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ダイゴの特別なポケモンクッキーは恋の味するそうで


わたしの生家は所謂名家というもので、両親は歳を取ってから授かったわたしを大事に育ててくれた。その為、他の子に比べて多少マイペースなところがあっても個性だと咎められたことはない。流石にスクールの宿題をやらなかったら「メッ」って怒られたけれど、その程度だ。

「お母様、あのねヒサノさんとクッキーを焼いてみたの」
「まあ」
「食べてくださいますか」

お母様はわたしの髪を撫でて「嬉しいわ」と笑う。嫋やかな人、柔らかい飴色の髪もわたしを見守ってくれる桜色の垂れ目も大好きだった。

お手伝いのヒサノさんとラッキーに手伝ってもらってテーブルにクッキーと紅茶を用意する。お母様はピカチュウ型のクッキーを摘まんで「上手ね」とほめてくれた。

「ミシャは、お料理がどんどん上手になっていくわね」
「ええ本当に! レシピもあっという間に覚えてしまわれました」
「そうなの、ヒサノさん。 ああでも、こうして出来立てのクッキーを母様も食べたいから、作るのは母様か…ヒサノさんがいるときにしてくれると嬉しいわ、ミシャさん」

まだひとりでオーブンを使うのは危ないから、という配慮だろう。言葉を選んで伝えてくれるお母様を拒む理由がなくて、わたしはしっかり頷いた。

お手伝いのヒサノさんは料理上手で、わたしがお願いすればラッキーと一緒にお菓子の作り方を教えてくれた。失敗もあったけれど、お母様とお父様は笑って見守ってくれる。そんな2人が大好きで、わたしは大きくなってもずっとこの人たちと一緒にいようと幼心に誓った。



「これ、君が作ったの?」

澄んだ湖色の瞳の少年が、そう言った。
その手にはピカチュウの形をしたクッキーがあって「あ」と声がこぼれる。とある名家が主催したホームパーティー、祖父母の代から懇意にしている方々はわたしがお菓子作りにハマっていることを聞くと手を叩いて喜んだ。満面の笑みでパーティーのために得意のクッキーを焼いて欲しいと、言われた時は少し頭痛がした。

そんな…有名なパティシエが腕を揮ったスイーツの片隅に、わたしのような子どもが作ったものを並べろと…? ムリ!!!と心の底から思っていることが伝わったのか、いや…後から思えば、そもそもこんな小さな子どもに全て任せるつもりはなかったのだろう。クッキーの九割方は、シェフの皆さんがお手伝いという名目で焼き上げてくれた。わたしはいつも通りの遊びながらクッキーを数枚作っただけ、それでお仕事完了である。

両親とパーティーオーナーが食べてしまえば終わるほどの量に、内心ほっとしていたのだ。それなのに、少年が持っているクッキーはどうしたことか…その数枚の、わたしが作ったクッキーのひとつだ。シェフの皆さんは「お上手ですね」と褒めてくれたけれど所詮は子どもの作ったクッキー。形も味もガタガタだろうそれを態々選んできたということは…そういうことなのだろう。

「ゥ あ、はい…」

覚悟をしてこくりと頷く。まずいと怒られるのだろうか、それともヘタクソと罵倒される? ぎゅうと体を固くして待つも、何時まで経っても予期した罵詈雑言は降ってこない。恐る恐る目を開けると…そこには瞳をキラキラ輝かせた少年がいた。

「きみ!」

一息で距離を詰めてきた少年に、がっしりと手を握られてしまう。なななな、なんだーーー!

「面白いね…!」
「… ぇ?」

良くわからないけど、おもしれぇ女認定された。
というか誰なんだこの子、スタッフー! 誰でもいいから助けてー!





そのクッキーは、テーブルに飾られたどのデザートよりも輝いて見えた。

あの親父をもってポケモンと石にしか興味がないと断言された幼い僕にとって、それが世界の全て。デザイン性のある宝石みたいなクッキーより、少しヘタクソなピカチュウのクッキーの方が何倍も価値があると思えたのだ。それを作ったのは僕より少し年下の女の子と知った時は驚いたが、同時に僕はとても嬉しかった。

クッキーを見ればわかる。この子はきっと、僕と同じくらい特別な子だ。

そう意気込んで会いに行ったけれど、その子はどうやら僕と同じように感じていないようで。…ミシャは、ホウエン地方の古い名家、高齢だった夫婦が漸く授かった一人娘だった。その境遇ゆえか周囲の子どもたちと比べると、とても大人しくマイペースな印象が目立っていた。

