からと思ったが、すぐに答えは知れた。医務室の入り口はいま大渋滞を起こしているのだった。

「まったく、大将に合わせる顔がないぜ」
「これはお前の所為ではないだろう、臣の気負いも、過ぎれば返って主の負担となることもある」
「余計なお世話だ」
「あと、わたし相手だと妙に自分の否を認めようとしないところも。 嗚呼、そういえば主もそうおしゃっていたな」

艶然と微笑む一期一振だが、その言葉の端々に弟刀たちへの厳しさが滲む。
主の名を出されては逃げ道を塞がれたも同じだ。分かりやすく嫌な顔をする薬研藤四郎を見て、厚藤四郎が愉しそうに笑った。

数ある兄弟の中でも近しい年頃で顕現した二振りは、何かにつけて互いの成果を競おうとするきらいがある。競争相手の分かりやすい失点が嬉しいのだろう。その様子が腹に据えかねたので、隙だらけの額を思い切り叩いておいた。

「とにかく、だ。 しばらく大将から目を離さないでやってくれ。 陽向は避けて、水分補給を忘れずに」
「ならば交代で傍に控えよう、いいね厚」
「ッー… 分かった、兄弟たちに知らせてくる」
「いま大将の傍にいるのは誰だ」
「鯰尾と平野だね。 主は良くお眠りになられているようだから、気になることがあるなら診に行くと良い」

一期一振の言葉が終わるより早く、薬研藤四郎はひらりと丸窓を飛び越えた。
そのまま小書院へと向かう後ろ姿を見送ると、厚藤四郎がそろりと動く。

「オレも行ってくる」
「ああ、厚。 明後日の鍛錬は組み合わせを代える、わたしが相手をしよう」

…薬研に一撃もらってしまったことは、陰に隠してはくれないようだ。
厚藤四郎は少し遠い目をしながら頷いて、兄弟たちのもとに向かった。その気配も見送り、ふむと一期一振は思案する。

薬研藤四郎は、みわが眠っている間に他に障りがないのか診察するつもりなのだろう。
あの御仁はどうにも自分のことには無頓着なところがある。飄々とした顔の裏で、痛みのひとつふたつ隠していないかと気を揉んでいるだろう。___なんとも生易しい弟だと、頭の片隅で嗤う自分がいる。

(放っておけばよいものを、)

冷たい理知の言葉は、人の子への憐憫を知らぬようで。
焼身した身には、これが生来の己か、再刃(さいじん)の影響に寄るものか判断が着かない。

思考を続けながら、顎に指を這わせる。
だがしかし、今しばらくこの万花咲き誇る庭に在りたいと思うのも事実。その為には、主であるみわの存在は必要不可欠だ。…彼女との掛け合いもそれなりに愉快で、御物として尚蔵奥深くに収蔵されていた時とは比べるまでもない。

(人の子は脆い、過保護くらいが丁度良いのかもしれんな。 …まったく、手のかかる主をもつと苦労する)

そうして浮かぶ表情がどうにも思いと裏腹なのは、やはり自分も毒されているからなのだろう。

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