魔法 | ナノ

トム・リドルが上から目線で慰めれない


「…で、言いたいことはそれだけか?」
「…」

ことりと、リドルはカップをソーサーへと戻した。
揺れる赤茶の鏡が、リドルを映す。流れる黒髪に白磁の肌、凛とした切れ長の瞳とそれによくそぐう洗練された体躯。魔法使いの証である黒いローブが誂えたようによく似合うスリザリンの優等生を前に、わたしは二の句を紡げずにいた。

「完全に自己責任だな。お前の能力不足は今に始まったことじゃない。それをわかっていながら、自分の身の丈に合う仕事を選ばなかった上に、選んだ仕事に対して相応の成果を出せるように励まなかっただけだろう。その上で、もし仕事が上手くできないなどと嘆いたのなら、まだ馬鹿馬鹿しくて可愛げがあるが、…なんだって?職場の人間関係?コミュニケーション?そんなのそれ以前の問題だ、話すにも値しない」
「…」
「それをわざわざ『愚痴をいいたい』と前置きをしているあたり、お前という人間の底の浅さが見えるよ」

すうと、黒い瞳が辛辣さを増していく。見えない刃となって彼の視線がわたしに突き刺さってくる。そうでなくても、彼のあけすけな言葉…まったくの正論は、さきほどからナイフとなってわたしの見も心も…わずかなプライドさえもズタズタにしているというのに。これじゃあぼろ雑巾になってしまう。

そしたら、本当に使い物にならない役立たずじゃないか。

「はあ…わざわざこんなことのために時間を割いたのか。こんなことなら、図書館にいって禁書のひとつ漁っていたほうが比べる間のなく有意義だった」
「…ご、ごめ」
「それは貴重な僕の時間を割いたことへの謝罪か。それとも、寄る辺もない自分への慰めの言葉か?」

言葉が詰まった。それが答えだった、
俯き、沈黙してしまったわたしに、リドルが重いため息をついた。限界だった。酷い辱めだった。自分が惨めだった。

「…」
「…これに懲りたら、もう二度とバイトなんてものはする」
「もう二度とリドルには相談しない」
「…は?」

妙に宙にういたリドルの声に気づかずに、わたしはきっと顔をあげた。恨み辛みいろんなものを理不尽に乗せた視線をリドルに突き刺して叫ぶ。

「そうよ、わた、わたしが悪いのよ!全部全部わたしの自業自得だもんっ!」
「な」
「で、でも、だからってそんな風に怒ることないじゃん!!わたしは慰め…そ、そりゃあわたしが悪いわよ、そんなこと百も承知よ!でも、でも慰めて欲しかったの!だからリドルのところに着たのに____バカ!!こンの朴念仁!」

言うだけいってわたしは走った。うしろで「モカ!」とぴしゃりと打つような声が聞こえたが無視だ。ああもう後が恐いけど無視だ!もう嫌い。

「リドルなんて大嫌い!!」

ああもう後には引けない。
パニックからとんでもないことを口走りながら、わたしはスリザリン寮まで走った。そうして談話室を抜けて、一気に女子寮の階段を駆け上る。そうして部屋に逃げ込み、そのままぼすりとベッドに倒れて…大声で泣いた。

幸い、いまは冬休暇中で同室の子はいない。同室の子どころか、ホグワーツには学生がほとんど残っていない。みんな今ごろ、地元で楽しい冬休暇の真っ最中なのだ。

(それなのに、わたしは…)

わたしが残ったのは、リドルが残っていたから。
孤児院が嫌いなリドルは、夏休暇以外は梃子でもホグワーツから出ようとしない。だからといって、実家に誘う勇気もなくわたしは惜しむ家族を振り払ってホグワーツに残った。自分で言うのもなんだが、わたしはリドルにとって数少ない友人だと自負している。だからすこしでも、わたしの存在が彼の慰めになればと。

いや、嘘だ。本当は傍にいたかっただけ。
リドルが好きだから。理由をこじつけて、彼の傍にいようとしたのだ。

(その結果が、これか)

休暇中とあることを思いついて、わたしは校長に申請書をだして冬季期間中のアルバイトを始めた。ホグズミードの簡単なアルバイトだ。…それで稼いだ給金で、リドルの誕生日を盛大に祝いたかった。

でもそれも、もう過ぎてしまった話だけど。

「…ぐず、あだしのばがぁ…」

いらない維持など張るのではなかった。もとよりない見栄を繕うのではなかった。
後悔後に立たず、もう何もいっても遅い。おそらくぜったい、わたしはリドルに嫌われてしまった。せっかく仲良くなったのにもう全部だめだ。おじゃんだ。

もう、なにもかもおしまいなんだ。

「…う、」

そう思うと酷く悲しくて、わたしはまた声をあげて泣いた。どうせ誰にも聞こえはしないのだと、大声で泣いた。もういっそこれがリドルに聞こえて、彼が罪悪感に苛まれればいいとさえ思った。酷い女だ。自己中心的な女だ。こんな女___リドルに好いてもらえるわけもない。

わたしはわんわん泣いた。そして、泣く体力もなくなると倒れるようにして眠った。

翌日。目が覚めると、酷い頭痛がした。重い体を引きずると目が真っ赤に腫れていてブズが拍車をかけてブスになっていた。これはもうトロールだ。絵本に出てくる醜い沼地の魔女よりも酷い。昨日散々なことがあったのにこれだ、もう本当についてない。

とりあえずお風呂に入って、新しい服に腕を通した。そのころには忘れていた空腹を思い出した。あ、そういえば夕飯食べてないっけ。バイトから帰ってきてすぐにリドルにぐちって…ああなったから、忘れてた。そもそも、大広間にリドルと行ったのは夕飯を食べるためじゃないか。

「…まだ、早いけど…屋敷しもべに頼めばなにかくれるかな…」

朝食の時間にはまだ早いが、空腹には勝てそうにない。
厨房に行くには談話室を通る。それはリドルと鉢合わせる可能性があるということで…それを思うと、ずくずくと胸がきしんだ。でももうどうしようもない。きっと会えたとしても、無視されるか酷い拒絶をうけるのどちらかだ。

(嫌い、なんていちゃったんだもん。仕方ないよ、)

期待など、するだけ無駄だ。
昨日も、それを散々に思い知ったばかりじゃないか。

そこまで思うと、気持ちはずんと落ち込んだ。でもその分、諦めがついた。元気が入らないが、それすら空腹のせいだとこじつけてわたしは扉を開いた。だがそれはすぐにこつんと音をたてて止まってしまう。なんだろうかと見上げた先で、信じられないものをみた。

「!!?」

パニックを起こして、思わず思い切り扉を閉めてしまった。
だがそれは直前に戸口に滑り込んできた革靴に遮られてしまう。綺麗に磨かれた靴が視界にちらついている。あわわわわわと全身が震えた。どうしようどうしようどうしよう、それでも体は全体重をかけて扉を閉めようと躍起になっているのだから、素直なものだ。

「っ、…何時までそうしているつもりだ」
「な、え、な、なん、リド、」
「いいかモカ、そのクソの役にも立たない耳を欹ててよーくきけ。今、直ぐに、その手をどけろ。しゃっくりの度に川魚を吐きたくないないだろう…」

ひどい脅しだった。
わずかな隙間から見えるリドルの目がうっすらと赤い色を帯びている。その手にはしっかりと杖が握られており、わたしはさあと顔が青ざめるのを感じた。この人本気だ…!しかもすごくえげつない呪いをかける気満々だ…!

(で、でも…リドルに会いたくない!)

というか、なんでリドルここにいるんだ!?ここ女子寮だよね。男子禁制のはずですよね副校長!ぐるぐるぐるぐると思考を迷わせながらも、わたしはことの元凶がすでに見えていた。いつも飄々と笑ってレモンキャンディーを押し付けてくるアイツが犯人に違いない。

「〜〜〜〜っ、わ、わかった。ゆ、緩めるから早く出てってね!」
「なぜ僕が出ていかないといけないんだ。お前が出て行け」
「ここわたしの部屋だよ!?」
「ハッ」

鼻で笑われた。
ショックで一瞬茫然自失してしまったのが悪かった。その一瞬の隙を、リドルが見逃すはずもなく、すばやく杖をクイックさせる。次の瞬間、不可視の力が加わった扉が大きく震えあがりがばりと開いた。

「あ」
「…」

扉は内開きだ。つまり、わたしは思い切り廊下に放り出された。

「入るぞ」
(……もう入ってるし)

スタスタと何の躊躇いもなく部屋に侵入する足音を聞きながら、わたしはじんと痛む額を押さえた。こんにちはした廊下の壁をとりあえず殴っておく。痛いんだよこんちくしょう!…叩いた手の方が痛かった。

「…これに懲りたら、もうアルバイトなんて止めるんだな」
「え…?」

聞こえた言葉の意味が良くわからなくて、ふりむけば。リドルが苦々しい顔をしてわたしを見ていた。

「懲りただろう、これで」
「え、あ」
「アルバイトなんてしても何もいいことなんかない。モカのような要領もわるければ対して人が好きなわけでもなく、円滑な人間関係も築けないどうしようもない不器用にはそんなこと無理なんだ。せめてクッキーのひとつ焦さずに焼けるようになってからにしろというものだ」
「そ、それとこれとは関係ないでしょ…!」

リドルがハロウィンに盛大に失敗した代物を暗に指しているのだと悟り、かあと顔が赤くなった。あれはたまたまだ!いつもならそんな失敗しないもん!魔法界のよくわからない材料のせいだもん!

「…挙句の果てに、僕のことを嫌いとかいう」
「! ぁ、」
「どんな報復があるか、思い及ばないわけでもなかったんだろう」

すとんと(人の)ベッドに腰を落として、どこか酷く呆れたような声でリドルが言う。次いで着かれたおもーいため息に、わたしには見えない重石がどんどんのしかかってくるような気がした。…暗に、謝れは許さないわけでもないと言われているのだろうか。

「これでわかっただろう。お前にとって、アルバイトなんて何の生産性もない。むしろデメリットばかりの無意味な行為だ。わかったならとっとと止めろ。これは命令だ、いいな」
「そ、そんな急に…」
「お前の本分は学生だろう。そう教師に諭されたといえば、あちらも納得する。お前は僕の言葉にYESと頷けばいいんだ」
「…でも、」
「毎日まいにち、アルバイトから帰ってくる度に死を宣告された患者のような顔をしている人間を迎える身にもなってみろ。なんだ、今朝も良い“死に”日和だとジョークの一つでも飛ばせ良いとでもいうつもりか」
「そこまでは、ない、けど」

「なら黙って、僕の言うことに従え。第一、そんな嫌なものを続けてまで割きたいほど、僕といる時間は退屈か」

組んだ足に頬杖をつき、じっとこちらを見つめてくる瞳にもう激怒の色はなかった。
変わりに酷く真摯な色を秘めている。熱い視線に曝されながら、わたしはぽかんとまぬけに口をあけていた。たっぷり十秒ほどおいて、質問の意図を漸く理解したわたしは全身が燃え上がるように熱くなるのを感じた。

「なっ…なっ、!」
「…ふーーん………」

おもいっきりうろたえるわたしに、リドルが物ありげな相槌をうった。その瞳は以前見たことがるような気がする。え、えっとなんだっけ。これは、えーっと、

「………なるほど、ね」

言って、リドルは酷く楽しそうに笑った。
口の端をあげて、目元にしわを寄せる笑みは滅多に見られない本当の笑顔だ。その壮絶な愛らしさにばくんっと心臓が跳ね上がった。

「あ、い、いまわ、わらっ…!」
「…さあ、どうかな。ああ朝食の時間だ、大広間に行くか」
「わら、った!」
「だから知らないといっているだろ。ほら、」

すくりとベッドから立ち上がったリドルがついと手を伸ばしてくる。それがどういうものかなんて直ぐにわかった。熱い体が更に拍車をかけて熱くなる。きょ、今日はなんなんだ!サービスしすぎだろ!

「ど、どうせ取ろうとしたらひっこめるんでしょ!」
「お前は僕をどういう人間だと思ってるのか良くわかった。…だが、今日は機嫌が良いからな。英国紳士らしく優しくエスコートしてやらんでもない、」
「う」
「どうする、モカ?」

そういったリドルは、真っ赤な顔のわたしをもっともっとと熟するような、とろけそうな微笑を浮かべていた。あーあー!

こくりと息をのんで、そろそろとその手を取る。重なった手の温度はいうまでもなく酷い差で、リドルは楽しそうにくすりと笑った。

「良い子だ(Good Girl.)」

犬じゃない!…と、突っ込む気力は、もうなかった。

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