「ダンバルのクッキー作れる?」
「ぅ…」
「あ、待って! エアームドも捨てがたい… どうしよう、迷うなあ」

悶々と悩む僕に、優しい彼女「ぜ、ぜんぶつくる…?」と提案してくれる。この子はなんだ、この世の優しさを全て詰め込んで生まれてきたのか。僕はミシャの両手を掴み何度も振ってお礼を言った、少し力が強すぎてミシャは目を回してしまったけれど。

後日、約束した日にミシャの家に遊びに行った。そこには夢に見たポケモンクッキーが並んでいた。あの日の感動は今でも覚えている、大人になっても忘れることのない大事な思い出だ。

感動に打ちひしがれている僕とは対照的に、ミシャはどこか困ったような顔をしてばかりだった。まだ出会って二回目、確かに仲良くなるにしても僕たちは互いのことを知らな過ぎる。きっかけが欲しい、彼女ともっと親しくなるための。僕はうんと悩み、彼女の外見特徴からなんとなく話題を選んだ。

「涙ぼくろ、お母さんとおそろいなんだね」

とんと自分の目元を指で指し示しながら言えば、ミシャは目を丸くした。返事はすぐになかった。その代わりに小さな足で僕に近づいてきて、じいと僕の顔を見る。突然の距離、それまで懐かなかったポケモンが急に距離を詰めてきたような緊張感に息を呑んだ。大人しく待っていると、ミシャは小さな声で「そうなの」「そうなのよ」と呟く。

「おそろい、なの」

そう言って、ほっぺを桃色に染めて嬉しそうにへにゃりと笑った。
___ああ、この何気ないことが切欠だったなんて言ったら、笑われるだろうか。僕は嬉しそうにお母さんとおそろいなのと喋るミシャに、機械仕掛けの人形みたいに頷くことしかできなかった。さっきまでの饒舌さが嘘のように黙りこくってしまった僕を心配して、ラッキーが近寄ってくる。

それに大丈夫だよと言う余裕すらなかった。平静を装いたくて口に運んだクッキー、ぱきんと割れてじわりと優しい甘みが広がった。

(あま、い)

まるで砂糖菓子でも食べているように、甘くてふわふわで。
確かに僕はその日、小さな女の子に恋をした。









「一目見た時から解っていたよ、君は僕と同じくらい特別な子だって」

そう言ってダイゴさんは、自信満々な笑みでケーキにフォークをいれる。
一口食べて「おいしい」とニコニコと笑う、当然だスポンジも生クリームも彼の好みに合わせているのだから。小さいころから何かにつけてお菓子を強請られたので、彼の好みは家族のものと同じくらい良く知っていた。

「ダイゴさん、チャンピオンおめでとう」
「ありがとう、でもお祝いの言葉はもうお腹いっぱいだよ。だからもっと特別なのがほしいのだけれど」

ちょうだいと、子どもの様に手を差し出してくるダイゴさん。こちらが用意していないとは微塵も思っていない様子に少しだけ呆れる。ソファから立ち上がってキッチンに向かえば、ダイゴさんも嬉しそうに着いてきた。

「特別な日だから、もっと良いものを用意したかったの」
「僕にとって、君が作ったクッキーは何よりもスペシャルだ」

子どもの頃からダイゴさんに催促されたおかげでメキメキ伸びたお菓子の腕は、いまではわたしが誇れる数少ない趣味となっている。ポケモンクッキーはリアルさを追求し、アイシングも手慣れたもの。最近は知り合いの勧めで、作ったお菓子をPoketterにアップするようになった。そうしたら沢山のフォロワーが着いて、ファンメールもわんさか届くようになった。ありがたいね。

わたしがキッチンに入ると、いち早くポケモンたちが気づいて中庭から上がってくる。パートナーのアメモースが「なに」「なにをするの」と忙しなくわたしの周りを回った。可愛いけれど、ちょっと前が見えないです。

「ほら、こっちにおいでアメモース。それじゃあ君の大好きなものは何時まで経っても出てこないよ」

カウンターチェアに腰掛けたダイゴさんが笑って手を伸ばせば、アメモースが四枚の羽根で器用に彼の腕に止まる。遅れてきたダイゴさんのエアームドとメタグロス、メタグロスの背中にはアゲハントが止まっていた。うちの子がお世話かけます。

「みんなの分もあるから、もう少し待ってね」

言えば、エアームドたちが嬉しそうに鳴いた。ダイゴさんがトレーナーになってからは、彼らのポケモンたちにもお菓子を振舞うようになった。自分のポケモンは言うまでもないが、…誰かのポケモンがわたしのお菓子を喜んでくれるというのは嬉しいものだ。みんな何時も美味しそうに食べてくれるので、こちらも用意する甲斐がある。

そうしてポケモンたちに癒されていたせいで、ダイゴさんがじーっと見ていることに気づくのが遅れた。そ知らぬふりで準備に取り掛かるが、きっと彼にはそれすらお見通しだろう。

