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ワタルとタマムシ百貨店に買い物に行く


10歳の誕生日を迎えてから、ミシャはひとりでポケモンに騎乗するようになった。
それまではライドギアを装着したカイリューにワタルと2人で乗ることが基本で、最初は後ろに誰もいないことが不安で仕方なかった。

いつも背中に感じていたワタルさんの熱が恋しくて泣きそうになる度に、困ったようにチルタリスが鳴く。白い嘴を擦り付けて、透き通った鳴き声がメロディのように響く様はまるでミシャを慰めてくれているようだった。彼に毎日励まされ、拙くも一人と一匹で空を飛べるようになったのは___つい最近のことだ。

「ミシャ、準備はできたか」

シューズを履いて玄関から出ると、ワタルさんが迎えてくれる。ワタルさんの隣には、すでにライドギアを装着し終えたカイリューとチルタリスが控えていた。どうやらわたしが最後らしい、慌てて「はい!」と答え玄関のカギを閉める。

「補助は必要か」
「いいえ、大丈夫です」
「良い子だ」

チルタリスの傍に寄ると、綿雪のような翼を広げてわたしを背中へと招いてくれる。だが、わたしはまだワタルさんのようにスマートに跨ることはできない。

身丈がないので、1人でよじ登ろうとするとチルタリスの柔らかい羽毛を引っ張ってしまうことになる。それを解っている賢い子は、わたしが登りやすいようにと頸を擡げ、趾(あしゆび)で階段を作ってくれる。

差し出された趾に慎重に足をかけると、あとはチルタリスが首元の低い所にわたしの身体をぐいと押し上げてくれた。その勢いで転げそうになるのを堪え、身体を反転させライドギアに座る。

落下防止用のベルトとライドギアをループで繋ぎワタルさんを見る。するとそれまで黙っていたワタルさんが手を伸ばし、ぐいと数度ロープを引いた。接合や安全性に問題ないかの最終チェックだ、万が一不備があれば…わたしはチルタリスの背中から真っ逆さまに落下して地面と仲良しになってしまう。こわい。

「良し、問題ない。ギアの装着にも慣れてきたな」
「ワタルさんに沢山教えてもらったから」
「そうだった」

そう言って笑うと、ワタルさんの大きな手がぽんと髪を撫でてくれた。わたりとチルタリスから少し離れたワタルさんがカイリューを呼ぶと、山吹色を纏ったドラゴンが寄ってきて大きな体を屈めた。それでも身丈ほどあるカイリューの背に、ワタルさんは一息で飛び乗り、慣れた手つきでライドギアにループを装着する。

「今日の空は穏やかで向かい風も少ない、時間にも余裕がある。俺とカイリューが後ろに続くから、ミシャのペースで飛んでみなさい」
「わたしの… えっと、80kmくらい?」
「ああ、100kmまでなら出していい。だがそれ以上は出さないように」
「わかりました」
「セキエイからタマムシまでは120kmくらいだな、…まあ一時間半と言ったところか」

ワタルさんの話を聞きながら、ライドギアのホルダー装着したポケナビの設定を変更する。ゴーグルを着けてイヤホンの位置を調整すると、同じようにゴーグルを装着したワタルさんが手を挙げて合図する。準備は良いかのサインに頷いて、ライドギアのハンドルを確かめるようにぎゅうと握った。

チルタリスの頸を一定のリズムで叩く、これがワタルさんに教わった飛行の合図だ。すると綿雪の翼が大きく膨れ上がり、広がった翼が風の上昇する方向を見極めて打ち下ろされる。その勢いで空気が押し上げらることで、チルタリスの身体がふわりと宙に浮かんだ。

そのまま飛翔するチルタリスの下で、同じようにカイリューが翡翠色の翼を広げ力強く羽ばたく。後に続くようにゆっくりと上昇するワタルさんたちを確認しながら、ナビで方角を確認しチルタリスに進行方向の指示を出す。心得たというように、チルタリスが美しいソプラノの声で鳴き翼をはためかせた。

(少し冷たいけど、心地いいくらいかな)

空は晴れ切っており、日の光が暖かい。ゆっくりとした飛行なので全身を包む風の抵抗もさして気にならない。ちらりと視線を向ければセキエイの深い森が遥か真下に見える、普段自分の身丈以上ある大木が豆粒のようだ。

それだけ高いところにいるということなのに、不思議と恐ろしいとは思わない。チルタリスが一緒にいるからだろうか。

雲と森の間を滑空し、同じように空を楽しんでいるポッポの群れとすれ違う。ポッポがわたしを警戒するように鳴いた、その声にチルタリスが歌うようなハミングを返して翼を傾ける。

