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ワタルさん家の干し柿どろぼう




その日は夜からあちこち飛び回っていたので酷く疲れた。

帰宅早々襟元のフックを外して、スーツのジッパーを腹辺りまで下げた。そうすると少しだけ詰まっていた息が解けるような気がする。脱いだマントを小脇に抱えて居間に向かう途中、縁側に揺れているオレンジ色に気づいて顔をあげる。

玉暖簾のように連なって下がるキーの実、そういえばミシャが干しきのみを作っている最中であった。庭から回ってきたカイリューが、興味津々と言った様子で鼻先を近づける。

吊るし始めた当初に比べると、大分色が変わって来た。顔を近づければ独特な香りがして、そういえば吊るして二週間ほどであることを思い出す。

「…」

ちらりと周辺を確認する、彼女がいないことを確認してさっとひとつ吊るし紐を盗み取る。

紐を解いて少し硬くなった実を指で割ると、中から深いアメ色の果肉がとろりとこぼれた。表面は乾燥しているが、実の中には水分がある半生の状態だ。こぼさないように口に含むと、とろりとした果肉が口内に広がった、やや硬いがそれも食べ応えがある。じんわりと体に染みる甘みに疲れがほぐれるのを感じる、忘れていた空腹が満たされた気がした。

ミシャには悪いが、当初感じていたきのみ泥棒の罪悪感はふっとんでしまう。そんなワタルをカイリューがじっと見つめてくる。その圧に負けて割った半分を見せれば、賢いパートナーは待っていましたと大きく口を開けた。

開いた口に放り入れてやれば、カイリューは幸せそうな顔で口を動かす。これで共犯だ、怒られる時は一緒だな。そんなことを思いながら急かす腹を堪えて、もう一個括っている実の紐を解いた。同じように半分に割ろうとしていると、「ギッ」と掠れるような声が聞こえた。

まさか____と、視線をくれると。縁側の下からサンドパンが顔をのぞかせていた。…ミシャのサンドパンだ、そして彼は干しきのみを野生のポッポやマンキーから守るために配置された守り番でもある。

ワタルとカイリューを見て慄きながらも、縁側の下からのっそりでてきたサンドパン。「ギッ ッギィ…」と泣きそうな声で鳴いて震えている、彼の頭の中に大好きなトレーナーが名誉ある仕事を与えてくれた瞬間が蘇ってくる。


___「おねがいね、サンドパン」
____「ギュ!」


来る日も来る日も、サンドパンは干しきのみを良く守った。ポッポが来れば自慢の爪で追い払い、マンキーが来ればスピードスターで威嚇して。そうして功績を称えられ、できたら一番初めに食べさせてくれるとミシャと約束もしていたのだ。それなのに…。

「ギ ギギ ギッ…」

最近はサンドパンがいるからメッキリ盗人は来なくなった、すこしばかり疲れたので縁側の下で休んでいたのだ。ワタルの足音には気づいていたが、彼はミシャの番である。警戒する必要はないと思っていたのに…まさか、よりによって彼に裏切られるとは思いもしなかった。

ミシャは悲しむだろうか、サンドパンを怒るだろうか。仕事を怠けた自分は、きっとご褒美をもらえない。

悲しくてかなしくて、ぷるぷる震えて泣き出しそうなサンドパンに、ワタルは慌てた様子で近寄って。___そっと、持っていた干しきのみをサンドパンの口元に差し出した。

サンドパンはもちろん、……食べた。

「ギューウ!」
「そうか、うまいか」
「ギュウギュウ!」

おいしーーい!
むしゃむしゃ干しきのみを食べるサンドパンに、ほっとしたようにワタルが胸を撫でおろす。…トレーナーに似て、単純な性格でよかった。もちろん口に出さないが、ワタルはそんなことを思って残った干しきのみに齧りついた。




「ワタルさん、お手すきですか。干したキーの実が良さそうなので、取り込むのを手伝って欲しいのですけれど」
「ああ、わかった」
「ありがとうございます、右端からお願いしますね」
「このザルに集めればいいのか」
「はい。 おばあちゃんと一緒に作ったのを思い出してやってみたのですが、美味しそうにできてよかったです」
「そうだな」
「…あれ、」
「どうした」
「なんか吊るした数が少ないようn」
「気のせいだろう」
「そうでしょうか、まあそうかも… サンドパン、取り込んだ実から紐を取ってくれる」
「ギュ!」
「いっぱいできたねぇ、ひいふう… あれ、やっぱりなんか数がs」
「気のせいだろう、ミシャそれよりほらひとつ味見してみないか。熱いお茶も淹れて」
「そうですね、お湯沸かしてきます」

パタパタ

(…危なかった)
「ギィ…」

サンドパンがふうと、額の汗を爪で拭う。少々強引になってしまったが、ミシャは気づいていなさそうだ。こうして我が家にでた干しきのみ泥棒は、この家に住まう男たちのかたい結束によって守られた。…かのように思えたが、もちろんミシャは気づいている。

というか気づかない訳がない。この二週間の間、ミシャは毎日実の数を数えながら世話をしていたのだ。

「ウソがヘタよね」
「コンッ」

急須に茶葉を入れながらロコンに囁く。当然ロコンも気付いている、女は勘が鋭いのだ。

呆れたように首を振るおませなロコンにクスクス笑いながら。ミシャは知らないふりをして、心底安心しきっている男たちにお茶を運んで行った。

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