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ツワブキダイゴの大誤算


「せっかくホウエンに来たんだ、観光でもしていったらどうかな」

ダイゴがシャンパングラスを揺らしながら、そんなことを提案した。
数年ぶりにホウエンリーグの新チャンピオンが誕生した。新たに自然豊かな豊穣恵まれた地方の王座に就いた青年はツワブキ・ダイゴというポケモントレーナーだ。

今の時世、苗字まで付けて名乗ることは珍しいから名前だけ聞いた時は気づかなかった。就任式典の祝賀パーティーの招待状と共に、リーグ本部に詳細資料が届いたことで知ることになる。彼はホウエンを代表する企業デボンコーポレーションの御曹司であった。

資料を読んだときこそ、そんなボンボンがどんな手を使ったのかと。少し穿った見方をしてしまったが、すぐにその疑いは晴れた。添付されていた顔写真に見覚えがあったからだ。彼はセキエイリーグで、ワタルと相対したことがある。勝敗はもちろんワタルの白星であったが、久々に骨があるトレーナーであったため良く覚えている。

そうか、あの少年が。そう思うと妙に感慨深い気持ちになった、…最近の若い世代の快進撃には目を瞠るものがある。2年前、傲慢で鼻高々であった自分を見事にへし折ってくれたグリーン、そしてレッド。まあ、そのグリーンには、翌年のセキエイリーグできっちり雪辱を果たさせてもらったが。レッドには未だ借りがある、いつかこちらも清算させて欲しいものだ。

こちらとて、早々若い世代に取って代わられるつもりはない。

そんなことを考えながら、参加した祝賀パーティー。壇上で挨拶したダイゴは堂々としていた、流石の御曹司と言ったところか。こういったパーティー慣れっ子のようだ。

リーグ本部を置くセキエイリーグのチャンピオンとして、ワタルもいくつか挨拶をした。その後はただの立食パーティーだが、こちらも求められる役割がある。窮屈だが伊達に何十年とチャンピオンの飾りを背負ってきたわけではない、適度に会話を盛り上げついでに欲しい情報をそれとなく引き出して失礼する。

そんなことを繰り返して、少し休憩しようと人込みを抜けた矢先であった。ダイゴがワタルに声をかけてきたのは。

決まりきった挨拶をすれば解る、彼は随分と肝が据わっている。そして当たり障りなくこちらの腹を探る言葉を良く熟知していた。この若さで、…たしか18歳と書いてあったか。社交界慣れしているだけではなく、そういった場での戦い方も熟知していると来たか。なるほど、ホウエンリーグが手に入れたのはただの絢爛宝石が輝く王冠ではない。それに似合う、まことの鋼の王だ。

「4年前、僕もセキエイリーグに参加させていただきました。ワタルさんは覚えていらっしゃらないかもしれませんが、そこであなたとバトルをする栄誉を頂いた」
「…」
「まだまだ未熟で、あなたにとっては取るに足らない試合だったことでしょう。ですが…次があれば、その時は楽しみにしてほしい。次の世代(ぼくたち)の牙は、もうあなたの喉笛を捉えている」

「…ほう、」

誰だ、彼を最初にボンボンだなんて嘲笑した奴は。
___ワタルを前にして堂々と微笑み、その瞳に焦げ付くほどの熱を宿した獣が俺の首を獲らんと咢を剥き出しにして構えている。

その若くも轟々と滾る熱にこちらまで焚き付けられてしまいそうだ。若い自分なら今すぐにでも戦ろうと、その誘いに乗っていたに違いない。嗚呼、今だってそうさ。この生意気で高慢なガキを全力で叩き潰して、お高いプライドをへし折ってやりたくて堪らない。その綺麗な顔に泥をつけて、俺の前に平伏す様はさぞ見物であろう。

「その日まで愉しみにしているよ。まあ、その時俺の前に辿り着くトレーナーが君かは知れないがな」

ワタルの言葉に、ダイゴは少しだけ笑って「その通りだ」と言った。その声が含む自信は微塵たりとも自分であることを疑わない様であったが。

「ワタル、___ああ、ごめんあそばせ話を遮ってしまったかしら」

そんな異様な空気を纏う二人に気づかないほど、この場に集められたトレーナーは三流ではない。場の仲裁をしようとしたのだろう、いち早くやってきたのはワタルの…セキエイリーグ四天王、カリンであった。そうしてカリンが連れてきた最終兵器に、ワタルは少し天を仰ぎたくなった。なるほど、最終兵器だ。

「ああ、いや。構わない、話は終わった」
「そう、なら挨拶をさせていたただくわ。 ___初めまして、ホウエンの新チャンピオンさま。わたくしのことはご存じかしら?」
「ええ、勿論存じ上げております、ミスカリン。セキエイリーグ四天王、最後の番人。麗しき悪を纏う女主人」
「あら、ありがとう。お褒めの言葉として受け取っておくわね」

するりと差し出されたカリンの指先、それを自然な動作で手に取りダイゴは恭しくキスして見せた。…ワタルならまずできない所作だ、まあ時と場合によるが。それを恥ずかしげもなく、しかも作法も完璧に熟して見せるのだからダイゴいう男は絵になった。

