魔法 | ナノ

ホグワーツ行きたくない娘と許さないパパリドル


※娘名固定「エステル(愛称エリー)」


「いやだあああホグワーツなんていきたくないーーーー!」

娘の叫び声に、本を読んでいたトムの眉が跳ねた。
同時にサイドテーブルに置いてあったマグカップにヒビがはいる。その様子を横目で確認しながら、わたしは膝の上で泣いている娘エステルの背を撫でた。

「エリー、どうしてそんなことを? 魔法なら誰よりも上手に使えるじゃない」
「そういう問題じゃないわママ!これはゆゆしき事態よ!」
「そうなの? ママ、エリーやトムと違って頭が良くないから解らないわ。ママに解るように教えてくれる?」

穏やかに言えば、エステルがゆるゆると顔を上げた。汗ばむ黒い髪を撫でれば、きゅうと結ばれた口端がわずかに緩んだ。父譲りの黒曜石の瞳がちらちらと赤く瞬いている。

「うぅ…だって、今年は…」
「うん」
「…今年は、嫌な奴がいるのよ…きっと運命の女神はわたしのことが嫌いなの、絶対に同級生になるわ」
「うん?」

きゅっと抱きついて来るエステルは可愛らしいことこの上ないが、ちょっと何をいっているのか解らない。助け船を求めてトムを見れば、黒い瞳がじとりと見返してきた。言外に自分でどうにかしろと言われているのは解るが、娘相手に開心術を使うのは気が引ける。まあ、トムは容赦なくわたしに使うけど。

それでもお願いしますと視線を送り続ければ、トムがわざとらしい溜息と共に新聞を畳んだ。そうして冷たい氷のような声が「エリー」という。エステルの背中がびくりと跳ねた。

「…なに、」
「父親に向かってなんだその口の聞き方は。 お前は、自分の振舞いに問題があることを自覚すべきだな。例のあれも自業自得の結果だ」
「!」
「…アレ?」

首を傾げるモカを、エステルがすがるような目で見上げる。だが、トムは気にした様子も見せず長い足を組み替えて淡々と続けた。

「先日、魔法省に来ただろう」
「ああ、エステルと一緒に…手続きをしに行った日のことね」
「その時、僕にエリーを預けただろう。その後でブラックと会った」
「ブラック…オリオンね」
「ジュニアを連れていてね、彼はどうにもエリーと馬が合わないらしい」
「パパ!!」

行き成り大声をあげたエステルにも驚いたが、それ以上にモカは予想外の報せに心打たれた。なんだそれは、そんな素敵なイベントがあっただなんて聞いてない!

「オリオンの息子といえばシリウスね! とってもハンサムだものねっエリーってば照れちゃったの?」
「違うわ!ぜんっぜん間違ってるわママ! わたしは上手くやったし、それにシリウスなんて知らない!」
「弟の方だ、レギュラス・ブラック。エリーと同い年だった」
「まあレギュラス!」
「パパ!黙って!!」

エステルがトムに噛み付くが、トムは何処に吹く風だ。モカも手を叩いて「どうしてステキな報せじゃない!」と笑った。

エステルはどうにも、身も内も完全無欠な夫トム・リドルに似たらしい。エステルは家の外では、常に優秀で非の打ちどころがない完璧な娘だった。トムはその様子を「厚顔」と鼻で嗤うが、根っからハッフルパフ気質のモカからしてみれば誇らしい事この上ない。だが、同時にとても心配なのだ。

それはつまり、父親の悪いところも受け継いでしまったということ。トムも猫かぶりをさせたら右に出る者がいないが、その分ストレスをどうにも内に抱え込む癖がある。学生時代は、それが溜まる度に空き教室に引きずり込まれて文字通りボロ雑巾になるまで付き合わされたものだ…あ、ちょっと涙が…。エステルも同じようで、家に帰ると癇癪を起こし我儘が酷くなった。まあそれは良いのだ。逆に年相応で母親としてはほっとする。…だが、彼女のこれからを思うと、トムにとっての自分のような人生のパートナーが早急に求められて止まない。

(わたしが変な気を回すまでもなかったわね。まあ、まさか相手がブラック家の末子だとは思わなかったけれど)

トムが、そんなモカの心を読んで気が早いと言うように笑った。いやいや、これは大変なことだ。あの良い顔しいのエステルが、初対面で。それも人の多い魔法省で、本性を発露させたなど、それはまさにモカが望んでいたことに違いないのだ。

「ブラックは代々スリザリンだし、エリーもトム似てるからきっとスリザリンよ。良かったわね、同じ寮になれて」
「だからホグワーツには行かないって!! わたしはボーバトンを受験するわ!」
「僕は許可しない」
「ママ的にもダメー、うふふ。今年はブラック家のホームパーティーに一緒にお邪魔しましょうか。ママもレギュラスくん見てみたいなあ」
「ママのばか!!あんぽんたんきゃんっ」

顔を真っ赤にしたエステルがニコニコ笑うモカの髪をぐいとひっぱったが、次の瞬間には体が宙に浮き見えない手に放られるようにしてカーペットの上を転がった。誰がやったかなんて問うまでもない、足を組み替えたトムがいつの間に取り出した杖を優雅に振った。

「まあ、とにかく…」

ふわりとモカの身体が宙に浮く。驚かず騒がず、大人しく浮遊感に身を任せていると当たり前のようにトムの腕の中に導かれた。一人用のソファに座るトム、その膝をかりると腰に逞しい腕が絡んだ。それに手を重ねながら、ぶすりとしているエリーにモカは続けた。

「ホグワーツにはYESの手紙を返しておくわね。今から楽しみねぇ、トム」
「楽しいのはモカだけだよ」
「エリーも楽しみよ、ねっエリー」
「楽しみなんかじゃない!!」

ニコニコ笑う母親に、エステルが怒鳴った。顔を真っ赤にして、顔を口いっぱいにしてエステルは叫ぶ。

「ぜっっったいにホグワーツなんていかないんだからあーーーー!」

静かなイギリスの夜に、小さな星が輝いている。トムが「うるさい」とエステルの口を魔法で閉じてしまうが、モカはずっと楽しそうに笑っていた。

back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -