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une moitié


白ボスが最近タバコを止めた。
疲れ顔で喫煙室に訪れては「ごめん、一本ちょうだい」と部下の煙草をくすねるのが常であったのに。すっかり寄らなくなった白ボスだが、部下と言えば今度は何時までもつかと笑い話にする程度。サブウェイマスターの白いボスと黒いボス。特に黒い方がヘビースモーカーであるのは周知の事実だ。そして白いボスも禁煙を試みては失敗している。彼らの仕事は常に多忙を極めており、サービス業独特のストレスとは腐れ縁状態だ。プライベートで発散できない分、これでもないとやっていけない。それがボス…今を時めく管理職さまならなおのこと。

そうして笑っていたが、1週間、1ヶ月とつづくとこれはまさかと色めきたった。賭けで損した部下が黒ボスにチクれば「そんなまさか」と半信半疑。この双子、同じ顔で同じ職場で同じマンションに住んで、流れるようなタッグバトルをする癖に、時折おどろくほど互いのことを知らない。近すぎて気づかないというものもあるのだろうか。呆れ顔で同僚と話した内容がちらつきながら歩いていると、クラウドの耳が慣れた声を拾った。

「……うん、……  そうだね、良かった …… その日なら、僕も …大丈夫、絶対行くから」

(ん?)

思わず足音を忍ばせてしまった自分に罪はないと思う。人気のないスペースで声を潜めて会話をする後姿には覚えがあった。白いパンツに白いシャツ、手慰みに弄る車掌帽。あれを被れるのは、バトルサブウェイでは二人しかいない。

(白ボスが電話? …めずらしいこともあるもんや)
「…ムリ? してないしてない …ゾロアにも会いたいし …ん、19時に、 時計塔の前で」

基本的にクラウドの知る二人のボスは、外ヅラはいいが、人付き合いはあまり好まない。老若男女に黄色い声でキャーキャー言われる容姿をしているくせに自分たちはそんなものオマケ程度にも思っていないのだ。死ねばいいのに、あ、ちがう。口が滑った。

いやだからこそ、人付き合いに辟易しているのかもしれない。そう言う意味では、長く職場をともにし気の置けない中になった自分たちは貴重な選ばれしトレーナーだと思う。心がじーんとした、あ、ワイいま生きてる。

ぷちとキャスターを切る音がした。おっと顔をあげるとあちらも気づいた様で「エ」と声がひっくりかえっていた。

「クラウド、何時からそこに?」
「それはこっちの台詞やで、白ボス〜 なんや電話くらいこんな場所ないで仕事部屋いきや」
「あー… いま管理室には兄さんが、いて」
「? 別に電話一本くらい怒るような人やないやろ?」

むしろ電話しているのを見るとノイズが入ると悪いだろうと退室するタイプだ。それは双子のクダリの方が知っていることだろうと首を傾げるが。当のクダリは「あはは」と適当に笑うばかりだ。

「そういやボス禁煙しとる? 煙部屋てんで来なくなったやん、さびしがっとんでーみんな」
「え、なんで」
「そりゃそうやろ。ワイらバトル要員はともかく、一般社員はあそこくらいやからな。憧れのサブウェイマスターに会えるんわ」
「大げさだなあ」

クダリは困ったように眉を下げるが、何も大げさではない。解っていないのは本人ばかりである。

「んじゃ、やっぱ禁煙しとんのか」
「…うん、一応。ね、」
「今回はえらいもっとるって皆いうとるで。秘訣とかあるんか」
「秘訣?」
「禁煙の秘訣」

ポケットから取り出したソフトパックをとんとんと叩いて見せれば、クダリは少しだけ目を泳がせてひょいと帽子で口元を隠した。

「…プライベートの充実、かな」
「ほー」

その時クラウドはクダリが適当に流しているのだと思っていた。
だがそれは1週間後、まったくの真実であったことを知る。キャメロンが持って来たSNSのサブマス盗撮写真に、仕事帰りのクダリが楽しそうに女性と話している姿が写っているのを見るまでは。





「それで、運行状況はいかがなものですか?」

主語がない。
管理室のソファに我が物顔で座り訊ねてくる兄。勤務時間を終え、ロッカーの前でしゅるりと青いネクタイを抜き取ったクダリは「なにが」と適当に返す。正直その時のクダリには、制服とはいえ色合いがペラっとしていてダサすぎる青いネクタイをどうにかして変えられないのかということの方が大事だった。その時までは、

