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ワタルの留守番のご褒美にテイクアウトのヒレカツを




ホースからあふれ出る小雨に夏の日差しが反射している。

大した手入れもしていなかった庭だが、ミシャのおかげで大分見違えた。ほったらかしにしていた緑は剪定され、泥と水草塗れだった池には絶えず美しい水が流れ込み、花壇には四季折々の花が咲いている。

まさか自分の家の庭を眺めるのが、こんなにも楽しく思える日が来るとは思いもしなかった。

(お、)

ふと見上げた先で、虹がかかっていることに気づく。
シャワーを浴びて瑞々しく輝く緑と、青空を透かす小さな虹。穏やかで得難い一瞬、その瞬間を共有したくて早々と彼女を呼ぶ。

「ミシャ ____」

言葉にしてからハッとする。振り返った先には、雨戸を取っ払った我が家が静かに佇んでいた。池で涼んでいたハクリューとカイリューがどうしたのかとこちらを覗き込んできたので、なんでもないと返しながら追想する。

急なトラブルで確保できた休みだから、彼女のスケジュールに予定があるのは当然だった。久しぶりに会う友人と食事に行くのだと、数日前の夕食の折に楽しそうに話していたのを覚えていたから、キャンセルしようとするのを慌てて止めた。

それでも困り眉で二の足を踏むミシャを、大丈夫だと見送ったのが今朝のことだ。その時、家のことはまかせろなど、大見得を張ったことはすぐに後悔した。

洗濯機を回すのも数年振りで、ミシャと出会う時は当たり前であったはずなのに起動ボタンひとつ解らない自分に呆れた。掃除道具を探すのさえ手古摺るのだから、知らない内に自分は色んなことを彼女に頼り切っていたのだろう。

酷い時は月に一度も帰ることができない家なのに、俺のベッドはいつも埃一つ被っていない。それがどれほどありがたいことか。

「もっと感謝しないとバチがあたるな」
「グルル」

いつも庭を整えてくれている彼女に代わって水やりもしてみたが、それでも名前を呼んでしまう始末。

情けないと思うが、同時に自分の中に生まれたその柔らかいところが酷く愛おしくも思う。一足遅れてやってきて同意するように喉を鳴らすオノノクスに反論はせず、内省しながらホースの蛇口を止めた。

(腹が減ったな、)

ドラゴンたちのメンテナンスを終えて家に上がると、思い出したように腹が震える。ふらりとキッチンに行くと、ガラス瓶に詰まったチョコチップのクッキーが目に入った。

そういえばミシャがおやつ用と言っていつも作っていた、開けて一枚拝借するとビターな甘みが口に広がる、うまい。

彼女が作った食事を良く食べているので味覚も似てきたのだろうか、そういえばミシャが焼いてくれたポケモン用のポフィンはドラゴンたちにも好評であったことを思い出す。…だとすれば、俺たちはみんなミシャに胃を握られているわけだ。

彼女の作る食事はどれも美味しい、こればかりは仕方ないと言い訳してもう一枚取り出す。…本当にうまいな、これ。





とんと、遠く聞こえる足音に目が覚める。
どうやらいつの間にか眠っていたらしい、身じろぎすると寝る前に読みかけていた本が腹から落ちた。慣れないことをした所為か、少しだけのつもりがずいぶん長い休憩を取ってしまった。

ベッドから下りてぐいと背伸びをする、薄暗い部屋に電気を点けながらのんびり向かうと、ちょうどからりと玄関の戸が開いた。

「わ」
「おかえり」

小走りで来たのか、少し息を荒げたミシャが俺を見て驚いたように目を丸くした。

「ただいま、ワタルさん。お出迎えしてくれたの」
「足音が聞こえたからな、友人との食事はどうだった?」
「うん、とっても楽しかった」

ニコニコ笑うミシャの顔を見ていると自然とこちらまで笑みが浮かぶ、ほつれた髪を耳にかけてやり一生懸命話す彼女の言葉に耳を傾けた。

「___あ、それでね。今日の夕飯なんだけど、ほら」

ミシャの腕に沢山かかった紙袋を回収していると、ミシャが思い出したようにビニール袋を掲げる。そこに書かれたロゴには覚えがあり、ああと答えた。

「あのうまい店か、買って来たのか?」
「うん、お店の前通ってどうしても食べたくて買ってきちゃった。今日はこれで簡単ごはんでもいいかな」
「賛成だ」

ビニール袋の中身はとんかつ、あのロゴはカントー地方で名の知れた店のものだ。

食通のキョウさんから教えてもらった店で、以前ミシャと訪れたこともある。俺は店で一番人気のロースかつ定食を、ミシャはチーズの入ったメンチカツを食べていたような。

また行こうと話していたのだが…、主に俺の所為で行けず仕舞いだったので、この土産はかなり嬉しい。

ミシャが食事の用意をしている間に、俺はポケモンたちの食事を用意する。全員に配り終えた頃、タイミング良くミシャが俺を呼ぶ声がした。庭から家に上がれば、居間のテーブルには小振りなカツとご飯、それに味噌汁が並んでいる。

「ヒレカツか」
「うん、この前食べなかったのにしたの」

箸を受け取り、ミシャの前に座る。
大きめの皿に千切りキャベツとヒレカツが行儀よく並んでいた。ひとつ口に含むと黄金色の衣がさくりと沈む、ずいぶんと分厚い肉なのに柔らかく、簡単に噛み切ることができた。噛み締めるほど広がる肉の甘みと、衣の触感が楽しくてすぐに一つ平らげてしまう。

「おいしいね」

同じようにヒレカツを食べたミシャに頷いて返す。店特製らしいソースをつけると味が濃くなり、白飯に良く合う。キャベツを挟めば柑橘のさわやかなドレッシングの香りが抜けて、箸休めにはちょうど良い。半分ほど食べ終えて味噌汁を飲むと、知らず内にほうと息が零れた。

腹の奥の空白が満たされる気がする、それはきっと食事のおかげだけではないのだろう。





「あ、そういえば他にもお土産があるんだよ」

洗い物を終えたミシャが、思い出したように手を叩いた。パタパタとどこかに行く背に俺が気を取られている間も、ミシャのツボツボはせっせと手際よく洗濯物を畳んでいく。その手際の良さには恐れ入る、ぴしりと綺麗に角を揃えて畳まれたTシャツを俺に見せてツボツボはどこか誇らしげに頚を逸らした。

「これ、みんなに買って来たの」

なんとか最後のタオルを畳んでいると、ミシャがショッパーを手に戻って来た。テーブルに広げられるポケモン用のアクセサリーの多さにぎょっとする、しかもよく見るとどれも作りが丁寧だ。それが自分たちのものだと分かったのか、庭で遊んでいた俺とミシャのポケモンたちが集まってくる。

ミシャが封を切ると、バタフリーや雅模様のビビヨンが自分の気に入ったものを手に取って宛がい始める。その慣れた様子を見ると、これは恒例のようだ。

「それでこれが、カイリューに」
「え」
「レディィ」

ミシャのポケモンたち用にしては大きい包みだと思っていたが、まさかカイリュー用とは思わなかった。ミシャが広げた包みには水色と白を基調としたポケモン用のウェアが収められていた。

どうやら帽子もセットのようで、レディアンに渡すと庭から様子を伺っていたカイリューのまわりを一つ飛んで頭の上に被せた。

「カイリューにも買って来たのか」
「マリンウェア、かわいいでしょう。いま流行りなんだって」

バタフリー達に手伝って貰いながら、カイリューが運ばれてきた服に腕を通す。青と白のラインに、セーラー服を想わせるデザイン。胸のあたりには飾緒の紐が並び、右胸にはモンスターボールが象られた勲章まである。

「フゥオオン!」

カイリューが立ち上がりパッと腕を広げて仲間に見せると、感嘆するようにポケモンたちが喉を鳴らした。どうやら気に入ったようで、機嫌の良い時にしか鳴らさない声を出してくるくると回っている。

「みんなの分を買ってくることはできなかったけど。少しずつ揃えるから楽しみにしててね」

ミシャの言葉に、それとなく期待に目を輝かしていたドラゴンたちが嬉しそうに一鳴きした。…こういったものに、俺のポケモンたちは興味がないと思っていたが、どうやら勘違いであったようだ。

興味津々といった様子でウェアを着たカイリューの周りを大きな体でうろちょろしている友人たち。その姿にいままで気付いてやれなかった申し訳なさが沸き起こり、彼らに聞こえないように小さな声でミシャに囁く。

「ありがとうミシャ、金は俺が出すから」
「別にいいよ、わたしが好きでしたことだし」
「こうなったら全員分揃えないとへそを曲げる奴らがいそうなんだ、頼む」

出資するので全員分見繕ってきて欲しい、という意図に気づいてくれたのかミシャが一瞬固まる。

ミシャとしては数枚を共有でと考えていたのだろう、一匹一セットで算盤をはじき始めたミシャが膨らむ金額に気づいて苦笑いを浮かべた。

素直に約束してくれたまでは良かったが、すぐに何か悪いことを思いついたようで。どこか意地悪な笑顔で、俺に訊ねてくる。

「全員って…、ワタルさんの分も?」
「…俺の分はいい」

一瞬、ポケモン用のウェアと同じデザインの服を着ている自分を想像してしまったが、堪ったものじゃない。今年でいくつになると思っているんだ。

それなのに、勘違いしたカイリューが自分の帽子を俺に被せてくる。それを見て、ミシャが面白そうにころころと笑った。

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