「そして、」と、ダイゴはカリンの手をはなして膝を着く。カリンの隣にいた小さなレディに視線を合わせて、和らい声で話しかけた。

「小さなお姫様、君の名前を聞かせてくれるかい」

話しかけられると思っていなかったのだろう。カリンとダイゴのやり取りをぽけらんと見ていたミシャは、慌てた様子で身すまいを正しながら答える。

「え、あ、 あの… ミシャ、です」
「ミシャ、可愛い名前だね。僕はダイゴ、どうぞよろしく」

ダイゴはそれをあざ笑うようなことはせず、にっこりと微笑んで見せる。ワタルやカリンに見せたそれとは違う、子ども受けする王子様のような微笑みだ。現にミシャはぼっと顔を赤くしたし、あわあわと落ち着かない様子で体を揺らす。

そんなミシャを見て何を思ったのか。ダイゴはふっと笑って「これは挨拶に」とミシャの小さな手のひらをとった。そうしてその唇で指先に触れようとするものだから_______ワタルは、思い切りダイゴの腕を叩き落とした。

それはもう遠慮なしに。必要があればカイリューさえ押し込める剛腕で、遠慮手加減なく一切なくダイゴの腕に手刀を入れたのだ。ダイゴは呆然とワタルを見た、当然だ彼にしては身に覚えのない突然の暴力である。その後ろでカリンは笑いを堪えきれずそっぽを向いた、だが細い肩が忙しなく揺れるから隠しきれていない。

ダイゴを見据えるワタルのグレイの瞳には一切の温度がなかった。酷く冷ややかで、それなのに触れれば爛れてしまいそうなほどの殺意が込められている。一言でいうのならそう、下種を見るような目で、ダイゴを見ている。

「____紹介が遅れたな、」

その言葉は酷く重く、まるでひとつひとつが鉛のように会場に響いた。
ダイゴと同じく呆然としていたミシャの肩にワタルの手が回る、そうしてぴたりと引き寄せる様は恋人か…イヤ年齢的にありえない。ミシャは10歳にも満たないほど小さい子だ。だとすれば残るは、

「彼女はミシャ、俺の娘だ」

いやいやいやいやいや。うそだろ、ぜんっぜん似てないじゃん。
口から出かけた言葉は、しかしギリギリでごくりと喉の奥に流し込んだ。カリンは等々耐え切れなかったようで、「アハハ!」と鈴を転がす様な声で楽しそうに笑った。




_____そうして、冒頭にと話が戻っていく。
色々とあったが、ワタルとダイゴは和解した。ただしダイゴの腕の骨にはヒビが入った。まあ、リーグ専属のハピナスが治してくれたので直ぐに完治したが。それに知らなかったとはいえこちらにも否がある、というかワタルに娘がいるという情報も、こんなにも溺愛しているという話も聞いたことがないのだが。

まあ…それもすぐに理由が知れた。見た限りあまり似ていない、養子なのは一目瞭然だ。どういう経緯で知り合ったかは知らないが、小さなミシャの代わりに食事をとり、彼女が慣れない靴で転びそうになれば支えてやる。ワタルのその様子を見れば、良好な関係なのだと素人でも解る。

それにミシャの傍に誰かしら四天王がいることを見れば、公にされていない理由も知れる。ワタルの娘であるという事実は、ミシャを守る以上に不当な危険に晒す危険があるのだろう。

…あるいは、既にあったのか…。ワタルの名はリーグ関係以外にも、ニュース特に組織犯罪が絡む事件にてその名を耳にすることが多い。彼の敵は全うなトレーナーだけではない、そのために関係者以外には秘匿しているのだろう。


「せっかくホウエンに来たんだ、観光でもしていったらどうかな」

そうとなれば、選ぶ話題は決まったようなもの。かわいい娘とその父親が好みそうなことには、いくつか覚えがあった。

「ホウエンはカントーに比べて天候が不安定な場所が多いけれど、その分自然が豊かで楽しめると思うよ」

先ほどワタルが取り分けたチョコレートケーキを上品に食べていたミシャが、大きな瞳を少しだけ輝かせる。流れで会場のソファ席に一緒に移動した際、ワタルがミシャに取り分けたものだ。女性向けに甘く仕上げているものだから、ミシャの舌にも合うだろう。

「ポケモンも沢山いますか」
「もちろん、ホウエンにはそういう気候もあって独特な生態系を築いたポケモンが多い。ミシャちゃんなら、きっとどこに行っても楽しめると思うよ」

「どんなポケモンが良い?」「会いたい子はいるかな」と聞きながら、ちらりとワタルを見る。彼はミシャの隣に座って黙ってグラスを傾けていた。その様子は穏やかなもので、今のところ彼の琴線には触れていないようだ。なら、話を進めても良いだろう。

