PKMN | ナノ

ワタルvsイブキvsおしるこ 〜年末冬の攻防戦〜


小さい頃、父の故郷であるフスベの街で少しだけ過ごした。

春は柔らかい草の匂いがして、夏には向日葵が咲き誇る、秋は黄金色の稲穂色、冬は溺れるほど深い雪覆われて。ドラゴンポケモンたちと寄り添い暮らす人々は、昔から続く独自の考えや風習を重んじていた。脈々と受け継がれてきた教えには、この世界でポケモンと寄り添い生きていく術があると。

母がコガネシティの出身であることもあり、一年の半分を都会で過ごしているわたしには理解が難しい教えもあった。だけど不思議と共感はできた、それはこの身に流れる半分…父の血がそうさせるのだろうか。

「ねえ」

けれどまあ、きっと誰もがそんな葛藤を抱えながら生きているもので。
冷たく静かな冬が落ちるフスベの街、その一角で集落の女性たちが鉄鍋にいっぱいのお汁粉を作ってくれた。この極寒を耐え抜くためと、少ない甘糖をたらふく煮詰めてくれたお汁粉は子どもたちの大好物だ。

座敷の奥、それを食べる水色の少女がいた。小さな暴れ牛のようにエネルギーに満ち溢れていた子供たちの中で、その少女は少しだけ浮いて見えた。指の先まで手入れを施され、他の子どもたちより質の良い服を着ている。口の周りをお汁粉だらけにしている子どもたちの中で、箸を上手に使い行儀よくお汁粉を食べる様子を見ていれば、どんな環境で育ったのかは一目で知れた。

澄んだ冬の湖の色をした瞳が、器の中にすこしだけ残ったあんこを物欲しそうに見つめている。小さな口で大事そうにおもちを食べていた様子を見れば彼女が何を欲しているのかは知れた。だけど立場がそうさせるのか、決してその言葉を口にしようとしないから。…その様子が、なんだかとても窮屈そうに見えて。

「お腹がいっぱいで食べられないの、すこしだけ手伝って貰うことはできる?」

手を付けていないお椀いっぱいのお汁粉を見て、少女の瞳が輝く。そうしてわたしを見上げくる表情を見て漸く気づいた、ああこの瞳を________わたしは良く、知っている。





「ミシャ」

くつくつとお鍋の中で煮えるお汁粉、ぼんやりと昔のことを思い出していたからか。その声に気づくのが遅れてしまった、足元でヒトデマンがぐいぐいとわたしの足を小突くので、慌てて火を止めて玄関へと向かう。

そうしてわたしが来るまで玄関で待ちぼうけしていたのか、わたしを見止めたワタルさんが少しだけ目元を柔らかくした。

「ごめんなさい、ぼうとしていて」
「かまわない、買って来たものがあっているかだけ見てくれないか。あっていると思うが、間違っていたら買い足してくる」
「大丈夫よ、わたしがちゃんと確認したもの!」

片手に下げたビニール袋を広げるワタルさんの後ろから、イブキちゃんがひょっこり顔を出す。どうやら一緒に買い物をしてきてくれたらしい、それなら安心だ。

「イブキちゃんが一緒なら大丈夫ですね」
「おい、それはどういう意味だ。俺だって買い物くらい」
「ほうれん草と小松菜間違えそうになったくせに、見栄を張ってるんじゃないわよ」
「…」
「あのねイブキちゃん、ワタルさんこの前山芋と長芋も間違え むぐ」

面白いエピソードを共有しようと思ったのに、ワタルさんに口を塞がれてしまった。そのままお腹に腕をひっかけてずるずると家の奥に連れて行かれる。あ〜れ〜なんてふざければ、「秘密にしてくれと言っただろう」と小言を貰う。ごめんなさい、面白かったから誰かに共有したかったの。