そのままチルタリスの体が傾き、するりと群れを追い抜いた。すると下方にいたカイリューとワタルさんに並ぶ、カイリューがわたしたちを見る楽しそうに喉を鳴らす。その頸を撫でたワタルさんが視界の隅で手を挙げた。

『はい』
『__下だ、見てみろ』

イヤホン越しに聞こえてきた声にどこかと視線を泳がせれば、ワタルさんの指掌で視線の先を誘導してくれる。セキエイの森を抜けて、トキワの森へと続く平原。そこをオレンジ色の光の群れが駆け抜けている…ポニータとギャロップの群れだ。

ポニータたちの四脚が力強く地面を蹴って、草原を自由に駆け抜けている。燃え盛る焔の鬣が棚引いて、流れ星のように軌跡を描いていた。まるで地を駆ける流星群だ。

陸で見るものとは異なる、空だからこそ見える光景。目を奪われるほど美しい光景だった、ワタルさんは何時だってわたしにこの世界の美しさを教えてくれる。そのすべてがあるから、わたしはこの世界が愛おしくて堪らない。きっとワタルさんもそうなのだろう。

それが何よりも他らならない、わたしがあなたの娘である証左なのだと。わたしが誇らしく思っていることは、もうしばらくナイショにしておこう。







「随分と飛行が安定するようになったな」
「本当ですか! …う、嬉しいです」

ポケモン用の飛行ポートに降りると、ワタルさんがそんなことを言った。褒められてしまった、ワタルさんに褒められると嬉しくて顔がへなりと笑ってしまう。その様子をみて何を思ったのか、ワタルさんが少しだけ意地悪な声で言う。

「今度から、サザンドラやボーマンダたちの気晴らしを手伝ってもらおうか」
「う、 そ、それは…」
「ハハッ 冗談だよ」

さらりと時速300kmクラスを出すあたり、流石ワタルさんと言うべきか。日常的にマッハ2のポケモンを乗りこなしていると、その位はどうということはないのだろうか。

カイリューとチルタリスをハイパーボールに戻すワタルさんを見ながら不思議に思っていると、後ろから「ワタル様、ミシャ様」と声がかかる。振り向けばそこには、スーツに身を包んだ女性が立っていた。

きっちりと束ねられた髪に柔らかい色味のルージュ。首元を彩るタマムシカラーのスカーフが誂えたように良く似合う、ノーカラージャケットを纏った女性。胸元に輝く金色のバッチを見なくとも、その人が誰かは良く知っている。

「遠路遥々のご来店、誠にありがとうございます。途中、ご不便はございませんでしたでしょうか」
「ああ、問題ない。天気に恵まれたな、今日はよろしく頼む」
「はい、本日のお買い物はわたくしがお手伝いさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」

そう言って深々とお辞儀をする人は、タマムシシティが誇るカントー地方における大手百貨店タマムシデパートのコンシェルジュで、名前を「マミ」さんと言う。わたしが初めてワタルさん連れてきてもらった時には、既に彼の専属コンシェルジュを務めていた。

そこからはわたしのことも、ワタルさんと一緒に世話をしてくれている。とても優しくて気配り上手な女性だ。

___わたしたちが降り立ったのは、タマムシデパート専用の飛行ポート。
その中でもとりわけ、VIPと呼ばれる太客のみが利用を許されているスペースだ。飛行ポートから専用ルーム直通のエレベーターに乗ることができ、事前に連絡をしていなくとも外商スタッフが出向き既に必要な商品を揃えてくれている。

ワタルさんがいつも案内してもらう部屋は、数ある部屋の中では小さな方だという。最初に通された部屋があまりに広すぎて落ち着かなかったから注文をつけた、とワタルさんが苦い顔をして教えてくれたのを覚えている。

普通に生活しているとあまり見かけないデザインのソファとテーブル、パパラッチ対策で窓はないが代わりに白い壁に美しく整えられた広大な庭がプロジェクトマッピングで投影されている。

ジャケットやゴーグルはマミさんが受け取り、専用のクローゼットに仕舞ってくれた。ワタルさんがいつもの位置に腰掛けるので、わたしもその隣に座る。すると程なくして裏に控えてきたスタッフが訪れ、テーブルの上に飲み物を出してくれた。

「本日はチョコレートをご用意させていただいております。こちらは以前ご来店の際にミシャ様に気に入っていただけましたカロス地方ミアレシティ、パドリッタ・ロシェの新作フレーバーとなります」
「わあ___ わ、ワタルさん!」

鮮やかなグリーンの包装には覚えがある、舌が蕩けてしまいそうなほど美味しかったチェコレートだ。ちらりとワタルさんを見れば、茶器を傾けていたワタルさんが手を止め「いただくといい」と許しをくれる。嬉しくてマミさんを見れば、にっこりと笑って…

「こちらのチョコレートとよく合うほうじ茶もご用意しておりますよ」
「ありがとうございます! わたしほうじ茶大好きですっ」
「…君はミシャを甘やかす天才だな、あまり舌を肥えさせないで欲しいんだが」

感動に打ち震えるわたしを見て、ワタルさんが苦言をもらす。だがマミさんは嫋やかに微笑むばかりだ。

「ワタル様はこういった嗜好品を好まれませんので。その点、ミシャ様はご用意する甲斐があります。これほど喜んでいただければ、コンシェルジュの冥利に尽きるというものです」
「君が用意したものが必要で有益と判断できれば、惜しまず買っているだろう」
「用意する側としても実用一辺倒の商品と、こういった嗜好品は違うものですよ」

マミさんが「ね」とほほ笑むので、わたしも「はい!」と頷いた。
控えているスタッフさんも同意するように頷いてくれた。どうにも味方がいないことで座りが悪いのか、ワタルさんはその様子を見てそっぽを向いてしまった。

すると、タイミングを計ったようにこんと控えめなノックが響く。すぐにスタッフさんが扉を開ければ、そこからひょっこりと老人が顔を出す。その人を見て、ワタルさんが茶器を置いて席を立った。

「ヤシロさん、ご無沙汰しております」
「いえいえこちらこそ、お久しぶりですワタル様。ああ、どうぞそのまま。わたくしが参りますゆえ」

そういってお茶目に笑って見せる紳士はヤシロさんという。百貨店とは似ても似つかないワタルさんが、このタマムシデパートに通う理由となっている人だ。

わたしも慌てて立ち上がれば、気付いたヤシロさんが丸眼鏡の向こうの瞳を丸くして微笑んだ。

「これはこれは、ミシャ嬢。少し見ぬ間にまた大きくなられた、いまはおいくつですかな」
「はい、みなさんのおかげです。えっと、今年で11歳になりました」
「そうですか、ああわたしの孫よりまだ小さいかな。ともなれば、もう少ししたら男親は大変ですよ。女の子というのはシルクの様に繊細です、ワタル様も心して準備してください」
「それは各方面から言われている、いい加減耳に蛸ができそうだ」

少しと遠い目をするワタルさんに、ヤシロさんは「それは結構!」と笑った。




「ではそのまま動かないで、手は下ろしていただいて構いません」
「ああ」
「おや、また身長が少し伸びましたね。これはマントの身丈も調整する必要がありそうだ」

上着を抜いて薄着になったワタルさんの背中に、ヤシロさんがメジャーを宛ててサイズを確認していく。サポートに着いたスタッフさんがヤシロさんの言葉逐一メモし、必要な測定具を受け渡していった。その様は水が流れるように滞りなく、いつ見てもプロの仕事というものは圧倒させられる。

ヤシロさんは、ワタルさんのバトルユニフォーム、ドラゴン使いの象徴たるマントを始めとした、リーグ式典服などのデザイン制作を担当してくれている…いわば、専属のデザイナーさんだ。彼の凄い所は、歴史や文化を重んじながらも、その時世の流行や再先端技術を忌憚なく取り入れる柔軟性があることだという。

あのワタルさんが。リーグが契約しているファッション商社からタマムシデパートの外商コンシェルジュに引き抜かれてからも、こうして彼に仕事を依頼している…といえば、どれだけヤシロさんが凄い人なのかは想像に難くないだろう。

「来年は確か、4年に一度のポケスロンオリンピアがありますな」
「ああ知っての通り、今年から俺は四天王大将だ。以前のものだと悪目立ちしてしまう」
「では装飾を少なくして、落ち着いた重厚さを前面にデザインを変えましょう。___そうですね、ちょうど生地のサンプルがあります。お持ちするので少々お待ちを」

ワタルさんは頻繁に足を運べない分、一度に沢山の発注をかける。だがヤシロさんからすれば、出来れば注文は少なく、採寸だけでも良いから数か月一度顔を出して欲しいと前ぼやいていた。

