魔法 | ナノ

T




1950年、イギリス___ホグワーツ魔法魔術学校。

「じゃあね、モカ先生」
「メリークリスマス!」

「メリークリスマス」

笑顔で医務室を後にする生徒を見送り、ほっと一息ついた。休暇中のホグワーツは静かなものだ、身を切るような寒さもあってどうにもどうにも心細くなる。こういう時ばかりは、生徒でごったがえして毎日お祭りのような日々が恋しくなる。

「…ん?」

ふわりと視界に白い雪が舞った。等々降って来たらしい。
かつんと石畳をならして窓辺に近づくと、灰色の空から雪の結晶がちらちらと降ってくるのが見えた。窓は閉じた方が良さそうだ___白いエプロンの下から愛用の杖を取り出し、くいと振る。杖を介した魔力に命令が組み込まれ、大気へと放出される。そうして視えない手がぱたんぱたんと医務室の開いた扉を閉めて行く。

最後にモカがいるこの窓だ、すわ閉めようと手をかけたところで、幸か不幸かその来訪者に気づいた。灰色の空を羽ばたく黒い翼。思い当たる節がないわけではなく、モカはなんとなしにそれを見定めた。そうして認めた黒い大振りの梟に、モカは嗚呼と目元を細める。

「レイン、いらっしゃい」

その声が聞こえていたかのように、黒い雌梟は梟小屋ではなくモカの元に降り立った。大きなカギ爪でレンガをひっかき、高い声でキーとなく梟はレインという。そっと撫でてやれば“ご主人様”と違い人懐っこい表情を浮かべて擦り寄ってくる。

「ああ、ダメ。梟を入れたら、マダム・ポンフリーが怒るから」

梟はそりゃないぜと言うように、ひときわ大きい声で鳴いた。

「わたしの部屋にお出で、テマリもいるよ」

テマリ。と言えば、レインがひゅんと体を細く伸ばして一際大きな声で鳴いた。バサバサと忙しない様子で翼をはためかすので、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

「いっておいで」とわたしが言うのが早いか、レインが飛び立つのが早いか怪しい所だった。上機嫌で去って行ったレインを見送り、窓を閉める。かちんとカギをしめるのと、かつんと足音が聞こえるのは同時だった。ぎくりと振り返った先で、顔を真っ赤に染めたマダム・ポンフリーが仁王立ちしているのを認め…わたしはひくりと顔がひくつくのを感じた。

_____ホグワーツを卒業して、5年以上になる。わたしは兼ねてより希望していた役職、ホグワーツの校医…その見習いとして就職することができた。…まあ、大分現校長・アルバス・ダンブルドアの贔屓があったのは否めないが…そこは実力ゆえと思いたい。今では、ホグワーツを宿兼職場として、毎日面白おかしい日々を過ごしている。ホグワーツに就職しているとなると、学生時代の友人からも多く便りが来た。あの先生はどうしている、今年はどの寮が優勝した等、まあ話題には事欠かないからだろう。そのおかげか、わたしが学生時代付き纏った男…トム・M・リドルからも、度々便りが届いた。



マダムにこってり絞られた後、宛がわれた自室へと戻った。中から聞こえてくる金切声はふたつ、どうやらレインは既に潜り込んでいるみたいだ。

「ただいま〜」

部屋に入ると同時に助けて!というように声が響いた。見れば、モカの愛梟・テマリが、布団の上でレインに押しつぶされ切なく泣いていた。当のレインは満足そうに膨らんでおり、モカをみるとおかえりというように鳴いた。

「あんまりうちのテマリをいじめないでね」

扉を閉めて言えば、ちがうというようにレインがないた。それに「はいはい、愛情表現ね」と答えれば、テマリが否定するように泣き喚く。テマリは、雄のコキンメフクロウだ。そしてどうにも、体格が倍以上ある雌のレインに求愛されているらしい。大きな雌梟が、小さな雄梟にご執心というのは不思議な図で、レインの飼い主もまた、初めてこの様子を見たとき酷く不機嫌な顔で舌打ちしていたものだ。

思いだしながら止まり木を見えば、そこにはやれやれという風にもう一羽の愛鳥・ヒメが毛づくろいをしていた。美しい漆の光沢をもつ雌の鴉。手を伸ばせば、気づいたヒメが三つ脚を器用に動かし、嘴を擦りつけてくる。…彼女は、八咫烏の使い魔だ。

「で、レイン。 そろそろご主人様から預かって来たものをみせてくれるかな?」

ベットによると、ばさりと飛んだヒメが肩に乗った。そのままベッドに腰掛けると、レインが渋々と言った様子でテマリが退く。瞬間、すぐにテマリが逃げようとしたが直ぐに大きな足に捕まってしまった。そうして逆の足についた通信筒をんっと見せてくる…器用なことだ。

