魔法 | ナノ

意地でも写真は消したくないらしい


「……ミス。さっきから気になっていたんだけど…そのカメラ、」
「あ。これはマグルの作ったものでポロライドカメラって言うんですよ。先日クリスマスプレゼントとして知人に頂きまして…つい嬉しくて、好きなものを色々取って回ってました」
「そう、それは素敵な贈り物だね。でもミス、相手の許可なく人を撮るのはマナー違反じゃないかな?」
「…あ、そうかもですね」
(そうかもじゃなくてそうなんだよ)
「あ、でも大丈夫! このカメラ後で現像する画像を選べるんです、だから確り消して置きますね」

全く持ってそう言う問題じゃない。
だがそんなこと気づいてもいない少女は、まるで主人に褒めてもらうのを待つ犬のようにへらへらと笑っている。一瞬、その弛んでいる頬を思いっきり左右に引っ張って自分がどういうことを要求しているのかピンからキリまで懇切丁寧に説明してやろうかと暴力的な衝動が疼いた。だが、そう言う訳にもいかない。だからリドルは落ち着きを取り戻すべく深い深呼吸をした後、子どもに言い聞かせる様に言葉を砕いて言った。

「ミス、確かにそれは良い提案だけど僕が言いたいのはそうじゃない」
「? 違うのですか?」
「違う。良いかい?ミスが言う方法だと結局、僕は君がちゃんと写真を消したのか確認できないだろう」
「その通りですね」
「そう、その通りなんだ。だからミスは部屋に戻って画像を消すのではなく、ここで、僕の目の前で、画像を消すべきじゃないかな?」

「え、それはちょっと…」
「なんで」

反射的に飛び出てしまった言葉にハッとするも、少女は気にした風も無くあぐねっていたのでリドルは墓穴を掘る真似を避けるべく沈黙した。…あまりにも話が通じないのでカッとなってしまった。だが、同時にその無能によって助けられたのは何とも皮肉だ。

「ん〜っと、これにはその…深い事情がありまして」
「是非、その事情とやらを、僕に説明してくれるかな?」
「はうっそれは恥ずかしいです」
「うん。ここは照れる場面じゃないよ、ミス」

両手で頬を包み込み、まるで意中の相手を明かす様に焦れる少女にいい加減リドルの我慢も限界に達して来た。どこまで馬鹿なんだこの女は___!!

(一層の事、カメラを奪ってしまおう。このまま話していても埒が明かな___)
如何にして忌々しいカメラを奪うか策を講じている最中、ぞくりと背中に走った悪寒にリドルの思惟は途切れた。反射的に口元を覆うと同時に、その疼きが突き抜ける。

「クッシュン」
「…」
「…」
「…可愛いくしゃみですね」

そう言っていかにも『私空気呼んで発言しました』という顔で笑う少女を前に、リドルは完全に策の指針を変更した。カメラの奪取は二の次だ、先にこの女の自分に関する記憶を消そう。完膚なきまでに無かったことにしよう。
するり利き手に握った杖の感触を確かめ、魔法をかけるタイミングを計るべく少女を見やるも瞠目させられたのはリドルの方だった。

「あれ?もしかして魔法効かない?」

とぼけた風に小首を傾げる少女は、何時の間にかその手にカメラではなく杖を握っていた。その杖先がまるで妖精の踊り(フェアリーダンス)の様に踊っている……それは妖精魔法に現れる正しい杖の振り方(スティッキング)だ。現代魔法からはその複雑さ故に排他された古代魔法と呼ばれるものの一つだ。

勿論、彼女がそんな“遺物”を正確に取得していることにも驚かされたが、それ以上にリドルの目を引いたのは“彼が気づいた時には既に彼女が魔法を使用した後であった”と言う事実だ。リドルは伊達や酔狂で“優等生”を名乗っていない。確かにこの身に流れるどうしようもない魔法の才能による所もあるが、それに頼り切らず地道な研鑽と飽くなき探求と修練の当然の結果なのだ。彼は誰よりも魔法に関して長けている事を自負している、だからこそこんな(外見を裏切らず中身も残念極まりない)少女相手に後手に出た事を矜持が許せなかった。

(この女___っ!)
「魔法素の相殺? 随分と手が込んでる…でも人体に害はないみたい、それに無臭……森に自生している鬼隠し(オモアカパル)を月桂樹(ローリエ)で煮込んだのかしら」

そんなリドルの癇癪に気づきもせず、少女はうんと指先で顎をなぞりながら的外れな考察を始める。…いや、魔法薬の調合についてはリドルも同じ見解だ。魔法無効化作用を持つ薬草なら禁じられた森に生息する鬼隠しが妥当だろうし、魔法純度の高い月桂樹は目くらましの術と同じ効果が得られる上に薬草学の温室で余るほど栽培されている。どちらもその気になれば用意に生徒が盗めるものだ。

(…だどすれば、温室に開錠魔法の痕跡が残っている筈だ。それを見つけて___って、そうじゃないだろう)

反れた思考に慌てて首を振るリドルを、少女は不思議そうな顔で見ていが一拍置いてハッと目を見開いた。

「私、たいへんな事に気づいてしまいました」
「? なに」
「このままでは風邪を引いてしまいます!」
「うん。それ凄くいまさら___っ!」

余りにも遅い心配に呆れ顔で言うリドルの手をパシリと少女の手が掴んだ。それまで緩慢だった癖に唐突に弾かれた様に俊敏な動きを見せた少女にリドルに瞠目する。何時も彼の周りにいる人間がいたら「珍しい」と称するであろう顔をしているリドルに少女はぐいと顔を近づけて言った。

「私はモカと言います!」
「……だから何?」
「今から私のお部屋に来て下さい」
「…行動と要求がまるで関係ないんだけど」
「それは私の都合です。詳しい事は、気が向いた時に話します」
(気が向くって…)

「さあリドルさん、私といっしょに行きましょう」

そう言ってリドルの手を引いて歩き出す少女___モカに、気づけばリドルの足は一歩踏み出していた。強引に留まることもできた、リドルの手を取る柔い手を冷たく打ち払うことだって。でもそれをしなかったのは___

(……変な女、)

憤って歩く小さな背中を見て、リドルは思った。
この選択が彼の未来を大きく変えることを、彼はまだ知らない。

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