リーグの象徴ともいえるワタルさんは地方代表として公的なパーティーに顔を出すことも多い、その時に自分が作った衣装の所為で恥ずかしい思いをさせられない。だが何年言ってもきかないので、最近は諦めているらしい。

そんなことを思い出しながらわたしは、ワタルさんが採寸されている様子を見守った。偶にデザインや生地に迷うと、ワタルさんが「ミシャ」とわたしを手招く。どちらが良いか尋ねてくるので、マミさんたちと一緒に見比べながら新しい衣装のイメージを固めていった。



「___そういえば、ミシャ嬢はまだマントを作られないのですか」

マミさんが作った注文明細に目を通してワタルさんがサインをしている時、ヤシロさんがそんなことを口にした。

「えっと、わたしはまだ修行中で。だからマントはまだ…」
「そうですか、では一人前となったあかつきには是非わたしに作らせてください。クリュウ家を代表するドラゴン使い、二代のマントを担当したとあればわたしも鼻高々に孫に自慢できます」
「ヤシロさんのお孫さんと言えば、確かワタル様のファンなのだとか」
「ほう」

マミさんが思い出したように言うと、ワタルさんが少しだけ目を丸くした。わたしも初耳だ、ヤシロさんを見れば秘密を打ち明けるようにして教えてくれる。

「実は最近ポケモントレーナーに興味を持ち初めましてね」
「それなら、いまの若人の英雄はゴールドだろう。彼の方が華がある、俺の前だからって遠慮しなくていいぞ」
「いえいえ、このわたしがあなたに遠慮なんてすると思いますか。何年の付き合いだと思っているのです、どうやら孫は若いイケメンより、わたしのような渋い男が好みのようで」

ヤシロさんのジョークに、マミさんが「まあ」とくすくす笑う。興が乗ったのか、ワタルさんがサインを終えた万年筆を持ち上げて提案した。

「サインは必要か」
「いえ結構、それより次参加される公式戦の来賓チケットなどあれば嬉しいですな。あなたの試合はいつも競争率が高くて、この老人ではとても若いものに勝てません。頂けるというのなら、つい仕事の方も張り切ってしまうやもしれませんが」

いかがでしょうか。と要求のレベルを上げてくるヤシロさんに、ワタルさんは一拍置いた後、破顔するようにして豪快に笑った。

「なるほど、わかったよ。 貴方には何かと世話になっているからな、一番良い席を用意しよう」
「それはそれは孫も喜びます。 孫とわたし、それに家内と息子夫婦で…5人分いただけますかな?」
「希望の枚数で手配する」
「すばらしい!」

パンっとヤシロさんが柏手を打った。勝利のポーズを決めるヤシロさんに、スタッフさんたちが良かったですねと声をかけた。その中に少しだけ羨ましそうな目が混じっている、当然だろう。ワタルさんは公式戦に出場する回数が他の地方チャンピオンに比べて極端に少ない。

その試合運びは痛快至極。トレーナーの頂点を目指すものは勿論のこと、バトルに疎い層からも評判が良い。加えてチャンピオンを務めた年数も長く、顔立ちも悪くないため非公式のファンクラブも存在するとかなんとか…つまりファン層が多岐に渡るのだ。公式試合のチケットが、血に血を洗うような争奪戦となっていることは、想像に難くない。

「ミシャ、待たせて悪かったな。今度は君の番だ、欲しいものがあれば見よう」
「わたしですか?」

ワタルさんの言葉にうんと悩む。…リーグでワタルさんのお仕事を手伝うようになって、お給金を貰えているから欲しいものなら自分で買うことができる。

これといって思いつくものがなくて悩んでいるわたしを、ワタルさんがソファの背に肘をついて見守ってくれている。するとマミさんが空かさず助け舟を出してくれた。

「思いつかないようでしたらフロアを回って見るのはどうでしょうか。今日は比較的お客様も少ないので、ゆっくり楽しめると思いますよ」
「本当ですか」

願ってもない申し出であった、それに…それならワタルさんと一緒に、並んでお買い物できる。それはなんというか、普通の家族のようでとても楽しい気がする。

期待を込めてワタルさんを見ると、ワタルさんがグレイの瞳を少しだけ眩しそうに細めた。

「ミシャがそうしたいなら」
「はい! ありがとうございます」

嬉しくてソファから立ち上がって近寄れば、待ってくれていたワタルさんが大きな手で頭を撫でてくれる。また顔が蕩けてしまいそうになるが、今日はマミさんたちがいるのだ。と、慌ててキリッと顔を引き締めた。

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