それをとんと杖先で叩くと、ふわりと中から赤い花びらが零れ落ちた。それはふわふわとモカの前を泳ぐとくるりと姿を変え、赤いバラと手紙へと変る。それを掌で受け止めて見れば、羊皮紙の手紙には美しい手蹟(て)が並んでいた。

「___相変わらず、綺麗な魔法だね」

レインが誇らしげに鳴いた。送り主の名には、トム・リドルと書かれていた。

卒業から二年後、モカが執着していた同級生。トム・リドルは、魔法省へ就職した。二年のブランクを感じさせない素晴らしい合格点を叩き出しての内定であったと聞いている。二年もの間、就職もせず何をしていたのかと問い詰める事もなく、モカは再び表の世界にきてくれたリドルを手をたたいて歓迎した。…当然だろう、だってモカは、もう二度と彼に会えることはないと思っていたのだから。

今は魔法省の魔法法執行部に所属している。そして通常三年かかる訓練課程を一年で修了させ、善き魔法使いの登竜門である闇祓い局にて、闇祓い魔法職となったのだ。いわずもがな、この顛末に一番反対し難しい顔をしたのはダンブルドア校長だ。彼が訓練を受けている間、言い過ぎだろうが…十分置きに呼ばれては、美味しい紅茶とレモンケーキ、そしてリドルの今後について話しをさせられた。わたしはリドルのお母さんでも、ましてや彼女でもないのだが。…日本人、きほん断れない。

「____『12月31日、17時キングス・クロス駅』だってさ」

用件もなくそれだけ。それはどうなのだろうと思うが、慣れたものだろうと笑う自分もいる。
学生時代は、頼まれていないのに毎年のように誕生日の夜押しかけていた前科がある。その所為か、どうにも彼はわたしに誕生日を祝わせたがる。余談だが、再会した日に二年間誕生日を祝わなかったことを責められた。いや、連絡先知らないのにどうしろというんだ。流石のわたしも、あの時は理不尽さに舌を巻かせられた。

「取り敢えずお返事しておこうか。____『ハーイ』…顔文字もつかっとこ」

リドルは嫌がるが、嫌がる顔も嫌いではないわたしは、イジワルに筆ペンを走らせた。通信筒に手紙を収めイヤイヤとテマリから離れないレインの背を叩いた。しぶしぶと灰色の空に旅立った梟を見送りながら、わたしは今年の誕生日プレゼントについて頭を悩ませるのだった。






「あ、アブさんだ」
「…」

やっほーっと手をふった先で、銀色の美しい髪をベルベットのリボンで結わえた貴族然とした男は、優雅に顔を歪めた。上品に拒まれたが気にせず、ずかずかと魔法省のアトリウムを横切る。

「お久しぶりです、お噂はかねがね。 とりあえず、結婚おめでとうございます」
「相変わらず耳聡いようで何よりだ、ミス・モカ」
「ふふ、アブさんにそう呼ばれると上流階級になったみたいで楽しいです」

固い声にも気にせずニコニコと笑っていると、やがて諦めたようにアブラクサス・マルフォイは溜息をついた。銀装束の眩しい漆黒のローブを纏ったかつての同級生は、かつんと蛇頭のフォーマルスティックを鳴らす。

「アブさんももうお父さんですか…時間の流れは早いものですねぇ」
「夫にはなったが、父親になった覚えはない」
「いやだなあ、アブさんの甲斐性だったら子どもの一人や二人あっというまいたいいたいすみまぜんでじだ」

下世話な話は、どうやら貴族様の癇に触れたらしい。ニヤニヤ笑っていたら顔に、無言でスティックの頭をぐいぐいと押し付けられた。いたいです。

「はあ…本当に、相変わらずのようでなにより。そのおめでたい頭で良く教職員就けたものだ、どうせあの校長の贔屓(コネ)だろう」
「うっ…それは否定しきれないので心が痛いデス」
「校風も校長もいけ好かないが、ホグワーツは由緒正しい魔法学院だ。やがてはわたしの息子も通うことになる……今の内に理事にでもなって、掃除でもしておくべきか」
「アブさんがいうと冗談にきこえない、こわい」

じろりとこちらを見下げてくる金の瞳にぶるりと背が震えた。
その目は「もちろん、最初に掃除すべきゴミは誰だかわかっているよなあ?」と語っているようで、わたしは戦々恐々とするしかない。お金の力って怖いよお。