兄がいやに重く、ゆっくりと。しかしはっきりといった。

「随分とつれないですね… “ルイさん”」
「!!!!?」

ばんっ どんがらがったんがっしゃーーーーん
なにがあったのは察して欲しい。動揺のあまりロッカーの中にダイブしてしまったクダリに、ノボリは「片付けはご自分でなさいまし」と冷たく切り捨てる。

「なっ のののの ノボリに、 なん そっ !」
「…はあ、 よもや気づかれてないと思っているとは。 心外です、わたくしを誰だとお思いで? お前の双子の兄ですよ? 仕事が恋人といっても過言ではなかった弟がここ最近妙に身形をきちんとして、いやに定時ピッタリにいなくなり溜めこんでいた有休を消化するようになればバカでも気づきます」
「解説やめて!」
「しかも休日に掃除機の音聞こえてきませんし」
「生活音逐一報告するのやめてって言ってる!!」

なにが悲しくて休日に隣に住んでいる双子の兄に生活音をきかれないといけないのか。いや、というかそれをいうなら同じマンションに住むなってことなんだけど。でも入居したときは忙しくて、人にお願いしたら余計な気を利かせて隣部屋を2つ契約されていて…いやそんなことよりも今は。

「……だ、れにも言ってないよね」
「……言ってませんよ、」

ほっ。

「わたくしは言ってませんが、SNSでサブウェイマスタラブ★ノボクダ至上主義さんがあなたとあなたの片思いの女性のツーショットをバラまいています」
「そういうこと先に言って!!!」

その後のクダリは凄まじかった。すぐさまパソコンの前に走り込み、あの手この手でSNSのアカウントを条約違反で通報しアカウントを停止。バラ撒かれた写真も確認できるものは全て削除したようだ。流石は理系である。正直ノボリは電子機器のことがてんで解らないので、マウスを使わずに操作するクダリの姿にこればかりは感嘆を漏らさずにはいられない。

「そこまでなさるとは、随分と入れ込んでいるようですね」
「……兄さん、やけにつっかかるね。別にいいでしょう、互いの色恋に首突っ込むほど野暮な歳でもないくせに」
「おや認めましたか。認めましたね、クダリ。 これは父さんと母さんに報告しなければ」

ノボリが取り出したライブキャスターは没収しておいた。やめろて。

「もうほんと、放っておいてよ…。 こういうのガキみたいでいやだけど、僕今回はマジだから」
「良いことではありませんか。わたくしたちももういい大人ですからね。 …お客様に『サブウェイマスターのお兄さん』ではなく、『地下鉄に引きこもりっきりの廃人のおっさん』と呼ばれる前に身を落ち着かせたい…」
「マジレスやめて」

はあとため息をつくクダリに、ノボリはくすりと笑う。

「精進なさい。これと決めた女にはとことん尽して、貢いで、甘やかすのが、我が家の家訓です」
「それ世間的には引かれるやつ」
「大事なのは世間体より、お前の男としての株ですよ。そんなものを気にしているようじゃ、まだまだ子供ですね」

しれっという兄に負けた気がして、クダリは微妙な笑みを浮かべた。ここで反論しても負けだと思った。

(…ミシャ、今度会えるのは1週間後)

カレンダーを見て日を数える。長いなあと思ってしまう、きっともう(引き返せない)







「え、ミシャちゃんバトルサブウェイ行ったことないの?」

久しぶりに顔を合わせた同僚が、信じられないという顔でいう。
昼下がりのランチタイム。オープンテラスが素敵なカフェでランチをしていると、どういうわけかそんな話に。

「意外だなあ ミシャちゃん元々はトレーナーだったっていうから、手っきりそういう施設は網羅していると思ってた」
「別にトレーナーだったけど、バトルマニアって訳じゃないし。 ジムだってコンプリートできなかったよ」

カントーとジョウトを回ったが、結局わたしが集められたバッチはレベル4が精々。レベル5になると途端にバトルの格が変るのだ。単純に弱点となるタイプをぶつければいいという話でもなくなる…まあ、この話はトレーナーではない彼女に話しても今一ピンとこないだろうが。

「あそこは本当に面白いよ、わたしも何度か友達といった」
「そうなの? トレーナーじゃないのに?」
「あはは バトルするじゃなくて、“観戦”目的。だってあそこのサブウェイマスター、そこらのアイドルよりよっぽどイケメンなんだもん!」
(うげ)

ミーハーの顔で語る同僚には悪いが、それは“地雷”だ。
げっそりとした顔でパスタをフォークに巻いたり、戻したり。食べる気も失せてアイスティーを啜るわたしを置いて、彼女は夢見る少女の声で続けた。

