魔法 | ナノ

彼女限定王子様なトム・リドル


「モカ、魔法生物飼育学なんてとったの?」

真新しい教科書が積まれたベッドを見て、同室の友人アメリア・ボーンズが信じられないという風に言った。
きっちりとアイロンのかかった真新しいシャツを着て、まるで汚いものを見る様にわたしの教科書を摘まみ上げる。

「…アメリア、またおっぱい大きくなった?」
「どこみてるのよ!」
「だって心なしか休み前よりシャツの盛り上がりが…いたっ」
「お黙りなさい破廉恥な!!」

真っ赤な顔でアメリアが思い切り教科書を投げつけて来た。幸いにも角ではなく面で当たったから痛みは酷くない、酷くない…痛くない訳ではなくて。「いたいよあめりあ」とぐずぐず泣いて見せるも、わたしから守る様に胸の前で腕を組んだアメリアはきっと鋭い目で続けた。

「魔法生物学なんてナンセンスだわ! 選択すべきは魔法執行法よ。今からでも受講表を提出しなおすべきね」
「うん、アメリアは頭が良いから法律家にもなれるよ。わたしはそういうのは苦手だからなあ」

えへへと頬をかけば、アメリアが怪訝な顔をしてわたしを見た。
そして至極真面目に、ゴーストでも見るような顔を尋ねて来た。

「…どうして、あなたみたいなミス残念が、あの“王子様”と仲良くできるのかしら」
「んー…それはわたしも不思議には思ってるよ」
「悪いけれど、これはホグワーツ全生徒の不思議よ。あなただけの問題じゃないわ」

しれといいながら、わたしのベッドに座ったアメリアが身体を伸ばしてピンと額にデコピンをくれる。いたい。でもアメリアは「おかしな話よね」と眉を顰めているばかりだ。

「…とりあえず」
「なに」
「アメリアが王子様って褒めてたよって伝えるね、トムに」

ニコリと笑ったのに、返って来たのは「余計なことしないで」という叱咤と頬を抓るお仕置きだった。なんでだろう、善かれと思って言ったのに。





三学期が始まって初めての朝食だ。不機嫌なアメリアを連れて大広間に入ると、既に多くの生徒が食事を始めていた。休暇中の思い出を楽しそうに語っている。その合間を抜けて、アメリアと共にカナリア・イエローの旗の下に座った。コップいっぱいのオレンジジュースで喉を潤し、スクランブルエッグとベーコンをトーストにたんまり乗せて口に含んでいると僅かに生徒のざわめきが色めきたった。グレープフルーツジュースをちびちびと飲んでいたアメリアが意味有り気な視線をくれて、つんつんとストラップシューズのつま先をノックしてくる。だが、あいにくわたしはトーストをほほばるのに忙しい。

もごもごしながら何かと首を傾げるが、アメリアは諦めたように首を回してゴブレットを仰いだ。え、なんでそんな顔をするの。気になってトーストを噛み切ると、ぽろりとスクランブルエッグが落ちた。あ、と目の端で落下する黄色い塊を視線で追うと、黒いローブが見えた。裏地はグリーンだ。そして、わたしはわたしに用があるスリザリン生はひとりしかしらない。

「ほむ」
「……食べてからでいいよ、おはよう」

見上げた先で、深い緑の光沢をもつ黒髪がさらりと揺れた。休暇を経て少し伸びたように思う。出会ったころより引き締まり。男らしい線を帯びてきたフェイスライン。こちらを呆れたように見る黒い瞳を見つめれば、“王子様”ことトム・リドルは「まるでリスだな」と小さく笑った。

「同感ね」
「賛同してくれて嬉しいよ、ミスアメリア。久しぶりだね、休暇はもちろん君にとって有意義なものだったのだろう」
「ええもちろん。でも残念なこともあるわ、」

かたりとアメリアがゴブレットを置いた。そうして冬の湖よりも冴えた青い瞳が、射抜くような眼孔でリドルを見抜いた。わたしはトーストをもぐもぐした。

「とても充実した休暇だったから、きっとホグワーツに戻る頃にはあなたのそのうすら寒い顔も少しはマシになってるかもと期待したのだけど…とっても残念だわ」
「それは悪いことをしたね。次からは期待に沿えるように努力するよ…まあ、つまり。君は来年も僕の顔を拝まないといけないというわけなんだけど…… モカ、もう食べない。僕と話しをして」
「あ、うっかり」

仲が良い二人を見ていたらすこしぼんやりしてしまったらしい。無意識に運んでいた二口目は、やんわりとリドルの手に止められてしまった。それどころか、ひょいとトーストを長い指が奪い、適当な余所の皿の上に置かれてしまった。わ、わたしのトースト…!