ダイゴさんが好きな鋼タイプのポケモンたちを象ったクッキーは、いつしか彼の逞しい相棒たちを象るようになった。エアームド、ネンドール、ボスコドラ、ユレイドル、アーマルド、メタグロス。溜まりたまったダイゴさんが送ってきてくれる自慢の我が子セレクション、またの名を親ばか写真とにらめっこしながら試作を繰り返したので、今朝準備したクッキーはどれも満足のいく仕上がりだ。

籐のバスケットに鮮やかな色のクッキングペーパーを敷いて、ひとつひとつ大事に詰めたそれを、挽きたての珈琲と一緒にダイゴさんの前に差し出す。そうすれば、初めて会った時と同じように湖色の瞳が輝く。

「ありがとう、ミシャ」

漸く欲しかったプレゼントを貰うことができた子どもの様、ダイゴさんは笑った。新しいホウエン地方のチャンピオンとしてのインタビューを受けていた時とも、御曹司としてパーティーであいさつしている時のものとも違う。どこか少年のような無垢さを残したその笑みが、きっとダイゴさん生来のものなのだろう。

それをこんなハンドメイドクッキーで見せてくれるのだから、なるほど。
確かに彼が言うように、これはスペシャルなクッキーなのかもしれない。

「はい、皆もめしあがれ」

それを合図に我先に飛んできてクッキーを貪り始めるアメモース、…いったいどこで育て方を間違えたんだろうね。アゲハントは両手で掴んで上品に食べているのに。メタグロスはひとりで食べることが難しいので、クッキーを割って少しずつ口に運んであげる。エアームドが何時まで経ってもクッキーエアームドをじっと見つめて食べないので、ダイゴさんがクスクス笑って写真を撮ってあげていた。そうして漸く口に含んだクッキーは、彼をいっぱいの笑顔にしてくれた。

「例の件、ゆっくり考えておいて」

エアームドを片手で撫でながら、メタグロスをボールに戻す。日が暮れた頃、ダイゴさんは帰る前に思い出したように言った。ああ、そういえばそんなことを提案されたのだった。

「…やっぱり、わたしのお菓子を本にするなんて。おじさまの会社の利益になるかわからないし、」
「そんなこと君は気にしなくていい、オファーしているのは僕たちの方なんだから。それに、何度も言っているだろう ___君は、特別だ」

ダイゴさんがわたしの手をとる。そうして小さな橋みたいに持ち上げると、彼の肩に止まっていたアメモースがゆっくりとわたしの腕に移る。ぎゅうとわたしの手を握ってくれるダイゴさんの手は、子どもの時よりもずっと大きくて硬くなった。採掘ばかりしているからかなとダイゴさんは笑うけど、それは彼の弛まぬ努力そのものだと知っている。…特別なのは、何時だってダイゴさんの方だろう。

喉で少しだけ笑えば、ダイゴさんがぎゅっと手を握った。何かと彼を見るが、ダイゴさんは眩しそうに目を眇めるだけで言葉はくれない。

「また明日」

つながった手ごとわたしを引き寄せて、ダイゴさんが目元にキスをくれる。涙ぼくろへの親愛のキスは、いつからから習慣になった二人だけの挨拶だ。肩に乗っていたアメモースが何を思ったのか、負けじとダイゴさんにちうとキスをする。ダイゴさんは嬉しそうに笑って「つめたいよ」と、わたしを抱きしめた。




お父様とお母様に相談して、例のはなしを受けることにした。ダイゴさんのお父さんも大喜びで、逆に申し訳なくなるほどだ。翌日初回の打ち合わせをと、デボンコーポレーションに招待された。ダイゴさんが企画担当をしてくれるということで、ロビーでわたしを迎えてくれた見知った顔に内心安堵してしまったのは内緒だ。

「おつかれさまです、副社長。 あ、そちらの方は、もしかして例の…?」
「そうだよ、僕のお嫁さん」

_______え?
突然の身に覚えのない自己紹介をされた。どっとフロアに黄色い声が上がる、男女関係なくお祭りのように盛り上がって興味津々な様子でわたしを見詰めてくる。え、ちが、ちがう。ダイゴさんとはお付き合いしているわけでもない。ただの幼馴染!です!! 

そう力説したいのに、集まってくる視線に今更ナシとは言えない謎の圧力が混ざりこんでいる。う、うっと言葉を忘れたように呻くことしかできないわたしの腰を、ダイゴさんが引き寄せる。

「言っただろう、特別だって」

にっこりと、彼は笑う。その完璧な笑みに、わたしは漸く何か大きな勘違いをしていたことに気づくのであった。

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