「あの、…本土でも会えるのだけど」
「うん」
「コイキング、いますか」

おう、かわいい女の子が凡そ口にしなそうなポケモンが飛び出てきたな。驚いたのはダイゴだけではなくワタルも同じらしい、少しだけ目を見開いてミシャに話しかける。

「コイキング? またどうして、カントーにも居るだろう」
「う、うん。 あの、次にパートナーにするなら、ドラゴンの子がいいなって」
「あ、ああ… 確かにコイキングはギャラドスになれば、ドラゴンだが」

複雑な心境なのだろう、ワタルが言葉はわかりやすく渋滞していた。そう、ドラゴン。だけどドラゴンで、よりによってギャラドスと来たのだから、言葉に詰まるのも解る。

ギャラドス…分類『きょうあくポケモン』。言わずと知れた、コイキングの進化系として有名なポケモンだ。分類名にされるほど狂暴で、非常に気性が荒い。ひとたび暴れだせば都市一つ壊滅するとされるほど、野蛮で破壊的な性格。事実過去の人類史にはギャラドスに壊滅させられた村が存在し、そこでは彼らは破壊の神として忌避されているほどだ。

とても、こんな小さな女の子が扱えるとは思えない。

「どうして、またギャラドス。いや、とても魅力的で素晴らしいポケモンだが、他にもいるだろう」

ワタルが等々グラスを置いて、腕を組んでしまった。確かにワタルの手持ちと言えば、他にもカイリューをはじめとした…いや、全部大型のドラゴンタイプばかりだな。これはどれを選んでも苦労しそうだが、その中でもギャラドス。ギャラドスは一番、その彼らに罪はないのだが…そんな一番ハズレくじみたいなのを、どうして選んだのか。

ダイゴもそれは気になるところなので、何でもないふりをしながらも耳を欹てた。

「ギャラドス、優しいから… わたしでも、大丈夫かなって」
「あ… アー」

ワタルのギャラドスと言えば、僕のボスコドラをハイドロポンプで場外まで吹っ飛ばしてくれたあのギャラドス?その後の試合では、破壊光線で森林フィールドを炎の海に変えていた気がするけれど。

「…ミシャ、たしかに俺のギャラドスは君を妹のようにおもって優しく扱ってくれているが」

あ、優しいんだ。

「同じような個体をパートナーにできるとは限らない。それにコイキングの時に絆を深められても、ギャラドスに進化すると性質そのものが大きく変化してしまう個体が多い」
「わ、ワタルさんの修行がんばっても難しい?」

痛い所突くな、この子。
とうとうワタルが顔を手で覆ってしまった。どうやら効果は抜群のようだ。…天下のドラゴン使い、それも自分の娘で(どういう教育方針か知らないが)トレーナーとして育てているのなら、これほどの殺し文句はないだろう。おそらくミシャは才能がある。あのワタルを、カントーで最も恐ろしく強いドラゴンを、こうも手玉取っているのだから違いない。それにワタルが気づいていないはずもない、だからダメの一言が直ぐに出ないのだ。

「__あー、ごほん。 それなら提案なんだけれど、」

だからというわけではないが、なんとなく手助けをしてやりたい気持ちになった。

「僕がおススメの釣りスポットを紹介するよ、そこでコイキングは釣れるはずだからまずは試してみたらどうかな」
「釣り… やったことないのですが、大丈夫ですか」
「もちろん、初心者でも大丈夫。明日、僕が釣り竿セットをプレゼントするよ」

デボン社では釣り竿も製品として取り扱っている。その中から子どもでも扱いやすいものを包んであげようと算段をつけながら、ミシャに話を続ける。

「明日、お父さんと一緒に行ってごらん。ただ君はカントーで育てるつもりだろう? だったらまずはここでコイキングと触れ合ってみて、それでやっぱり彼らが良いとおもったら… カントーでゆっくり、ギャラドスになっても友達でいてくれるコイキングを見つけることをおススメするよ」
「…はい、ありがとうございます」

…これで、ひとまず時間は稼げただろう。
ちらりとワタルを見れば、感謝の意だろう。小さな辞儀が返って来た、まあ色々あったがあのワタルに恩を売れたのだから収穫だ。ミシャちゃん、とっても面白い子だ。カントーで最も恐ろしいドラゴンが慈しむ子、いったいこれからどんなトレーナーになるのか。

(ワタルにはあんなこと言っちゃったけど、僕も彼女に喰われないように気を付けないとね)
___まあ、こちらもそう易々と喰われるつもりはないが。

ぐいと最後に飲み明かしたシャンパンは、少しだけ苦いように思えた。





翌日、アドレスを交換したミシャちゃんからお返事が届いた。
年齢の割にきちんとした文章で、パーティーと釣り竿セットのお礼が綴られている。そうして、教えてもらったスポットで赤いコイキングは釣れなかったこと。代わりに珍しい色のコイキングが釣れたので、ワタルと相談して連れて帰ることにしたらしい。…珍しい色?

添付された写真には、控えめな笑みでピースするミシャと、水面に顔を出して鰭でサムズアップするヒンバスが写っていたので、ダイゴは思い切り珈琲を吹き出すハメになった。

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