ワタルさんに拾われて、弟子になった女の子がいる
オノノクスが大きなキバで薪をつくる。その薪をリザードンが手と尻尾で器用に持ち上げた。わたしも手伝おうとおもったけれど、一本しか持たせてもらえない。残ったのは全てオノノクスが抱えてしまった。
「わたしもてる」
「グルル」
わかっていると、言うようにオノノクスとリザードンが頷く。それでも彼らは一本しか渡してくれない、釈然としなくて黙り込んでみる。けれど少し先を歩いては振り返いて2匹が待っているから、“みてくれの子ども”に引っ張られて意地を張っているのもダサい気がして駆け足で追いかけた。
「おかえり」
「ワタルさん、まきもって きた」
待っていた人は、一本しか薪を持っていないわたしを見て何を思ったのだろう。さっさと薪を積む作業に入る2匹を横目に、困ったような顔で肩をすくめた。
「ありがとう、ミシャ。リザードンたちと同じところに運んでくれ」
「はい」
言われた通りにしようと走ったが、後ろから「走らない」と鋭い声が飛んでくる。慌てて足を止めて、代わりにゆっくりと歩いた。たどり着いた場所に薪を積もうとしたら、オノノクスが赤い爪を器用に使って手伝ってくれた。リザードンが尻尾を回して、わたしが転ばないように背中を支えてくれている。そうして、どうにかこうにか薪を積み終えたわたしを見て、…ワタルさんは「甘やかしすぎだ」と、やっぱり困ったような顔で笑っていた。
____ワタルさんのところに身を寄せて、半年が経とうとしていた。
どういう理由か知らないけれど、気付いたら知らない場所にいた。体は自分の記憶とは裏腹にとても小さくなっていて、その所為かひどく心細かったのを覚えている。周囲から聞こえる獣の声が怖ろしくて、声を押し殺して泣いていた。ぎゅうと体を縮こませて森の奥に隠れていたのだ、だけどワタルさんはわたしを見つけてくれた。
ワタルさんはお仕事のために、そこを訪れていたという。迷子になっていたわたしを見つけたのは偶然で、すすり泣く声に最初に気づいたのはパートナーのカイリューだった。
「もう大丈夫だ」
…そう言ってわたしを抱きしめてくれた腕が、この世界で初めて感じた暖かさだった。
だからというのはあまりに幼稚なのだけれど、警察に引き渡されそうになってもわたしはワタルさんから離れなかった。彼の足とマントの間に隠れて、頑なに出てこないわたしにみんなが困った顔をした。
そんなわたしの見方をしてくれたのは、意外にもワタルさんのポケモンたちだった。カイリューは泣いて嫌がるわたしをあやしてくれた。隠れるわたしをリザードンは知らないフリをしてくれた。ハクリューたちは一緒に遊んでくれて、ギャラドスは自分のきのみを分けてくれる。獰猛なプテラすら、わたしを自分のタマゴであるかのように包んで温めてくれるから。ワタルさんは等々諦めてくれたようで。
「俺のところに居たいというのならそれ相応の理由が必要だ、君の役割も」
____わたしの頬を、ポケモンにするように指で摩りながら。ワタルさんは言う、その日からわたしは彼の弟子になることになった。それが泣き虫でこわがりで、名前以外になにも覚えていない孤児に、ワタルさんが最初に与えてくれた居場所だった。
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ワタルさんは、フスベという古里の出身で。その里のものは、みなドラゴン使いだという。ワタルさんも例に漏れず、幼いころよりミニリュウをパートナーとして育った。そのミニリュウが今のカイリューなのだと、とても誇らしそうに教えてくれたのを覚えている。
「君にもパートナーが必要だな」
「ぱーとな」
「ポケモンに良く好かれるようだが、友人のような関係のままではいけない。トレーナーは常に彼らのリーダー足らねば。守られるばかりではなく、君自身が彼らを守れるようになるんだ」
「…それ、むずかしい」
だってワタルさんのポケモンたちは皆大きくて、とても強くて気高くて…やさしい。わたしはいつも守ってもらう立場で、わたしなんかが彼らを守れるようになる未来なんて到底想像がつかなかった。
「弱音を吐くな」
「うっ」
「できないのではない、ならなければいけない。俺の弟子になるというのはそういうことだ」
そう強い口調で叱るワタルさんは、…ドラゴンたちより余程恐ろしかった。
なのでわたしはピィピィ泣いた、それはもう赤ちゃんポケモンみたいに。わたしが弱気になる度に、ワタルさんは眉間にしわを寄せてそれではいけないと叱った。
それでも理不尽なことは一度も言われなかった。ポケモンと生きていくために必要なこと、ヒトとして貫かなければいけないこと、…わたしが一人でも立てるようになるために大事なこと。そればかりだったと思う。
「まるでドラゴンの親子みたいだね」
「ゲゲゲッ」
泣いて修行を放り出したわたしを回収してきたワタルさんを見て、キクコさんが愉快そうに笑った。大きいゲンガーと、どこか妖しい雰囲気をまとうキクコさんは苦手だった。でもキクコさんはそうではないようで、ふらりと現れては怯えてワタルさんの後ろに隠れるわたしと、呆れるワタルさんを見て愉しそうにしていた。