「ていうか、アブさんはここで何を? 魔法省に籍をおいていましたっけ?」
「今日は評議会が開かれていてね、わたしは委員としての義務を全うしていたのだよ」
「という体で、何時も通りのマグルイジメですか? かっこわるいいたいたい」
「わたしに正面切ってそれを言うのは、お前くらいなものだよ」

褒められてしまった。
いたむ頬をさすりながらほくほくとしていると、アブラクサスがついとエレベーターをさす。

「地下2階、左手奥の執務室だ」
「? はあ…」
「早く行け、防護呪文を張っておくことを薦めよう ……まあ、お前には関係ないだろうが」

ぼそりと物言いたげな目で何かを呟くアブラクサスに首を傾げる。だが、それ以上話すことはないらしい「では、これで」とすたすた帰ってしまった同級生のドライな対応に涙しながら、わたしはいそいそとエレベーターに乗り込んだ。

(あれ…そういえばなんで、わたしがリドルに会いに来たってわかったんだろう?)

そんな疑問は、ちんっという軽快な音に掻き消されてしまった。

結論から言えば、リドルは約束の時間になっても訪れなかった。彼の気まぐれかと思ったが、いちおう魔法省に訪れてみようと思い足を延ばした次第だ。そしてその選択肢は間違っていなかったらしい、一人前にも金色のネームプレートが掲げられたリドルの執務室。そこをノックすると、ややあって「…入れ」という低い声が聞こえて来た。ひょっこり覗けば、不機嫌オーラ全開で書類を処理しているリドルが見えた。やっぱり、残業か。

「おじゃましまーす、」

ぱたんと扉を閉める。脇にズレてコートを脱いでいると、黒い瞳がちらりとわたしを一瞥した。笑って応えるも、言葉はなく直ぐに書類へと戻ってしまう。その様子は何時も通りで、ちょっとだけほっとした。仕事ならいいのだ、ケガをしてわけではなくて良かった。

脱いだコートを手にかけてどこか座っていられる場所はないかと探していると、ずるりと何かが這いずる音が聞こえた。なにかと視線を動かせばひょっこりとリドルの机の影から黒い鱗の蛇が顔を出す。

「ナギニちゃん!」

思わずきゃあと駆け寄ってしゃがみ込む。両手を広げれば、ナギニ…リドルの溺愛している大蛇がずるりと寄ってくる。そうしてゆるりと巻き付いてきてくれる可愛い子をよしよしと撫でた。

「ナギニちゃん…また大きくなって。これじゃあ昔みたいに巻いて歩けないよ」

ずっしりとした重さは命の重さだろうか。ナギニの予想外に重さに、わたしは巻きつかれぺたんと床に座るしかなかった。あれ、君こんな太ってたっけ?

「いや、レディに向かって太ったとか失礼だよね。ごめんね、ナギニちゃんは何時になってもかわいいですよ」
「うるさい」
「あ、 スンマセン…」

いつもの独り言であったのだが、ここはわたしの部屋ではないことを失念していた。ぴしゃりと打つようなお叱りをうけ、わたしは身を小さくした。ナギニにしいと唇に指をつけて言うが、彼女はゆるゆるとわたしを締め付けるだけだった。

どれくらいそうしていただろうか。かたと、何かを置くような音がした。ペンを走らせる音も止まる。すると、巻き付いて離れなかったナギニが、するするとどこかに行ってしまった。え、さびしい。喪失感に腕を摩りながら立ち上がった先で、リドルが溜息をついて椅子に寄り掛かった。学生時代より少し短く整えられた髪。その下で伏された目が、少しだけ疲れの色を濃くしていた。

「お疲れさま、残業だったの?」
「違う」
「じゃあ急なお仕事?」
「…どいつもこいつも無能ばかりだ」

忌々しそうな舌打ちと共に、黒い瞳に赤い光がチラついた。あ、これは相当怒ってるやつ。

「指示を待つこともできない犬以下の下等生物が、どうしてこの部署でヒーローを気取っていられるのか甚だ疑問だな。一度、採用基準を改める必要がある」
「リドルが試験官とかなにそれ鬼畜。やめたげなよ、新人入れなくなっちゃう」
「だが僕の目は確かだ。数がなくとも質があれば十分、有象無象のクズ溜めよりか余程良い。そうだろう?」

そういってわたしを見る黒い瞳は、絶対の自信と確信に満ち溢れている。間違いなどなく、間違えなど起さすわけがないというその表情が、魔法省にあるならこれ以上に逞しいものはないだろう。笑顔で大きく頷けば、リドルもまた満足そうに笑った。

(わたしも、リドルにとって質が良いもののひとつだといいなあ)

「おいで、ナギニ」

ニコニコ笑っていると、リドルがしなやかな動作で椅子から立ち上がった。
ウエストの絞られたハッキングシルエットが目に痛い。長い足を包み込む上質なブラックのパンツスーツ、深いガーネットのネクタイピンが良く栄える。学生時代からも少し伸びた背の高いすらりとしたリドルの体格に、イングリッシュ・ドレープのスーツは誂たように良く似合う。

すらりと長い腕が指揮棒(タクト)のようにイチイの杖を振った。するとリドルに寄ったナギニがひゅるりと姿を変える。変身呪文の応用なのだろう、2mはあるナギニが一瞬にして銀のブローチへと変った。その瞳にはトパーズが埋め込まれている。羽織ったローブの胸にそれをつけた。

「鈍間は置いて行くからな」
「え ああ、ちょっとまって!」

そういってあっという間に身支度を終えたリドルがスタスタと執務室を出て行く。慌ててその背を追いかけた。だがいかんせんコンパスが違い過ぎる、バタバタっと走るわたしに向けられる非難の視線に悲鳴を上げながらも、なんとかエレベーターの中で合流することができた。荒れた息を整える暇もなくコートにぐいと腕を通すわたしを、リドルの冷ややかな目が一瞥した。

「外はどうだ」
「寒いかってこと? 冷え切ってるよ、マフラーを持ってこなかったことを後悔したもん」
「防寒魔法を使えばいい」
「度が過ぎるとマグルが訝しむでしょう?」
「何のためにキングス・クロス駅で待ち合わせのか解らないな」

溜息をつくリドルだが、そもそも自分が待ち合わせ時間に遅刻し連絡1つ寄越さなかった件にはノータッチのようだ。相変わらずの横柄さに、ぐうの音のもでない。

「で、このあとどうする。何時も通りご飯でも食べる?」
「ああ」
「どこか予約しようか」
「必要ない」
「え、でも予約しないとどこもいっぱいじゃ…いつっ」

ぺちゃくちゃと喋っていると、ふいにリドルが振り返った。そしてぺちんと額を叩かれた。痛みに目をつぶった向うで、少し硬い声が「黙って、着いて来ればいい」と言うのと、ちんとエレベーターが目的地に着いたのは同時だった。

「り、理不尽…」
「『口は災いの元』というのは、君の国の諺だろ」
「相変わらず勤勉な事で…」

追撃の使用のない布陣に戦慄しながらアトリウムを抜ける。アトリウムの天井は、満天の星空へと変っていた。

(…きれい、)

藍色の美しい空に、幾光年の旅を終えた欠片たちが輝いている。今日を過ぎれば、二度と出会えないであろう欠片。今夜だけ輝く星たちが、全ての命を燃やす様に満天と煌めくその様子は、深くわたしの胸を打つ。___わたしも、そうでありたいと切望する。

(この命の使い方は、もうずっと昔に決めたから)

何時の間にか足が止まってしまった。少し前をリドルが歩いている、それだけのことがこんなにも嬉しい。本来なら絶対に会えるはずのなかった人、交わる筈のなかった運命。例えそれが歪であったとしても、わたしはこのめぐりあわせに感謝する。あなたに会えた、あなたに触れられる、あなたの隣で…その息吹に沿うことができる。

それを守り続けることができるなら、わたしはなにを犠牲にしても怖くはない。

(それはそれで問題か)

ホグワーツの教師たるもの、やはり生徒は優先しないといけないかもしれない。悶々と考えていると、雷のような声で「モカ!!」と呼ばれた。見れば、足を止めたリドルがこちらを睨みつけていた。早く来いと言外に告げてくる視線に、慌てて足を動かした。___動かした、つもりでいた。

「ごめ____あ、」

あれ。ぐいと踏み出した筈の足が、何故か動かない。
何か強い力に押さえつけられているような気がして、なんとなしに視線を足元にくれた。その先でわたしの目に飛び込んで来たのは…黒いタイツと同じくらい真っ黒な影がずるりとわたしの足を飲みこんでいる光景だった。

(_____あ、)

なぜか込上げたのは恐怖ではなく、すとんと心に落ち着くような得心だった。


_____「昼に盗まれたものを夜に、夜に盗まれたものを昼に」


頭に流れ込んで来たのは、懺悔の歌。それを理解した瞬間、まるで視えない穴に落ちる様にしてわたしの身体は闇に引きずり込まれた。影から這い出る亡者の手が鎖のように体を拘束するその一瞬、リドルが見たことのない顔で杖を抜きだしたのが見えた。だが遅い、それよりも早く…わたしの身体は、飲みこまれる。



ずるんと、夜に堕ちた。



__________「そうして神は、あなたに償いを求めるのだろう」



歌は続いた。薄れる意識の中で、わたしの手に何かが触れたような気がした。
→ next stage ...?


back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -