PKMN | ナノ




深い緑色に掛かる色とりどりのイルミネーション。
雪の結晶やハートの愛らしい軌跡で溢れかえったアスファルトを手を繋いで歩く恋人たち。女性はその桃色の唇から零れる真っ白な吐息の様に甘くとろけてしまいそうな愛らしさで身を包み、男性はそんな女性を包み込むような大樹の色を纏っている。こんな寒いのに少しでも彼の為にオシャレをしてくる女性はみんな吃驚するほど綺麗で、さらけ出された真っ白な足を見るたびに思う。きっと彼女たちは寒くないのだろう、だって男性があんなにもきつく優しくその手を、その体を、抱きしめてくれているのだから。



(寂しい…独り身は、すごく)

はあと重い溜息を吐きながらちらりとカレンダーに目をやる。丁寧に斜線が引かれた日付を辿れば今日という日付に辿り着く12月24日。今日は俗にいうクリスマス・イヴだ。そんな日に私ことミシャと言えば、恋人がいないしそんな日を一緒に過ごそうという酔狂な友人も居らず、こうしてオダマキ博士の研究所でボランティアの真っ最中である。

オダマキ博士の研究所では毎年クリスマス・イヴにクリスマスパーティーを開く。この日ばかりは鉄の機械音しかしない殺風景な研究所も、色とりどりの飾りや思わず涎が零れてしまいそうなご馳走の数々と心躍るクリスマスソングに包まれる。その手伝いをミシャはしていた。朝から研究所に派遣されたミシャは取り敢えずパーティー会場となるフロアを一折掃除し、昨年使われた飾りを引っ張り出した。今は職員が買い足してきたものも含め十分すぎる量のあるそれで部屋を色取っている最中だった。暖かい暖房のお蔭で作業に苦は無いがいかせん目と喉が渇いて来た。少し休憩するのも良いかもしれないとぐっと背伸びをして脚立から降りる。足元に置いておいたペットボトルをひょいと持ち上げてキャップを捻りながらなんとなしに外を見る。

(大分暮れて来たな…準備急がないと、)

こくりと喉を潤しながらそう思ってため息が零れる。ちらりとみればまだまだ準備の整っていないホールが飛び込んでくる。誰か手伝って欲しいものだがそれは見込めない。研究所の職員はパーティーにやってくるミシロタウンの子供たちへのプレゼントの買い出し、オダマキ博士は料理の注文で忙しい。サファイアちゃんは今ごろ寒空の下を元気に移動中だし、エメラルドくんは父親がジムリーダーを務めるトウカジムのクリスマスパーティーに出席することになっていたはずだ。では___ルビーは?

「論外だな」

考えるより先に口を着いた結論に思わずげんなりする。
ルビー、エメラルドの実兄にして我がホウエン地方の誇るダブルチャンプ。自分の利益にならないことは絶対にしないといっても過言ではないあの男がこんな面倒なボランティアに来る筈がない。それに、非常に認めたくないが彼はもてる。もしかしたら今ごろデートの真っ最中かもしれない。

ルビーは良い男だった。意地悪いがそれを垣間見せない笑顔や言葉選びは女性を骨抜きにするには十分だ。スラリと長い手足にトレンチコートは良く似合っていた、あの鋭い紅色の瞳にはきっとシックな深緑タータンチェックのマフラーが良く映えるだろう。見た目よりずっと分厚いあの掌に繋がれたらこの寒空の下でも寒さ1つきっと感じない。

「…仕事しよ」

なんか無性に腹が立った。クッソー…なんでアイツに可愛い彼女がいて私に彼氏ができないんだ!!可笑しい!世の中不条理だ!!

行き場のない憤りを(毎年オダマキ博士が被ると言う)サンタの被り物にぶつけているとピンポーンと言う音が響いて来た。大分予定が早いが職員が帰ってきたのだろうか、そう思って慌てて研究所の入口へと向かい内鍵を開けた。「はーい、」と扉を開けた先に見つけた色にミシャは愕然と目を見開いた。

「あ、いたんだ」

そんなミシャとは対照的に___ルビーはあっけらかんとした口調でそう言った。真っ黒な髪を何時もの白い帽子で隠しきっと似合うだろうと思っていたシックな深緑タータンチェックのマフラーに口元を埋めたその姿は何時もよりどこか気怠そうだった。

「ねぇ寒いんだけど、」
「あっ、ごめん。入って入って、」

催促する様な言葉に慌てて扉を大きく開けて驚いた。それまでルビーしかいないと思っていた玄関先に大きな影が現れたのだ。

「うわっ」
「中に運んで、中央の辺りに」

驚くミシャをしり目にルビーは扉を大きく開きながら後ろに居た影__ゴーリキーにそう命じる。ゴーリキーは張りのある返事と共にどすどすと研究所へと歩を進めた。その腕には彼の倍はある大きなモミの木が抱かれている。

