ワタルを起こして一緒に朝ごはんを食べる
おはようございます、本日も朝がやってきたようです。
太陽の光が透けて障子が白く輝いているのをぼんやりと見つめる。腰に絡まっている大きな腕、背中にくっ付いている熱がぽかぽかと眠気を誘ってくるがそうはいかない。
「ワタルさん、あさ」
「____」
「ワタルさん?」
返事がない。不思議に思いながらもぞりと腕の中で振り返ると、ぴったりと瞼を閉じたワタルさんの顔が見えた。顔を近づけると、少しだけ呼吸の音がする。相変わらず、寝ているのか死んでいるのか解り辛い人。
起こさずにベッドから出ようと試みるが、これがまた一苦労なもので。なにせ彼の腕はわたしのそれの倍はあるし、眠っている所為か米俵のように重く感じる。お腹に回っている腕の中から抜けるだけでも重労働なのだ。
途中パチンとグレイの瞳が開いたが、赤い髪を撫でてあげると再び夢の中へと沈んでいった。大型のポケモンが唸るような声で名前を呼ばれた気がするが無視だ、眠ってしまえぇ〜と暗示をかけながら髪を撫でつける。ワタルさんの少し硬い赤銅色の髪は、お世辞にも撫で心地が良いとは言えないが…。
(子どもみたい、)
そうしてすこんと眠ってしまったワタルさん、その寝顔には警戒心の欠片もない。わたしに気を許してくれているのが解るから、とんでもなく可愛い生き物に見えてつい髪を撫でたくなってしまうのだ。
だが何時までもそうしている訳にもいかないだろう、名残惜しいがベッドを降りて朝支度を済ませる。キッチンに向かう途中、モンスターボールのスイッチを押すとパートナーガ赤い閃光と共に飛び出してきた。
「おはようイーブイ、昨日はよくねむ ぶふ」
「イブゥイ!」
ボールから出た途端タックルをかましてくるあたり、この子は本当にヤンチャな性格である。ふわふわの尻尾を揺らして、あっちにこっちに飛び回るブラウンの毛玉。あまりに落ち着きがないので、捕まえてわしゃわしゃにしてやると楽しいそうにキャッキャと鳴いた。
「イブ」
「ワタルさんならまだねむねむだよ」
ご飯を食べ終わったイーブイがそういえばと、きょろきょろ周りを見渡し始める。昨夜の客人が見当たらないことに気付いたのだろうと教えてあげると、ピンと耳を立てて走り出す。見事なロケットスタートであっという間に後ろ姿は見えなくなってしまった。ワタルさんを起こしに行ったのだろう、だけどあの子ひとりでは障子戸を開けられないと思うけれど。
お味噌汁の味を確認していると、案の定小さな足音が聞こえてきた。それはわたしの足元で急ブレーキをかけて、「ブイ!」とキラキラ笑顔で見上げてくる。そうしてくいくい一生懸命ズボンを引っ張る様子が可愛くて、今朝もつい甘やかしてしまうわけでして。
コンロの火を止めるとそれが解ったのだろう、イーブイが嬉しそうに走り出す。一足先に廊下に出たくせに、前足を上げた状態で留まり一旦こちらを振り返る。興奮しながらも、しっかりわたしが着いてきているのかチェックしているあたり流石である。
寝室の前に辿り着くと、イーブイがかりかりと前足で戸を引っ掻いた。早く開けてと見上げてくるので、ご希望通りに開けてあげるとブラウンの弾丸が一目散に飛び込んでいく。布団の中に眠る獲物を見つけるや否やベッドへと一息に飛び上がり、獲物(ワタルさん)へと襲い掛かる___!
「イブーーイィ!」
「ぶふ いっ いーぶ ぶ 」
イーブイ の したでなめる !
ワタルさんの顔をベロベロベロベロベロベロベロベロベロと容赦なく舐めているイーブイは、きっと将来大物になるに違いない。ドラゴンタイプに優勢ってことは、ニンフィアとかなあ。
ニッコニコ笑顔で愉快な光景を眺めていると、ワタルさんの限界が先に来たようで。顔に圧し掛かっている茶色い毛玉を両手で掴んで顔から引き剥がした、そうしてのっそりと起き上がるワタルさん。
「おはようワタルさん、お目覚めはいかが?」
「…… ポケモンフーズの、味が…」
…正直、笑い転げたいほどに面白い。だが流石にそれは怒られそうな気がして、こぼれそうになる笑みをぐっと堪える。散々舐めたというのにまだ足りないのか、ワタルさんに捕まれながらもイーブイは必死に舌を伸ばしている。そうかそうか、ワタルさんの顔はそんなに美味しかったか。
「朝ごはんの準備できますよ」
「…ああ、」
「もう少し眠る?」
「…いや、起きる。 寝すぎたな、」
イーブイをベッドの上に仰向けで転がし、まっしろなお腹を大きな手がむしゃむしゃ撫でる。ワタルさんの大きな手で遊んでもらうのは格別に楽しいのだろう、イーブイはキャッキャ鳴きながら尻尾を振っていた。それを見ていると怒る気も失せたのか、ワタルさんの眉間にできていた皺がすぐに解けていく。
「先にカイリューたちの食事を用意してくる」
「うん、卵はどうする?」
聞くと、少し迷う風に視線を泳がせる。待っている間は退屈で、ベッドに座ってワタルさんの顎のラインを撫でる。無精髭のチクチクした感触が面白くて遊んでいると、ワタルさんが「目玉焼き」と言って顔を逸らしてしまった。くすぐったかったかな、
「はあい、いつもの半熟の目玉焼きね」
「ああ、それがいい。 なあ、」
キッチンに戻ろうとしたが、くんと腕を引かれてベッドに引き戻される。何かと振り向くより先に、ワタルさんの腕が腰に回ってぐいと体を引き寄せた。近づくグレイの瞳に何を求められているのか分かる、だけ____ど。
「…ミシャ」
彼の唇が届くより先に、わたしの口を掌で塞いでしまう。ワタルさんが不服そうに呻いて、ぐりぐりと額を押し付けてくる。いたいいたい、
「ポケモンフーズの味がするキスはイヤ」
「…俺の記憶違いじゃなければ、イーブイをけしかけたのは君だったはずだ」
「やだワタルさん、まだ寝ぼけてるみたい」
早く顔を洗ってきて、と額にキスをすれば、渋々と言った様子で腕の中から逃がしてくれる。さっさとキッチンに向かう後ろで、また一際楽しそうなイーブイの鳴き声が聞こえた。行き場のない憤りを、イーブイを可愛がることに向けたようだ。
キッチンに戻ると、タイミングよく炊飯器のメロディが鳴り響く。新米の炊きたてご飯はふっくらとしていて、とても美味しそうだ。誘惑に負けてすこし盗み食いしてみたが、粒が大きくてとっても甘い。今年は友人におススメされた農家のものを購入したのか、これは大当たりである。
わかめとお豆腐のお味噌汁も、あとはワタルさんが来たら温め直して追い出汁するだけ。外に出しておいた卵を割りながら、フンフンとメロディを口遊む。空けた窓から入り込んでくる風が心地よい、空は青く澄み渡っていてとても良い朝だった。