「随分と惜しい顔をしてるね。休暇前にも言ったけど、その調子で食べていたらあっという間に太るよ?」
「お腹が空いている方が切ないよ?」
「うん、それは僕もそう思う。だけど、お腹が満たされるのと、動けなくなるほど食べることは違う。___それでも、修道士のようになりたいというのなら僕は止めないけれど」
「うぐっ…」

タイミングよく、我が寮のゴーストが音もなく過ぎ去った。その手には樽のように大きなゴブレットが握られていて、修道服が破れそうなほど大きなお腹が揺れていた。わたしは無言でゴブレットに手を伸ばした。それを見てリドルが「良い子だ」と楽しそうに笑った。

「トムは…もうご飯食べたの?」
「ん? 君が大広間に訪れた時にはね」
「食べ終わったなら談話室に戻りなさいよ」
「すまない、アメリア。僕は君よりも少し友人が多くてね、談話室に戻る暇がなかったんだ」

そういって笑うリドルの顔は申し訳ない儚げな美少年のそれだ。アメリアがそれを真正面から受けてゴブレットを握り締めた、その表情は凍りついている。あれ、ゴブレットが少しだけ歪んで…アメリアの握力はんぱないなあ…。

「あ、休暇で思いだした」

取り皿にフルーツを乗せながら話に割り込んだ。リドルが「…結局、食べるんだね」と小さく呟いていた気がするが、多分気のせいだ。

「トム、今度の夏休暇はどうするの?」
「特に予定はないけれど…どうかした?」
「うん。うちのママが『今年はどうしてトムくんが来ないの!』『ブランクス家が嫌いになったのね!』って。 列車乗る時も『来年こそは必ず連れて来て!』って念押されたの」

実際はそんな可愛らしいものではなく。一人で帰ってきた我が娘を見ての第一声が「トムくんはどこ!?」だったし、列車に乗る前は「ぜったいよ!!」と何度も体を揺さぶられて危うく吐きそうになるほど熱烈だった。

モカの生家ブランクス家の女当主ホライは、一年生の頃にモカが連れ帰った同級生に熱を上げていた。それは上の姉たちも同じで、特にホグワーツを卒業している長女と次女が、酷くガッカリしていた。心なしか父もしょんぼりしているように見えたので、トムが我が家に齎す影響力たるや怖ろしいものがある。

むっと口をつむんでリドルを見ると、彼は少し黙ったあとふにゃっと顔を柔らかくした。そうしてどこか熱に浮かされたような顔で言った。

「そっか、うん。うん、今年はモカと一緒に帰るよ。約束だ、」
「うん。お願いね」
「ああ、もちろん。…ねえ、モカ」
「ん?」

「モカは、僕がいないから寂しくてしょうがなかったんだね」

疑問ではなく断定。強い言葉尻に思わず瞬きの回数が増えた。アメリアが凄く鋭い舌打ちをしていた。
一瞬考えた後、わたしはこくりと頷いておいた。そうするとリドルの周りに見えない花がぶわりと舞った気がした。え、新しい魔法?

ぼけっとしているわたしに、リドルは満足そうに笑って「詳しい話は後で。じゃあね、コフィ」と頬にキスをしてくれた。軽い悲鳴が後ろから上がったが、しっかりとリドルに腕を掴まれた所為で確認できなかった。

颯爽を大広間を抜けるリドルの背中を見送っていると、アメリアがとても嫌そうな声で言った。

「ああ、わかったわ。あなたが王子様と仲が良い理由」
「ほんとに、アメリア?」
「ええ。あなたが王子様と仲良しなんじゃなくて、彼が“あなたのための”王子様なのね」

それはロマンチックな言葉だった…アメリアが人一人殺しそうなほど邪悪な顔をしていなければ。ゴブレットが完全に拉げたので取り敢えずハンカチを渡して置いた。

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