「オダマキ博士から何も聞いてない?」

ルビーの言葉に状況が解らずきょとんとしているミシャはこくりと頷いた。それにルビーの紅色の瞳が僅かに細まり「はあ」と深い溜息を洩らした。

「オダマキ博士に頼まれたんだよ、自分は時間がないから代わりに届けて欲しいってね」

そう言ってホールへと向かうルビーに「オダマキ博士が?」と復唱する。かちゃんと内鍵を閉めて慌てて後を追えば「もうちょっと右、そう。そこで良いよ、お疲れ様」ルビーは既に手際よくモミの木をホールに設置していた。赤い閃光と共にゴーリキーがモンスターボールに戻っていく。

「ていうか、良く時間があったね…」

スタンバイモードに戻したボールをホルスターに戻すルビーに疑う様に訊ねれば「なにが?」と逆に訊ねられてしまった。態々届けに来てくれた人に対する質問にしては少し失礼かもしれない、そう思って一瞬口ごもるがまあ良いやと思い直しマフラーを解いているルビーに訊ねた。

「ルビーくん。忙しくないの?今日クリスマス・イヴだよ」

そう言うとルビーはPコートのボタンを外していた手をぴたりと止めた。紅い瞳が色濃い意味と共に投掛けられ思わずぎくりと肩が触れる。悪い事してないのになぜか問い質されている様な気がして頭の中がぐるぐると混濁する。ルビーは怒ると怖い、それはすれ違う様な彼との関係の中でミシャが確信を持って言える事の1つだった。なんとかそれだけは回避しようと言葉少なに返す言葉を選択していると「___べつに、暇だったよ?」と先にルビーが答えた。

何故か疑問の台詞に心の中で突っ込んでいるとルビーが脱いだPコートを乱暴に投げ渡してきた。

「うわっ」
「それ、ちゃんとつる下げといてね。高いから、」

ついでに剥ぎ取った帽子とマフラーも投げ渡す。自分は身軽なセーター姿になりすたすたとモミの木に向かう姿にむかっとしながらも(ルビー曰く)高級品らしいそれらを汚さない様にいそいそと持ち直した。

ルビーの衣服をつるしてホールに戻ると予想外にもルビーが仕事をしていた。モミの木にサーナイトと共に飾り付けを行う姿に思わず言葉を失っていると、ミシャに気づいたサーナイトが綺麗な若草色の瞳を伏せてぺこりとお辞儀をしてきた。おお…!

慌ててぺこりとお辞儀を返すミシャにルビーが呆れた様に「なにしてるの?」と言った。





そうして、クリスマスパーティーinオダマキ研究所の準備はルビーと共に行うことになった。どうしてこうなったと思わなくもないが迫る時間と残る仕事に追われすぐさま彼の存在は遠いものとなった。

色とりどりのモールや愛らしいリース、プラスチックのボールが連なるレールを引いてベルを飾り付ける。綺麗に拭いておいたスノーマンの置物を置いて温かみのあるペナントで小難しい研究資材を覆い隠す。真っ白なクロスを引いたテーブルにキャンドルと松ぼっくりを飾っていると「ねえ」と話しかけられた。

「なに?」
「君こそクリスマスなのに予定はなかったの?」
「うん、」

準備のことしか頭にない所為か、その屈辱的な答えはすんなりと口にできた。

「家族でパーティーするのは夜だし、友達はみんなデートだし私は恋人いないから。そういうルビーくんはどうなの?デートとかしないの?」
「1人受けてしまったら皆受けないといけないだろ、そんな面倒なことすると思う?」
「思わないなー、じゃあ今は恋人いないんだ」

ミシャの適当な言葉にルビーは不愉快そうに瞳を細めたが仕事に没頭するミシャはそれに気づかない。振り返る様子も見せないその背中に溜息をついてルビーは答えた。

「言い方に大分含みがある様に思えるけど…そうだね、いないよ今は」
「ふーん、じゃあ今年は私と同じで寂しい人だ」
「すっごく不本意だけどそうなるね…理由は訊かないの?」
「なんの?」

「恋人がいない理由」

ルビーの言葉に紙皿と紙コップを用意しながら「うーん」とうねる。その様子を紅が射抜く様に見据えていることにも気づかずにミシャはあっけらかんと答えた。

「なんか、いいや」
「どうして?」
「なんか聞いたらルビーくんのこと殴りそう。主に羨ましいぞコンチクショウ的な意味で」

そう言ってぐっと拳を握って見せるミシャにルビーは小さく噴き出した。後ろから聞こえて来たくつくつという声にむっとしミシャが漸く振り向いて見せる。大きなクリスマス用のソックスを飾り付けながら笑うルビーの姿は普段からは考えられない程に幼く、思わず突き刺そうと思った言葉の棘を飲み込んでしまう。うーん、私はどうやらイケメンに甘いらしい。知ってたけど。

はあと重い溜息を着いて再び作業に戻るミシャにルビーが「ねえ、ミシャ」と問いかける。

「なに?」
「ミシャは男より女の方が好きなんだよね」
「そうだね。男より女の子の方がずっとふわふわして可愛いもの」
「それには同感だよ、まあ僕の場合男だからということもあるのだけど」

変な含みのある言葉に思わず突っ込みそうになった。だがそれをぐっと堪えてルビーの言葉を待つ。

「女の子は可愛いね、か弱くて」
(か弱くて?なんかコイツが言うと嫌味にしか聞こえない)
「クリスマスに限ってじゃないけど、バレンタインやひな祭りは特にそう思う。女性を祝う祭事の所為か知らないけど、その時期の女の子はみんなとろけてしまうほど愛らしく思えるよ」
「あ、それは解るかも」
「イベントの魔法は凄いよ。男の目をどんな女の子もとびきり愛らしく視える様にしてしまうんだから、」
「ルビーくんもそうなの?」
「僕も男だ、例外じゃない。そういう日の女の子は特に扇情的に思えるよ、だから無条件に愛でてあげたくなる。とろけるほど甘やかして優しく飾って、守ってあげたくなる。ちょうどこのリースみたいにね」

振り向けばリースを持ったルビーが笑っていた。その笑みは何時も通りの笑みで、こいつは素面であんな恥ずかしい事をいっていたんだと思い知らされた。
苦々しい顔するミシャにルビーは小さく笑ってリースを持っていた画鋲でぐっと壁に貼りつけた。研究所の壁は固くなかなか針が通らないのだがすんなりと入れてしまったその姿に思わず感嘆してしまう。女性的な美しさを併せ持つ彼だが、やはり男の子なのだ。

「でも、意外だったかも」
「なにが?」
「ルビーくんはこういうこと絶対手伝わないと思ってた」

ゴミを片づけながら毀れた本音にルビーが「君は対外失礼だね」と言った。

「さっきも言ったけど、こういう日は愛でるべき日なんだよ。美しく愛らしいものをより美しくして愛でる日だ、それは女の子だろうとポケモンだろうと、もちろん部屋そのものでも変わらない。僕はボクの中の今日と言う日を愛でる為に余力は惜しまない」

ゴミをぎゅぎゅっと押し込みながらミシャはその言葉に感嘆した。そうだ、忘れていたが彼はホウエンと言わず今や全国にその名を轟かしているポケモンコンテストの頂点に君臨するコーディネーターだった。ミシャはその辺と縁がないのであまり強くはいえないが、彼のこう言った面が彼をトップコーディネーターと足らしめているのだろう。(多分)

「まあ、君には縁遠い話だろうね。色んな意味で、」

そう言ってため息をつくとついとミシャの手からゴミ袋を取った。あまりのスムーズな手つきに袋口を奪われてからはっとしたがぐっと中身を押し込みあっと言う間に口を閉じてしまったルビーに何も言えなくなった。大きな手ががさりとそれを持ち上げたので慌ててぐっとゴミ袋を掴んだ。

「あ、私出して来るよ」
「僕が女性にそんなことさせたら恥になる」
「いや大丈夫でしょ。それに閉じて貰ったんだからそれ位はさせて」

そう言うとルビーは紅色の瞳を燻らせながら渋々と言った風に手を離してくれた。それに「ありがと」と言ってぱたぱたと研究所の裏口へと向かう。中身は段ボールや紙屑だったのでそれほど重くなかったので持ったまま扉を開くと冷たい空気がぶわりとミシャを襲った。一瞬で骨の髄まで冷やしたそれにがくがくと震える歯をぎゅっと噛み締める。うーさむい!早々にゴミを裏口にあるゴミ捨て場に入れて研究所に戻ると何やらざわついた音が聞こえて来た。もしかしてと思いぱたぱたとホールへ戻るとがらんとしてたホールが沢山の人で溢れていた。

「ミシャちゃん、今日はありがとね」
「オダマキ博士!」

白衣の上にマフラーを巻いた博士は鼻を真っ赤にして大きな袋を抱えていた。恐らく子どもたちに配るプレゼントだろう。がやがやと雑踏に包まれたホールを見れば他の研究員の存在も見て取れた。挨拶しようか迷ったが子ども達に邪魔されながらパーティーの準備で忙しそうなので諦めよう。

「ミシャ、何時までぼーっとしてるつもり?」
「! ルビーくん」
「早く着て」

後ろから声を掛けられ、驚いて振り向くと同時に暖かいものを押し付けられる。何かと見れば自分のコートでミシャは慌ててそれを受け取った。

「あ、ありがとう…」
「…じゃあ、そう言う事で。良い聖夜を、オダマキ教授」

聞こえて来た別れの挨拶にミシャは驚いた。弾かれる様にルビーを見れば、彼は既に確りとPコートを着込んだ後だった。どうやらこのまま帰るつもりらしい、その事が少しさみしく感じてしまう…そんな自分を隠す様にミシャはきゅっとコートを抱きしめた。そんなミシャを端目に捉えたルビーが紅の瞳にミシャを映す。

「どうかした、ミシャ?」
「……ううん、なんでもない。じゃあね、ルビーくん」

無理矢理作った笑顔で笑ったが、返って来たのは沈黙だった。何時まで経っても帰らないルビーに違和感を覚えそっと見上げた先でミシャはぎくりと肩を震わせた。そんなミシャに、ルビーは白い息とともに言う。

「ねえ、この後…ひま?」


(答えなんてもう、決まっていた)


back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -