みんなで酒盛りをしようか
「…お酒飲む人、手ぇあげて」
ハーーーイ
後ろを向けば、そうして上がった手の多さにまず驚かされた。あの一期一振でさえも少しウキウキした様子で小さく挙手しているのだから、これもう後には引けまい。腹を決めるなか、次郎太刀が「今夜は酒盛りだあああああ!」と飛び乗って来たのでさっそく物理的に心居れそうになった。大太刀おもい。
「みわちゃん、お酒のアテはなにがいい?」
「するめいか」
「雅じゃない却下」
「チッ じゃあ歌仙の丸焼き」
光忠と話しをしていたのに、割烹着きた空気読めない似非雅に横やりを入れて来たのにイラっとした。思わず舌打ちと共に嫌味を吐いたら、ギロリと睨まれた。あーもうコイツぜったい文系とか嘘だ。だって目つきがヤンキーだもん。
「〆は大倶利伽羅が作ったラーメンが良い」
「ああ、アレ美味しいよね」
「まえ夜食でごちそうになったとき胃が引っくり返ると思った。なにあれ、なんでレトルトがあんな美味しくなるの? 隠し味に神気とかいれてるしょ」
「入れてない」
何時から聞いていたのか。振り向けばそこに噂の大倶利伽羅がいて、無言の威圧と拳骨を貰った。
それなのに顔がにやける。なぜだろう。大倶利伽羅が絡んできているというだけで、ニヤニヤが止まらないのだ。それは光忠も同じようで、二人してによによと大倶利伽羅を見つめていると、彼がマジキレ寸前という顔で「いい加減にしろ」と叱られた。からかい過ぎ注意である。
そんなこんなで始まった宴会は、刀剣男士ほぼ全員参加となった。
短刀の出席はいかがなものかと思ったが、そこは神籍に身を置くものといったところか。どこからも反対の声は出ず、しっかり日本酒で乾杯にさせていたのでモーマンタイなのだろう。モーマンタイモーマンタイ。
「三日月、ハグ希望」
「ん? うむ。いいぞいいぞ、触って良し」
腕を広げて歓迎モードの三日月に、わたしは獲物を捕らえた狩人のように全力全開で飛び掛かった。手加減なしの飛び掛かり出会ったが、そこは三日月宗近。すこしもよろけずに確りと抱き留め「あははは!」と軽快に笑って見せた。
「うおおおおおおっ みかづきぃぃいい」
「うむ。なんだみわよ」
「ん…なんていうか、三日月ってお兄ちゃんみたいで安心する」
「はて、じじいではなく?」
「じじいではないなあ」
きょとんと首を傾げる三日月の腕の中でいそいそと体勢を整える。
無遠慮に彼の膝を跨ぎぎゅうと抱きつくと三日月もぎゅうと抱きしめてくれた。うわあああいいにおいがするううう。おちつくんじゃああああ。
(天然マイナスイオンでとる…)
「あ、三日月ぬけがけですよー」
「ガッハハ 主は三日月が一等気に入りだなあ!」
岩融と今剣の声に「ん?」と頭を捻ると、三日月が「当然よ」と静かな声で答える。籠手のない掌が優しく頭を梳いてくれて、思わず喉が鳴りそうになった。
「俺は古株だからなあ。みわとはあれだ、つーかーの仲だ」
「第一部隊はみーんなニコイチみたいなもんだよね。はあ…思い出すなあ。新人時代は、みんなに迷惑ばっかりかけたよね。右も左もわからないから、いっぱいケガさせちゃったし…それでも、三日月たちが見放さないでくれたから、ようやくここまでこれたよ」
顔をあげへにゃりと笑えば、かち合った三日月は瞳の月影を弛ませて「うむ」と答えた。
「俺も嬉しいぞ。あの小さくか弱い審神者が今やべてらんと呼ばれるまでになった。よう頑張ったものなあ」
「えへへ、それほどでも」
「あ、アレですかね。三日月はしたのきょうだいがいませんから。みわがいもうとみたいにおもえて、いっとうかわいいんでしょうね」
「当たらざるとも遠からず。そうなるとみわは俺たち三条の末妹ということになるか! いやはや、音のない刀剣に人の身うちなぞ、まるで絵物語のようではないか」
末の同胞である三日月と、その膝に抱かれ幸せそうに笑っているみわ。その様子を見て、今剣と岩融がほっこりと笑った。二人にしてみても、このかわいらしい妹が身内となるのはやぶさかではないようだ。
「ふざけるな三条! 審神者であらせられる主を、俺たちのような従臣の身内扱いするなど断固として許さん!」
「げ、うるさいのがきました」
「五月蠅いのとはなんだ」
