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ジムチャレンジでキバナ少年にロックオンされる


「ゲ」

聞こえた声に顔をあげる。男の子が、歯ブラシ粉片手に顔を顰めていた。
ワイルドエリアの片隅にあるキャンプエリア、ここはジムチャレンジが開催されている間だけ整備されている。早い話が不慣れな子どもたちへの救済処置だ。

(そんな風には見えないけれど)

いかにもワイルドな生活に慣れていますといった風体の男の子は、エリアにいるよちよち歩きのエレズンみたいなチャレンジャーたちとは違う気がする。きっと強いトレーナーだ、この子は。

だがそんな彼も、歯ブラシ粉の限界には敵わないらしい。

限界を超えて絞り出されたのだろう、強い握力でぎゅううと絞られ続けたことが解る歯ブラシ粉センパイだった。モウ…デナイワ… とか細い声が聞こえてくるようだ。それを端目にぺりぺりと包装紙を剥がす、今下ろしたばかりの新品歯ブラシ粉。わたしも先日無くなったので新しいのを仕入れたばかりであった。

給水所にはわたしと彼しかいなかった。

「ねえ、」
「ア?」
「はい、使ってどうぞ。いま開けたばかりだから」

この世は持ちつ持たれつ。いつかまた出会った時、彼がわたしを助けてくれると良い。…そんな下心だらけの親切心だったが、意外にも受け入れられた。「…サンキュ」 大地と太陽と湖と、このガラルの地のすべてに愛されたような少年は、キバナ・バルシヤと名乗った。





「ドラゴンは、育成に金がかかるんだ」

それゆえに何時も金欠なのだという彼は、そのくせ疲れを一切感じさせなかった。

「俺はまだバトルもヘタクソだからさ、良くこいつらにケガさせちまう。ポケモンセンターがいくらフリーでも、基本的なケアしかしてくれないからな。それ以外の必要なことは俺たちがやらねぇとだろ」
「そうだね」
「全部ぜんぶ俺様のためにしていることだから何とも思っちゃねぇけど、良く知らねぇヤツにビンボーだのなんだの言われるのは腹が立つ」
「ねえ、今日もお夕飯食べに来たの?」

キバナくんの目がその言葉を待っていたというよう輝いて、どこからともなく食器を取り出して見せる。にまあと笑って「ゴチ!」とまだ食べてもないくせにお礼だけ口にする調子の良い男の子。

「ミシャのカレーうまい! カントーのメシウマってマジなんだな」
「ガラルの味付けも好きだよ」
「俺もすき〜、でもスコーンと紅茶なら負ける気しねぇわ」

「今度、俺がフロムガラルのカレー作ってやるな」と、口いっぱいにカレーをほおばったキバナくんが笑う。そのヌメラのような笑顔を見ていると、彼が今回のジムチャレンジ優勝の最有力候補のひとりだとは思えない。噂によると今大会で注目されているのは3人。

「リザードン使い」 ダンデ・レオーネ
公式ジム戦すべて無敗、勢いが止まるところをしらない風来坊。

「ミス・マグノリアの孫」 ソニア・サレンダ
今大会において最も博識、特性をよく理解しており理知的なバトル展開が特徴的な才媛。

そして、キバナ・バルシヤ … ファンが付けた呼称は「ドラゴンストーム」。
由緒正しき竜騎士が守るナックルの地にて生まれ育ったドラゴン使い。

(優勝枠はこの3人の争いになるのが見えているから、今年はリタイアする子も多いってきいたな)

斯く言うわたしも、すでに諦めて記念チャレンジ気分である。
食事の片づけをして戻ると、ポケモンたちのメンテナンスを終えたキバナくんが、わたしのメリープのトリミングをしてくれていた。ドラゴンを扱うキバナくんは同世代の少年に比べると小柄だが力がある。しっかりと櫛が通って気持ちが良いのだろう、黄色い綿が土の上に広がって絨毯みたいに溶けている。

「アーケンも来いよ、今夜は特別サービスだ」

わたしの肩に乗っていたアーケンが、嬉しそうに翼を広げてキバナくんの元に滑空した。おいおい、マスターはわたしだよ。ちょっと。

「キバナくんにわたしのポケモンとられちゃった」

キバナくんの膝の上に毛を擦り付けて甘えるアーケンをねめつけながら、キバナくんのナックラー耳打ちをする。だが解らないようで、星の瞬き様な目をパチパチさせるばかりだ。大きな頭を傾ける様子が可愛くて、数度撫でてやるととろんと瞼を落とした。

「なあ、ミシャ」
「ん」
「ジムチャレンジが終わってもさ、こうして一緒にキャンプしようぜ」
「んー ん?」

とんでもないお誘いを受けた気がして。顔をあげると、キバナくんがこちらを見ていた。ぱちぱちと爆ぜる焚火の向こう側。鮮やかな蒼色の瞳には、わたしだけが映っていた。

「約束な」

和らぐ目元、あのヌメラのような笑みではない。それは例えるなら_____獲物を見定めたドラゴンのような顔だった。なぜかそれがすこし怖く思えて、わたしは上手に返事ができなかった。

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