魔法 | ナノ

雨の日にトム・リドルとカフェで待ち合わせ


スコールだ。

薄いガラスの向う側。ざあああと勢いよく降り出した雨をぼんやりと見つめる。店内は雨宿りの為に慌てて駈け込んで来た客でにぎわって来た。ちらりとニットの袖を捲って腕時計をみると、秒針は約束の時間を過ぎているのに目の前の席は相変わらず空っぽだ。

(遅刻…お詫びにアイスおごらせよう)

噂に寄れば、ダイアゴン横丁のフローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラーが寒い季節にこそ美味しい“ホット”アイスを売り出しているらしい。言葉の並びからしてもうなにがなんだかわからない感じが、実に魔法界らしいではないか。そういうの好きです。ぜひ食べてみたい。

そんなことを考えながら、冷めたミルクティーのカップを指ではじく。踵をとんとんと鳴らしていると、ちりんとベルのなる音が届いた。見れば、ゆったりとカフェの戸を潜る姿がみえた。この雨の中やってきたというのに、まるで濡れた様子のない不思議な男。タイトなスリーピースのスーツに、上品なバーバリートレンチがよくそぐう。湿気で纏わりつく黒髪を雑に掻き上げれば、その甘いマスクが良く見えた。ぶわりとカフェの定員が色めき立つのがわかる。おお、黄色いオーラがみえるぞぉ…。

我先にと飛び出した定員がタオルを差し出せば、彼は花が綻ぶような微笑みと一緒に受け取って見せる。まさに理想の王子様、未来の英国紳士といった風体に、カフェが一息にして彼のための舞台にかわっていく。ここは劇場、わたしたちは背景。この場は全て彼のためにある、そうオペラ歌手が高らかにうたいあげそうな雰囲気だ。_____まあ、彼の本心は知れたものじゃないが。

「ちこくー」
「仕事が長引いたんだ」
「言い訳なんてスリザリンの王子様らしからなくないですか? こういう時は、千の言葉よりも価値のあるものが必要だと思うんですよー」
「はあ… わかった、好きなものを差し出そう。それで許してくれ、女王陛下」
「ん、よろしい」

畳んだタオルをテーブルに置いて、チェアの背にかけていたバックをとられる。「お茶しないの?」と訊けば、「泥水に金を払う趣味はない」と辛辣な言葉が返ってくる。まあ、イギリスのカフェででてくる紅茶は、正直味がまちまちではある。

「さっさと買い物を済ませて、僕のために紅茶を淹れてくれ」
「仰せのままに、帝王様」

差し出されて掌に応えて、素直にエスコートをお受けした。トゲトゲしい女の子の視線から逃げるようにしてカフェを出る。スコールは降り止まない。

「カサは?」
「魔法庁に置いてきた、誰か様がひどく急かす所為だな」
「ひどいやつもいたもんだー!」
「wandbrella」

コートの裏から取り出された杖が、白い軌跡を描いた。透明な光が零れる様にして、パッと雨雲の空に魔法のメターシャワーが広がった。

「モカ、杖はどうした」
「忘れて来た、急いでた所為ね。待ち合わせの時間に遅れるといつも誰かさんが煩いから」
「酷い男だ」
「トムは酷い男?」

悪戯な笑みと共に訊ねれば、涼やかな目元が挑戦的な色を宿す。そうして「どうぞレディ」と魔法の傘を差しだしてくれる。それが堪らなく嬉しくて、わたしは「thanks,sugar」と、トムの頬にキスをした。

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