小生意気な恋人ワタルとポッキーゲーム
隣でテレビを見ているワタルさんの口元に、ポッキーを近づけてみる。気づいたワタルさんがこちらを向くので、もう一度ポッキーの先っぽで薄い唇を突けば、ぷにと唇が歪んだ。そうして何も言わず、小さく口を開けてワタルさんがポッキーの先に食いついた。
ぱきんと割れたクッキーをもぐもぐ食べている。美味しいかきけば、「あまい」と短い答えが返って来た。
「まだまだ沢山ありますよ」
「いや、俺はいい」
…ワタルさんは、ノーと言える大人である。態々わたしに頼んで撮らせた番組が佳境のようで、前のめり気味に見ているとは思っていたがここまでとは。どうにも面白くなくて、先っぽが少し欠けたポッキーをぷらぷらと揺らす。食めば、ワタルさんの熱で少しだけ溶けたチョコレートの味がした。
(気に喰わない)
____恋人を放って、テレビに夢中とはどういうことか。
しかも、わたしの家のシャワー使った。かわいいプリン柄のタオルを貸してあげたし、通り雨でびしょ濡れになったユニフォームを洗うために洗濯機まで回してあげたというのに!せめて宿代分くらい甘やかしてもらわないと気が済まない。
抱きしめていたマカロンクッションを放って、すくりと立ち上がる。それでもこちらを見ようとしないワタルさんだったが、流石にわたしがその上に跨れば話は別らしい。「オイ」と制止する彼の腕を振り払い、わたしのベッドとローテーブルの間に狭苦しく座っていたワタルさんの膝の上に座る。
驚いたようだが、ポケモン博士がまた小難しい話をはじめるとすぐにテレビへと視線が移ってしまう。それが気に入らないので、彼の首に腕を回して、そのままベッドへと押し倒した。
「っ、ミシャ…?」
「…」
そこで漸く、このニブイ人はわたしの不機嫌を察したようで。赤い髪の間から覗くグレイの瞳が、こちらの機嫌を窺うようにわたしを見上げている。ちょっとかわいい。
「はい、あーん」
「むぐ」
「まだまだ、たぁくさんあるからね」
ずぼっと、ワタルさんの口にポッキーを押し込んだ。彼は一瞬抵抗して見せたが、ぎらりと光ったわたしの視線を感じたのか直ぐに大人しく咀嚼を始める。そうしてのろのろとポッキーを食べている天下のセキエイチャンピオン、なんだかとても面白い。上機嫌に足をパタパタと揺らせば、良しなさいというように彼の手がわたしの足を抑え込んだ。
「はい、よくできましたー」
眉間にぎゅうと皺を寄せながらも、最後までしっかり食べた彼の唇とわたしの指が触れる。少しだけチョコレートのついた唇を拭って、そのままちうとキスをした。チョコレートの味がする、いつも味気ない彼の唇には飽き飽きしていたところだ。今度からキスする前にチョコレートを食べさせることにしよう。
そのままベッドに押し付けるように圧し掛かって、赤い髪をイイコイイコと撫でてあげる。彼は無言でもぐもぐ口を動かしていた。だけど、その手は正直でわたしのむき出しの足をゆっくり撫で始めている。
「シたい?」
ちうと、唇の下にキスをする。そのまま唇を舌先で舐めれば、ワタルさんの唇が開く。少しだけ起き上がって、キスをしてくれた。それが答えというように、ぐいと腕がわたしの腰を掴んでパジャマを脱がそうとしてくるから生意気だ。
「イ〜ヤ」
「ミシャ」
「だってワタルさんテレビに夢中なんだもん」
「君が誘ったんだろう」
「誘ってませ〜ん」
むっとした顔をするのが面白い、指で耳を触ると少しだけ擽ったそうに眉を寄せた。いつも怒りんぼうみたいに吊り上がっている眉が、わたしといると困ったように下がってしまうのが可愛いくて仕方ない。耳の裏を辿るようにゆっくり撫でて、いがいと厚い耳朶をふにふに。そのまま耳の穴に少しだけ指をいれれば、逃げるようにワタルさんは首を振った。
「くすぐったいから、止めてくれ」
「ワタルさんはイヤっていうのに、わたしのイヤは聞いてくれないの?」
「…」
ワタルさんの手がぴたりと止まる。すでにパジャマのズボンは脱がされて、彼の手はパンツに引っかかっていた。堅物真面目が困っている。いつもチャンピオンとしての責務で雁字搦めの人が、たかが恋人ひとりをエッチに持ち込めない程度のことでこんなにも悩んでいる。それはとっても気分が良くて、気付けばさっきまでの不機嫌が嘘のように吹っ飛んでいた。
ニコニコ笑って「ど〜しようっかなあ〜」と楽しむわたしにしびれを切らしたのだろう。ワタルさんがぐいと体を起こした。そうしてわたしをぎゅうううと抱きしめると、ちうと首筋にキスをする。
「ミシャ」
「ん〜?」
「シたい」
「させてください、でしょう」
「…させてください」
「良いけどぉ、わたしが上ね」
フライング気味にパジャマの下に手を忍ばせていたワタルさんがぴたりと止まる。返事はなく、そのままわたしの鎖骨を甘噛みしながら、ナイトブラのフックを外した。無言の承諾、それはなんか男らしくないなあ。
だから、真っ赤な髪を思い切り掴んでベッドへと圧し戻す。そのまま圧し掛かって、突然のことに目を丸くしているワタルさんに言う。
「いいよね、わたしにイジメられる方が好きなドエムのワタルさん」
悔しそうに歪むワタルさんの顔、そこに僅かに滲む期待の色。ああそう、これが好き。だから、わたしはこの男が好きなのだ。高潔なプライドで塗り固めたようなこの男を、ただのオスに貶めるこの瞬間が最高に気持ちいい。
エンドロールが始まったテレビ番組。わたしサイズの小さなベッドの上で喘ぐワタルさん。滾る熱をわたしの中に迎えて、気持ち良くて堪らないという顔をした彼の口にポッキーを与える。抵抗する手を縫い付けて、口付けたキスは甘い味がした。