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「ミシャ!」

呼ばれた声に振り向けば、人波の中頭一つ分飛びぬけている姿を見つけた。
一瞬気のせいかと思ったが、その人が真っ直ぐにわたしのところに走って来て。それに良く知る銀色がちらちらしていて、うそと思いながら名前を口にする。

「ルイ、さん?」
「はっ うん、遅くなってごめん! 朝、ちょっとバタバタしてて… いやごめん言い訳、カッコ悪いよね。忘れて」

そういって膝についていた手を放し、ふうと顎の下を掌で拭う。その姿はあまりにも、わたしの知っているルイさんと違う。

ホワイトのナイロンパーカーにブラックのパンツ。下にはランニングタイツを履いていて、ランニングシューズはイエローラインがとってもオシャレだ。オシャレサンバイザーしている人、生で見たのは久しぶりだ。

「…あ、良ければ飲みますか? 適当にペットボトル買って来たんです」
「え、いいの」
「はい。今日は動くと思ったのでスポーツ飲料なんですけど」
「僕もこれ好き、ありがとう」

快く受け取って貰えたので良かった。ぐっと一気に3分の1ほど飲み干して漸く一息つけたようだ。本日は、ルイさんと一緒にヤグルマの森に出かけることになっていた。ここのところルイさんの仕事は多忙を極めていたようで、2か月前から日付を極めて漸く決行が決まった。正直良かった。一度ドタキャンされた事があるのだが、その時のルイさんの謝罪メールには鬼気迫るものがあって…。まるで気にしていないわたしとしては、約束が先延ばしになることは心苦しいものがあったのだ。

「じゃあ行こっか。とりあえずヒウンシティまで」
「この時間だと、バス45分発に乗れそうですね。ちょうどヤグルマの森に停まるみたいです」
「ブレックファーストは済ませて来た?」
「はい」

頷けば、ルイさんは「パーフェクト」と言って笑った。…イケメンだから許されるって、こういう時に使う言葉なんだなあ。




ヤグルマの森に着くと、ひとまず挨拶をすべくゾロアのボールを投げた。きゅるんと1回転して現れたゾロアはきゃんっと高い声で鳴いたあとツリ目で忙しなく周りを見渡しくんくんと鼻を泳がせる。

「知らない匂いだから警戒しているみたい」

ルイさんがこそっと耳打ちしてくる。安心させるために「ゾロア、」と呼ぶとぱっと三角耳をあげてダッシュしてくる。だがすぐにキーっとブレーキがかかる。その青い瞳がきゅうと細くなり…ルイさんを見ていた。

「こんにちはゾロア。 僕はルイ、君のトレーナーの友だち。よろしくね」

しゃがみ込んで掌をだすルイさんにゾロアは吃驚した様子だった。どうしようか、迷ってわたしをみたりルイさんをみたりするので、ルイさんがうーんと唸って最終兵器を取り出した。すぐにそれを察したゾロアがぱあと顔を明るめる。

「これはお近づきの印、どうぞ」

ルイさんが取り出したのはポロックだった。ゾロアは涎を垂らしそうなだらしない顔で高らかになくと、喜んでルイさんの手に縋りついた。がつがつ食べるゾロアはお世辞にも行儀がなっているとはいえず「すみません…」と消え入るような声で言う。ルイさんは「僕もちょっと複雑な気分」と苦笑いした。確かに、これではルイさんというよりポロックと宜しくだ。

お腹いっぱいになったゾロアは、まずは外に慣らす所から始めた。散歩といってもいいかもしれない、途中好戦的な野性のポケモンに出くわしたら軽くバトルをした。ルイさんのアドバイスを聞きながらゾロアのバトルスタイルを学んでいくのは、まるで専用の家庭教師でもついたようだった。

「ルイさん、本当にポケモンに詳しいですよね」
「ん?」

バトルに勝利に高揚状態のゾロアと撫でるルイさん。感嘆の溜息とともに言えば、なんとでもないと彼は笑う。

「うーん…前も言ったけど、これは職業病みたないものだよ」
「でもバトルもお上手で、なんかもう…先生って呼びたい気分です」
「それはちょっと…。 あそこ、座ろうか」

そういってルイさんは木陰に誘導してくれる。倒れている大きな木があって、ルイさんはパーカーを脱いで幹に伏せた。そこに「座って」と当然のように言われて心臓が飛び出るかと思った。結局座らせていただいております、はい。

「僕の故郷はポケモンと協力しないととてもじゃないけど生活できないような雪の深い田舎街でね。ポケモンのことを知るのはライフサイクルの一環。それに、両親ともにトレーナーだったから、僕と兄さんにとってポケモンは兄弟みたいなものだったんだ」
「お兄さんがいらっしゃるんですね」
「うん。双子の兄、そっくりだよ」
「ルイさん確りされているから、長男さんかと思っていました」
「それは珍しい意見かな」

生きて来た中では、ルイさんは弟に見られたことが多いらしく、それにはわたしが驚かされた。

「ミシャ兄弟は」
「弟がひとり、いまはカントーで大学に通っています」
「やっぱり、ミシャはお姉ちゃんだろうなって思った」
「それは珍しい意見です」

ついオウム返しに言葉を選ぶ。きょとんとしたルイさんにイタズラが成功した子どものように笑えば、すぐに破顔してくれる。

「ミシャはユーモアが好きだね、初めて知った」
「それはわたしの台詞です。ルイさんの今日の服装、誰かと思いました」
「僕の?」

意外そうにルイさんがいう。今はサンバイザーをとり、何時も軽くオールバックにされていた銀の髪がさらさらと風に泳いでいる。前髪があるだけで大分印象が変わる。銀のツリ目が隠れると、とても甘いマスクをしていた。

「もっとこう…休日でもシャツとか、しっかりしている方なのかなあと」
「…幻滅?」
「まさか! 逆に親しみが持てました。わたしも私服はジーパンパーカーです」
「ミシャが想像していた普段の僕は、兄さんの方が近いかも」

わしわしとゾロアがルイさんの足を掻いている。遊んで遊んでとごねる小さなゾロアを片手でひょいと抱き上げる。

「抱っこしていて」
「? はい」
「ゾロア、君に僕の“家族”を紹介するよ」

そういってわたしの膝の上にちょこんと座るゾロアの頭を撫でる。腰を探り取り出したのはモンスターボール。わたしたちを観客席に、ルイさんは背を向けると慣れた様子でボールをスイングした。
そうして赤い光の中現れたのは目が覚めるような黄と青の美しいコントラスト。___鋭いカギ爪に逞しい足、翡翠色に輝く鱗を持つ翼を持つ始祖鳥。

「やあ、アーケオス。 コンディションはどう?  ___ははっ 元気そうでなにより!」

青い翼をバサバサと震わせて、周囲を確認したアーケオスはふるりと頭をふってドスドスとルイさんに走り寄った。長い首を巻きつけてごろごろとニャースのように喉を震わせる様子からも、彼らの間にとても長い時間があることが見て取れる。キレイなポケモンだった。ほうとしていると「ミシャ!」とルイさんが呼ぶ。

「ミシャ、こっちに ……ありゃ、ゾロアごめんね。驚かせちゃったかな」
「お おっ ゾロア」

見れば膝の上のゾロアの毛がぼふっとたっていた。ぽふんと手を当てるといつも以上にふかっと毛が垂れる。ルイさんが近寄って来るとその後ろからギャアと鳴いてアーケオスが続く。びっくりしたゾロアがぎゅるんっとこっちをむいてぐりぐりと腹に顔をすりつけた。

「あ、ゾロア うわっ ちょっと」
「あ、僕見ないようにする」

パーカーの内側に潜り込み始めたゾロアにぱっとルイさんが顔を背ける。…紳士、ありがとうございます。ゾロアを引きずり出そうとしているとじっとこちらに寄せられる熱い視線に気づいた。視れば、顔を背けるルイさんの後ろに青い羽が生えている。そして器用にこちらを除きこんでくるアーケオス。