今剣のことばに顔を真っ赤にして怒る長谷部は、完全に出来上がっていた。
「神でも許さん!」と豪語しているが、一度落ち着いてほしい。ユーも神さまですが、そんなわたしの思い虚しく。何時の間にか長谷部の隣に現れた薬研藤四郎が、何食わぬ顔で長谷部の空いたグラスに瓶ビールをなみなみと注いだ。
「まったく長谷部の旦那の言う通りだ。 大将は俺たち粟田口…あるいは織田組の紅一点として眷属に迎える予定だ、抜け駆けはさせねぇぜ」
「なんかオタサーの姫みたいだからイヤ」
「贅沢だな大将。あの天下人の寵刀・宗三左文字の後釜だぞ」
「呼びましたか薬研。こうみえて、ぼく忙しいんですけど」
「ぜったいヤダ」
…っていうか呼んでない。呼んでないのに前任者が自ら現れたぞ。
モデルかくやの美しい歩き方で登場した宗三だが、片手に持った鬼殺しの大瓶で色々台無しである。
桃色の癖っ毛をシュシュでまとめた宗三が悩ましげに溜息をこぼす。…その一方で、ビールの入った長谷部のグラスに容赦なく鬼殺しを注ぎ始める。その流れに一切の躊躇いがないのが恐い。なんだこれ、これが織田流の酒盛りスタイルか。
「む…空だったグラスに何時の間にか酒が…」
「一気に行こうぜ長谷部! 一度抱いた杯は飲み干すのが礼儀だ。酒はのんでなんぼ呑まれてなんぼ、なぁ燭台切よ」
「え、なに 突然ふられても僕わかんないよ!」
「なんだい藪から棒に。 いまは伊達組で愉しくやってんだ、野暮はよしてくれや」
「…くだらん」
そんなことを言いながら鶴丸は、顔に「なんだなんだ面白い気配がする」と書いて四つん這いで寄ってくる。それに付きあって散らかした酒とアテをもった光忠と大倶利伽羅も寄ってくるから、伊達組のヒエラルキーが見えるというものだ。
「おお、なんだみわ特等席にいるじゃないか」
「えっへん。いいだろいいだろ、羨ましかろう。三日月の腕シートベルト付だぞ」
「シートベルト…ああなるほど、チャイルドシートってやつだな!」
_____つぎの瞬間、成人済み審神者VSおちゃめなマッシロシロ助のゴングが鳴り響いた。
容赦ない蹴りと殴りが交錯するなか、薬研の「そこだ大将!鶴の翼をもいで二度と軽い口を叩けないようにして殺れ!!」というコブシの利いた野次が印象的だった。薬研くん、君いったい鶴丸に何されたの。
「ッシャ! 愛と正義と審神者の勝利じゃあ!」
「イエーイ! みわちゃんいえーい!」
「勝った」
「おい助っ人有りだなんてきいてないぞ、反則だっ」
「往生際が悪いよ鶴さん。 はい、みわちゃんの勝ち」
光忠(審判)のジャッジも下ったところで、助っ人に来てくれた鯰尾と骨喰に感謝の酒を注いだ。
いやどうもどうもと頭を下げてくれる二人も、どうやら大分酔っているらしい。
「やっぱり日本酒いいですね! 刀の時分はあんま興味なかったんですけど、こうして飲んでるとヒトが手放せなくなる理由が透けて見えます」
「そうだな、兄弟。酒と煙と女は、昔から男の嗜みだった」
「骨喰って意外と爛れた思考だよね。ときどき審神者びっくりしちゃう」
神妙な顔で頷いて鬼殺し(宗三の)を煽る骨喰はとても美しいが、大分思考がアレだ。記憶喪失のためと思いたいが、これが素だったらかるく刀壊しているレベルだ。
「みわちゃん今日髪結ってないんですね、…あ、そうだ! 俺のリボンで結ってあげますよ」
「え、それだと鯰尾の紙ボサボサになっちゃうよ」
「タイを使うから大丈夫です。 どうせだから、俺とお揃いにしちゃえ」
「兄弟、俺もやりたい」
「じゃあ二つ結びにしよっか。 みわちゃん、ウサギちゃんとおさげどっちがいいですか?」
「ウサギちゃんは断固拒否!」
「じゃあおさげちゃんにしちゃいましょう。骨喰そっちね、俺こっち〜」
「任された」
「お願いします!」
鯰尾はいつも髪を整えているだけあって三つ編みも手慣れたものだった。
すいすいと髪を編んで、首元から抜いた赤いタイを房の先にくるりと巻いた。そうしてきゅっと蝶結びをして「出来たー」と笑う時、骨喰はまだ半分ほどであった。
「あ、意外と骨喰が上手だ」
「最近、兄弟の髪を整える手伝いをしている」
最後に紫の骨喰のタイがぐるりと房を巻いてリボン結びにされた。
そしてできあがったおさげ姿を見て、鯰尾と骨喰が「にあってる」と満足そうに笑った。