「 … … でさ、もうサイコーなのよ。ミシャちゃんはどっちがタイプ? ノボリさん? クダリさん? わたしは断然シングルの支配人―!」
「タイプってきかれても… わたしその人たち、ちゃんと見たことないし」
「え、ミシャちゃんイッシュにきて何年?」

真顔できかれた、そんなに驚かなくても…。
見たことある、その言葉に嘘はない。何度だってみたさ、…データの上で。思い起こすのは前世の記憶、ゲームの中のバトルに白熱するわたしの姿。イッシュ編は最後にプレイしたシリーズで、一番記憶に新しい。

カントーとジョウトを巡る旅の中で、ゲームのキャラクターを見かけることは何度もあった。でもどれもが“ちがう”、“しっくりこない”。まるでよく似たコスプレイヤーに出会ったような気持ち。ゲームをしていた時は個性的過ぎると思っていた顔立ち、服飾、性格も。いざこちらに来てみれば、そうでもないことが解った。だからなのだろう、彼らは確かにバトルが強く、カリスマ性に溢れているが…どこか人間くさい。それはわたしが敬愛した“キャラクター”に最も不必要な要素だった。

キャラクターはいい。完璧だ、悪口もいわないし、選択を間違うことはない。
____だからそこに、人間性も現実味も、求めてはいけなかった。

(…勝手に期待して、勝手に幻滅するなんて…わたしイヤな子だ。 あーもう、思い出したくないこと!)

勝手にひとり裏切られたような気持ちになっていたわたしは、まるで悲劇のヒロインだ。勢いでイッシュにで出て来たのもそのため。イッシュは最も、前世のわたしがお気に入りだった“キャラクター”が少ない。だからここならきっと大丈夫。たったひとり、お気に入りだったキャラクターに“会わない”ことを心に決めて、この地で就職した。

いま思えば、自己防衛だったのだろう。わたしは別に前世の自分も、生き方も、忘れたいとは思っていない。かつての家族に敬意をもち、それでもきちんと生きた前世を尊敬している。だからこそ、わたしは“もうひとりの彼女(わたし)”が傷つかないように、この道を選んだ。そしてどこか地に足がついていなかった私と言う存在を、現実と言う場所に引き摺り落としたのだ。その選択は間違っていなかったと、いまは自信をもっていえる。

___ぴろん

ライブキャスターがメールの受信を知らせる。ついと同僚の隙をみて指を滑らせると、最近ようやくきちんと音にできるようになった名前が記されていた。____僕も楽しみにしている_____その簡素なメッセージに、胸の辺りがふわふわとする。

(…ルイ、さん  クダヴィート・ルィガロフ、さん)

この世界で、誰かを好きになれるなんて思いもよらなかった。
恥ずかしながら、わたしは前世では添い遂げる相手も。身を焦がす様な恋情も知らないまま終わってしまった。恋愛は初心者なのだ、だからどうやって人を好きになっていいのかもわからなかった。それってアイドルを想ったり、俳優をステキだと思う気持ちと違うの? ええ、違いました。 ルイさんは、わたしにとって一番肉薄した現実で、未来だった。

(人と、… 男の人と遊んだり、食事をしたり、 こんなに楽しいと思った事はなくて、)

こんこんと、フォークでプレートの底をつつく。

(気分も…きもちいい。 次も…会いたいとおもう。 話して…嫌な気持ちにならない)

前部単純な事だが、その全てをクリアしてくれる異性が。世界にどれだけいるのだろうか。

(… さわって、ほしいとおもう )

ミシャ、と。あの声で呼んでほしい。
あの手で触れて欲しい、あの手に触れてみたい。

それはもう、友達の域を超えた欲だ。

「ねえ、ミシャちゃんきいてる?」
「! あ、ごめん。ちょっとボーっとしてた。なに?」
「だから、今夜一緒にバトルサブウェイ行こうってはなし」

楽しそうな同僚の言葉を噛み砕くのに、一瞬時間を要した。

「え」
「まったく、このイッシュ唯一の一般人でも会えるアイドルを知らないなんてソン! 損してるね、ミシャちゃんは! だからわたしが直 々に案内してあげる」
「え、 えーーーーーーーーーー」
「なによその露骨に嫌そうな顔!」
「イヤなんだよ、だからヤメよう?」
「やあよ、イヤがる子を連れてくのって楽しいもの! 行くわよ、どうせ今日の夜飲む約束してたんだから良いでしょう? 30分くらい見るだけだから、ライモンはオシャレなバーも多いし…ほら、ここのお店美味しそうじゃない? 前々からチェックしてたんだぁ〜」
「うーん… たしかに、美味しそう」

結果としていえば。食欲に負けた。

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