そういう日は夜眠るとゴーストが来る気がして、怖くて眠れないからワタルさんの布団に潜り込んだ。ショボショボと襖を叩くわたしを、ワタルさんはしかめっ面で迎えては仕方なさそうに布団に入れてくれるのだ。
今日も沢山怒られて、大泣きして出て行ったわたしを回収してくれたワタルさん。ワタルさんの首にぎゅうぎゅう抱き着いて、すんすん泣いているわたしは、彼がどんな顔をしているのかは分からない。呆れているかな、怒っているかな。でも、ワタルさんの大きくて傷だらけの手は…わたしのふにゃふにゃで情けない手をずっと握ってくくれていたから。不思議と不安はなかったの、
強くて、かっこよくて、厳しくて…優しいワタルさん。
どんなに怒られても、ワタルさんが大好きだった。だから、ワタルさんの期待に応えたくて頑張ったけど、上手にできない。だって、“わたしの世界にはポケモンなんて存在しなかった”。どう接すれば良いかわからない、ポケモンを軸にした世界の常識は、わたしにとっての非常識。
あの世界で生きるために求められていたものと、この世界で必要とされるものが根本的に違う。その事実はわたしの判断を鈍らせた、知識の習得が遅れ、迷いは隙を生む…この世界では、その一瞬が命取りになることも多い。
「そこまで怒らなくても良いのではないのかしら、その子頑張っていると思うわよ」
「…カリン これは俺たちの問題だ、口を挟むな」
「あら、ならこんなリーグ本部のど真ん中で子どもを叱らないでくれる。四天王のトップが、本部を私物化しているなんて噂がたっても知らないから」
ヒールを鳴らして現れたのはカリンさん、彼女はとても美しくて次期四天王と目されるほどバトルが上手な女性だった。パートナーであるブラッキーが、ヒールのブーツをはいたような長い足でくるくるとわたしの周りを回って、じいと大きな目で見つめてくる。怖くてぴゅうとワタルさんのマントの中に逃げた。それを見てカリンさんが鈴を転がすような声で笑った。
「聞けばあなた、ポケモンのことばかり教えているようじゃない。優秀なトレーナーになるには、他にも学ばなければいけないことが沢山あるわ」
「誰がそんなことを」
「キクコおばさま」
にっこりとほほ笑むカリンさんに、ワタルさんが頭を抱えた。…ワタルさんも、大概キクコさんが苦手だった。というより逆らえない、あの人はワタルさんよりずっと人生の先輩で。若くして四天王になったワタルさんを、色んな意味で面倒を見てくれた恩人だという。
「女の武器は多岐に渡ってよ、殿方と違ってバトルだけ“お上手”なら良いわけではなないの」
そういって、カリンさんはわたしをワタルさんから引き剥がした。ガチガチに固まったわたしを小脇に抱え、ヒールを鳴らしながら攫っていく姿は一周して見事であったと、後にワタルさんは語った。
その日、わたしは初めてウィンドウショッピングというものをした。
「わたくし、あなたにはこういった色が似合うと思っていたの」
そう言って、カリンさんはわたしに明るい花柄のワンピースを着せた。それまで少年のような服ばかりを着ていたわたしにとって、それは未知の出会いであった。とても心がウキウキする、いままでワタルさんが用意してくれたシャツやズボンばかり着ていたので嬉しい。
…ああでもワタルさんはこういうの嫌いかもしれない。そう思うと夢心地であった気持ちが一瞬で萎んでいくのを感じた。打って変わって俯いてしまったわたしに、カリンさんが不思議そうな顔で理由を尋ねてきた。小さな声で答えれば、カリンさんは目を丸くした後とてもおかしそうに笑った。
「ミシャ、あなたに良いことを教えてあげる」
「いいこと?」
「ええ、男はねわたくしたち女の好みが解るほど賢い生き物ではないわ」
そういってウィンクするカリンさんは、とても魅力的な女性であった。
沢山のお洋服を買って戻って来たわたしに、ワタルさんは何事かと驚いたがすぐに状況を把握したようだ。
「カリン」
「野暮なことは言わないでね、ワタル。 今度は二週間後ね、お料理に興味があるらしいからキクコおばさまのお家でお教えていただくことにしたのよ」
ねえ、とわたしの肩を抱くカリンさん。ふわふわに巻かれたアイスブルーの髪から、とても良い香りがした。酩酊したような心地で頷いたわたしを見て、カリンさんは「それよりも、ミシャに言うことがあるでしょう」とワタルさんに言う。
「…、」
「歴代リーグ最強と名高いドラゴン使い様、いつも威勢はどこにお出かけかしら」
ワタルさんの顔が苦虫を噛み潰したように引き攣った。深く息をつくと、膝を着いてわたしの髪を梳いてくれる。
「良く似合っている、ミシャ」
その言葉が嬉しくて、わたしはワタルさんにぎゅうと抱き着いた。ワタルさんは苦も無く抱き留めて、いつもみたいに腕に座らせて抱き上げてくれる。
「30点ね、女性の髪に断りもなく触れるものではないもの」
「…君は手厳しいな。ミシャ、カリンに礼は」
「もう沢山してくれたわ」
それでも足りないというのなら出世払いなさい。と、カリンさんはわたしの頬にキスをくれた。