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一仕事した後のワタルさんがニビあられをくれる


雨音に混じる、静かな夜を裂くような雷の音。

びくりと飛び起きては、隣で眠っていたワタルさんにベッドの中に引き戻された。わたしの頭を枕の上に倒すと、大きな腕が抱きしめて大丈夫だというように髪を梳いてくれる。

まるで子ども扱いされているようで気恥ずかしい…決して怖いわけではないのだ。ただあまりに大きな音に何事かと驚いてしまうだけ。だけど伝えたところで言い訳になるような気がして、込み上げる言葉は呑み込んで彼の腕の中で蕩けるようにして眠りについた。





「どうー、ワタルさん!」

朝、雨戸を開けたら大きな水たまりの上に、黒い石の塊のようなものが落ちていた。正体が分からず首を傾げていたら、洗面所から出てきたワタルさんが瓦礫であることを教えてくれた。どうやら昨夜の雷雨で、屋根瓦の一部が割れてしまったらしい。

カイリューに手伝ってもらい屋根へと上がったワタルさんの帰りを待ちながら、うろうろと動き回る。様子が見えないので気になって声をかけると、ひょっこりと赤い髪が顔を出してくれた。

「離れてくれ」と言われたので大人しく従えば、屋根に手をかけて慎重に降りてくる。だが昨夜の雨でぬかるんだ地面には敵わなかったようで、降りた衝撃でサンダルに泥が入ったのかワタルさんが心地悪そうに顔を顰めた。

「どうだった?」
「ああ、やはり何カ所か割れていたな。大きいところは業者に頼んだ方が良さそうだが、小さいところは俺でなんとかできそうだ」
「俺って…ワタルさんが直すの?」

予想しなかった返事に尋ねれば、ワタルさんはなんともないというようにああと頷いた。

「道具なら蔵にある」
「…ねえ、それって大変な作業じゃないの? 直ぐに何かしなくても良さそうなら、ワタルさんがやらなくても業者の人に」
「昨日の今日だ、他にも被害が出ている家屋は多いだろう。連絡して直ぐに来てもらえるかも解らない、直せそうな所は俺が …、違うか」

ワタルさん手で少し口元を揉みながら、言葉を選ぶ。

「昔良く実家の修繕に付き合わされたから慣れた作業だ、少し手間はかかるが問題ない」
「…それなら良いのだけれど」

ただでさえ多忙な人に仕事を増やしたくないという、わたしの心情をくみ取ってくれたのか。ワタルさんが返してくれた言葉に少し安堵したが…やはり喉の奥につかえるものがある。

肉体的にも精神的にも、色々と背うものが多い人なのだ。…この家に居る時くらいは、穏やかで在ってほしいと思っているのに。わたしではまだまだ未熟で、それだけのことが上手くできない。

「わたしも、瓦屋根を直せるように勉強する」

ぼそりと呟いた言葉に、縁側に座ってサンダルをひっくり返していたワタルさんが目を丸くする。「…いや、普通に…俺がいなかったら業者を呼んでくれ」頼むから、強い言葉で付け足すワタルさんに、カイリューが同意するように大きく何度も頷いた。

なんだかちょっと釈然としない。2人とも、わたしが何もできない女だと思っていないか。

ぷんすこしながらワタルさんの足を拭くタオルをとりに屋敷へと上がる。だからそんなわたしの後ろ姿を見て、ワタルさんとカイリューが困ったように視線を交わしていたことを、知る由もなかった。

朝ごはんを終えると、ワタルさんは早々に修繕作業に取り掛かった。ポケモンたちに手伝ってもらい、蔵から代わりの瓦やハンマー、必要な道具をテキパキと用意する。その様子に迷いはない、どうやら実家の話の下りは本当だったようだ。

「ワタルさん、わたしも何かお手伝いを」
「ハクリュー」

軍手をはめたワタルさんの一声で、屋根の上を浮遊していた筈のハクリューがするりと家の中に入ってきた。長い尾でわたしの身体に巻き付くと、青い鱗に覆われた頬を擦り付けてくる。すこしヒンヤリとしていて最初は驚いたが、何度も甘えるよう繰り返す仕草に絆されてつい頭をなで…は、違う。そうじゃなくて。

「ワタルさん」

庭にいるワタルさんに呼びかけるも、彼は当たり障りなく笑うだけで言葉をくれない。埒が明かないので傍に行こうと立ち上がれば、ハクリューがダメとでもいうように鳴いて元の場所に引き戻す。これはつまり…そういうことでしょうか。

こちらの様子など知らないと言う様に、背を向けて淡々と準備をするワタルさんをぎっと睨みつける。ポケモン並に気配に敏感な人が、わたしのそれに気づかない筈がない。それでもこちらを見ないから、少し強い口調で声をかけた。

「わたしはそんなに信用ないですか」
「…いや、これはどちらかというと俺の問題だ」
「ワタルさんの」
「手伝ってくれるという申し出は嬉しいが、君がケガをしないか心配で作業どころじゃなくなるのは目に見えている」

危ないだろう、と電動サンダーをこつんと叩く。…だから、わたしはそれ以上は何も言えなかった。

大人しく畳の上に戻ると、ハクリューがわたしを中心に蜷局を巻くようにして体を落ち着かせる。隣に寝転がっている額を撫でてあげると、ハクリューは歌うような声で鳴いた。それを見たワタルさんが安心したように息をついて、修繕作業へと戻っていく。

割れた瓦を外して、電動サンダーで替えの瓦を同じ形に成形する。作業としてはそれだけで足りるらしいが、隙間なく埋め込むための削りの調整がやはり素人には難しいらしく。ワタルさんはカイリューに手伝ってもらって、何度も屋根と庭を往復して漸くのことひとつ瓦をはめ込める…あとはこの作業の繰り返し。

ワタルさんが満足そうな顔でカイリューと共に屋根から降りてきた頃には、もう昼に差し掛かっていた。

奥間のキッチンでお昼ご飯の用意をしていた手を止めて顔を覗かせると、すこし汗ばんだ額をタオルで拭ったワタルさんがわたしを見つけて笑った。

「ひとまず大丈夫そうだ、午後に業者に連絡しよう」
「わかりました、おつかれさまです。カイリューもお手伝いありがとうね」

カイリューが翡翠色の羽根を伸ばして大きく鳴いた。水道で汚れを落としているワタルさんに、飲み物と近所の方から頂いたニビあられを盆にのせて持っていく。昼ご飯はもうすぐできるので、それまでのつなぎだ。

「ニビあられか」
「新作らしいです、季節限定の味だとか」
「ほう」

興味があるようで、縁側に座る前にひとつわたしが持っている盆の上から摘まんで口に放った。どうやら気に入ったようで、ワタルさんの口元が少しだけ弧を描く。

するともうひとつ摘まみ上げて、わたしの口元に近づけてくる。素直に口を開いて、彼の指を咥えないように気を付けていただく。さくりとした食感に、ほんのり広がる甘みと柑橘の香り。美味しくて思わず顔が蕩けてしまう、それを見てワタルさんが「うまいな」と嬉しそうに笑った。

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