「えっと… こんにちは、はじめましてアーケオス  ミシャです、こっちはゾロア」

よろしくね。そう言おうとしたが、アーケオスはじっと見て来るばかり。なんだにらみつける攻撃か。だらだらと汗を掻くわたし、じっと視線を寄せてじりじり首を伸ばして来るアーケオス。異様な圧迫感に硬直し、あ鼻の先がくっつきそうと思った時、パーカーから黒い毛玉が飛び出した。

がうっとゾロアが鳴く。目の前がゾロアでいっぱいになってついでにぐるんっと空気が渦をまく感覚。あ、これは。____そう思ったときには膝の上に“ルイさんが”乗っかって来ていた。

「きゃああああーーーーーーーー!」
「え、 なにっ うわああああああーーーーーーーーーーー!」

アーケオスもぎゃあああああああと叫んだ。
それにつられて、ルイさんに化けたゾロアもきゅおーーーーーーーんと叫んだ。ルイさんの格好でやめなさい!

「ちょっとまって、ゾロア!それは洒落にならないから!化けるのやめて!」
「ぐぶっ 苦しっ ゾロアしめなっ 首っしまって」
「うわごめんミシャ、 って僕じゃなくて、 ちょアーケオス待って、食べちゃダメ!」
「くる…し…っ」
「ゾロアお願いだから戻って!!」

ルイさんのマジ泣き10秒前の声とアーケオスの威嚇顔に怯えたのか、ぎゅうぎゅうとルイさんの姿で抱き付いて来たゾロアが再びぐるんと渦を巻く。そうして膝の上に…わたしが座っていた。泣きそうな良く知っている顔がぶるぶる震えてわたしに抱き付いている。なんだこれ。一周回って疲れてしまったわたしは、ルイさんが「…これは、これで…」とぼそりと言ったのを聞いてなかった。




「はあ…疲れた」

ぼすんと座り込むルイさんに、アーケオスが大丈夫かというように顔を覗き込んでいる。ゾロアを戻したわたしはすみませんと心の中で謝りながらボールを戻す。…ついでにひとつ、慣れ親しんだボールを手に取った。ぽんと投げて現れたポケモンを見て、ルイさんがあと声をあげる。

「シャワーズ、 えっと確か… アクアちゃん、だっけ?」
「残念、くんでした」

「これは失礼しました、_____ミスター?」

ひゅるんと尾をドレスの裾のように巻いたシャワーズはルイさんにぺこりと辞儀をする。まるで気にするなというような様子に、この子はと苦笑する。

「シャワーズ覚えてる? ルイさんだよ、ゾロアを捕獲した時にお世話になった人」

どうやら覚えているらしい。ルイさんがゾロアの時と同じようにシャワーズに挨拶しているのを見ていると、のっそりとアーケオスが寄って来た。びっくりしながらも「どうしたの」ときけば、アーケオスはじっとわたしを視て。右から、左から、前から後ろ…ぐるぐる回って一通り頭の上の旋毛まで確認されたあと、ふんと満足そうに鼻息をかけられた。…なんでしょうか。

「あれ、ミシャ。何時の間にかアーケオスと仲良しだ」
「…はい、なんか… 気に入っていただけました」

シャワーズの両足をもってよいよいしているルイさんが楽しそうにいう。わたしはアーケオスに後ろからのっそり圧し掛かれながらなんともいえない気持ちになった。仲良し…か?

その後もアーケオスに妙な絡まれかたをしながら森を楽しんだ。ルイさんは紳士だけど気さくな人で、一緒に居て肩のはることがない…楽しい人だ。途中タッグバトルも楽しんだ。互いにバトルもしたことないのに、初めてがタッグバトルとは思いもよらなかった。だがさすがはルイさんというところで、彼はわたしのサポートに徹してわたしとポケモンが動きやすいように随時四方に気を配ってくれた。おかげで全勝だ。

「じゃあまた…今度は食事とか一緒にどう? 美味しいお店知っているんだ」

「よろんで」

そういって笑えるくらい、気づけばわたしはルイさんという人に惹かれていた。

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