クスクス笑っていると、向こうから「ミシャ!」とイブキちゃんが叫ぶこえが聞こえた。見れば、ヒトデマンがイブキちゃんのハクリューに齧られていた。あら大変、

「ミシャ、わたしも手伝うわ」
「いいよ、イブキちゃんは座っていて」

右手を齧られても気にせずにふわふわ浮いているヒトデマンに手伝って貰って、二人のコートから雪を払いハンガーにかける。イブキちゃんが嬉しい申し出をくれたが、今日は彼女も労わりたくてお呼びしたのだ。

「年末最後のお仕事おつかれさま、今日はゆっくりしていって」
「別にジムリーダーくらいどうということないわ、元々フスベジムはランク高いし滅多に挑戦者も来ないもの」
「そう、でもとても頑張っているってワタルさんから聞いたから。今日は甘やかせてほしいな、」

お願いすれば、イブキちゃんはうぐうと困った顔をする。そういう顔をさせていたわけでもなかったから、ぽんと腕を叩いて居間へと案内する。コタツの上に卓上コンロを用意してくれていたワタルさんが、わたしたちの様子を見て察したのか「イブキ」と彼女を呼ぶ。

「相手してくれ、ミシャは酒が呑めないんだ」

その手には一升瓶、この前同僚の方から頂いたと言っていた名酒だ。ワタルさんの言う通り、わたしは御酒が得意ではない。イブキちゃんは流石フスベ筆頭クリュウ家の一族、ワタルさんに負けず劣らずの呑める口なので、きっとお酒も喜んでくれる。

イブキちゃんがこちらを向く。じゃーんっと、用意していたおちょこセットを見せればぐぬぬと更に顔をしかめて。やがて、堪った息を吐くようにして「わかったわよ」と頷いた。

「とりあえず兄さんを飲み比べで負かせばいいんでしょう」
「言ってくれる」
「兄さんと違って、こっちはいつも実家で大じい様相手にさせられているのよ。わたしの方が強いに決まってる」
「おつまみになりそうなもの、先に用意しますね」

仲良しな様子は見ていて微笑ましくて、思わず声がこぼれてしまう。何か言われる前にさっさと台所に引っ込めば、ヒトデマンがワタルさんたちが買ってきてくれた食材をテーブルの上に並べてくれていた。ありがとうね、ではわたしは腹ペコのドラゴンたちのお腹を満たすように料理を沢山作りましょうか。

今日は一年の締めくくり、年末の繁忙期を過ぎ年中無休のリーグも今日から三が日まではお休みだ。大晦日にきっちり今年の汚れを払い落としたワタルさんの持ち家で、イブキちゃんを読んで年越しをしようと提案したのはわたしだ。

だがすぐに、フスベのご実家で盛大な催しがあるのではないかと気づいた。不躾なお誘いだっただろうかと後悔したが、ワタルさんは大丈夫だろうとイブキちゃんにメッセージを送ってくれた。イブキちゃんもまさかの二言返事でオッケーをくれた、曰く「兄さんの所為にすれば大抵どうにかなる」とのこと。ワタルさんは微妙な顔をしていたけど、とにかくわたしはみんなで過ごせる年末に心の底から喜んだ。

「おつまみとできましたよ」
「ああ、これフスベの煮つけに似てるな」
「正解です、この前レシピ教えてもらったの」
「___ン、おいしい。これ、ヤマシロおばさんが作ってくれるのと同じ味よ!」
「…本当だ、懐かしいな」

訊けば、ヤマシロさんとはクリュウ家の家政婦さんで、2人はその人が作ってくれる食事で育ったようなものらしい。今は辞めてしまったようで、懐かしいうまいと箸が止まらないワタルさんとイブキちゃんにわたしは大満足だ。

「ローストビーフも作ってみたんですけど」
「食べたい」
「俺も」

少しだけ切り分けて持っていったのだが、すぐにぺろりと胃に収めてしまったらしく。酒を片手に「美味い」「もっと食べたい」「もう塊肉ごとくれ」と欠食児童のように言い始めた、どうやらイイ感じに酒気も回ってきたようだ。

きりたんぽ鍋ができれば、酒も更に進み。家にストックしていた分がはけてしまったようで、追加の酒をワタルさんがカイリューと蔵から持って来た。縁側から受け取っている間に、ヒトデマンがカイリューに齧られてまた二本ほど触覚を失っていた。どうしてワタルさんとイブキちゃんのポケモンはヒトデマン齧るの?

だけどヒトデマンは気にしない、残った二本で器用に歩いている様子は新種のポケモンのようで中々に面白い。大喰らいのフスベ出身のドラゴン2人に混じって、齧られた触覚をグラスの中の酒に浸して酔っぱらってしまったようで。中央の宝石を瞬かせながら「ヒック ヘア ヒッ」と千鳥足でくるものだから、モンスターボールに戻した。彼への年明けの挨拶は、日が登ってからに先になりそうだ。





___『キスするとモルヒネの10倍くらい鎮静効果あるんですよ、ストレスも解消するしカロリーも消費する。出勤前にキスするカップルは、事故遭遇率も低い上に収入と寿命も長いって化学的に証明されているんですから!』

テレビの芸人がそんなことを熱弁し始めたのは、どれほど経ってからだろう。イブキはぼんやりと楽しそうに話しているテレビを見ながら、白ワインをあおった。同じくコタツを囲んでいたワタルは、ぼんやりアサリの酒蒸しを食べている。洋酒に切り替えたあたりから大分酔いが回ってきているように思う。

ちらりと台所を見れば、ミシャが楽しそうに料理をしている。そろそろ休めばいいと思うが、あの後ろ姿を見ていると疲れている様子もないし口を出すのは無粋にすら思う。結果として自分たちは美味しい料理に在りつけることもあり、都合が良いと解っているが口を噤んでしまう。

「…で、結局どうするの兄さん」

アサリの貝に残っていた汁を啜ったワタルが、イブキを見る。セキエイチャンピオンになってからというもの、元よりの厳格さに増してマナーを気遣うようになったワタルには珍しい様子だ。それを見ていれば、彼がどれだけ自分…いや、ミシャに心を許しているのかが解る。

ここは彼にとって、どこよりも心と体を休めることができる巣なのだ。それは彼の家であるということだけではない、その場を作ってくれている女性の存在があってこそ。

「なにが」
「ミシャよ、態々見つけてきたくらいだもの。もうどこにも返すつもりなんでしょう、」

アサリの貝を空き皿に放ったワタルが、イブキを見る。先ほどの酒気が嘘ように、その瞳は澄んでいた。ドラゴンに酷似した縦割れの瞳は、フスベの民の固有のものだ。だが、これほどの熱量を持つ瞳を、イブキは大じい様以外にはワタルしかしらない。

____数年前、出会って仲良くなったお姉さん。
イブキにとってミシャは、そんな存在だった。だけどミシャは両親の都合もありフスベを去った、親に置いて行かれたような寂しさにイブキは夜になるとこっそり泣いたのを覚えている。

そんな彼女と再会したのは、大人になってからだった。その時には既に、彼女の隣にはワタルがいた。訊けば、フスベにいた時からの知り合いらしく、そんなこと聞いたこともなかったイブキは大層ワタルを恨んだ。だが、再び引き合わせてくれたのが彼である以上、恨み言ばかり言ってもいられない。

それに少し見ていれば、どれほどワタルがミシャを大事にしているか知れた。まるで大翼の下に宝物を隠すようにして、ワタルはミシャとの蜜月を望んでいた。

「早くしないと、大じい様わたしとの結婚を推し進めるつもりよ」
「まだそんな世迷い事を言ってるのか」
「あなたを次期当主にって推す親族が多いのよ」
「次の当主はお前だ」

当然のようにワタルが言う。そう、それが順当というものだ。___ワタルは大じい様が認めたドラゴン使いと言えどクリュウ家にとっては傍系にあたる。道理で言うのなら直系であるイブキの父が次の当主になるが、自他ともに認めるほどイブキの父はそういった器ではない。

だからイブキは、生まれた時からドラゴン使いとなるべく以外に、次期当主としても必要な教育を受けてきた。文化や風習、フスベの民として生きていくために…民を導くために必要な知識。傍系として生まれたワタルとは、根本最初から違うのだ。


back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -